Column 1. 女子会一週間前の美容室

~Sakura's story~



 土曜日。行ってくるね、と夫に声をかけると、どこへ行くの? と返ってきた。


「美容院だよ」

「いってらっしゃい! 昼ごはん何がいい」

「じゃあ……和食系で」

「分かったよー」


 美容院に行くときって、なんだか無駄におめかししがち(おしゃれな空間に芋臭い恰好で行って舐められたくない)。着古したTシャツと短パンを身に着け、髪の毛を寝ぐせでもしゃもしゃにした夫を家に放置して、自分はお気に入りのワンピースを身に着けてフル装備で出かけ、しかも昼ごはんまで任せてしまうだなんて、妙な背徳感がある。――別にそんなことで怒るような夫でもないし、こっちだって特に疚しいことがあるわけでもないから、背徳感を抱く必要なんてないのだけれど。


 新居から徒歩十五分、おしゃれな外観の美容室に到着。ちなみにここに来るのは二回目である。これからも、特段事件がない限りは、なるべくここに通いたい所存。


「本日は、パーマとカットですね」


 担当になった美容師が、クソデカタブレットを操作しながら、私がネットで申し込んだメニューを確認する。


「はい」

「どんな感じで……モデル画像とかお持ちですか? それともここでご一緒に決めていかれます?」

「えっと、カールは緩めで……」


 実は、ドラマに出演していたあこがれの女優さんの髪型とおそろいにしたいのだけれど、写真なんて見せたら、「元の顔が違いすぎて無理です」って言われそうでちょっと怖いからやめておく。頭にドラマのワンシーンを思い浮かべながら、なるべく事細かくなりたい髪型を説明する。


「承知しました。それでは、長さはそのまま、軽くすいてボリュームを落としてから、カールさせていただきますね。それと最後に、料金の方なんですけれども、パーマとカット、クーポン適用で、ロング料金も入りまして……」


 これ! これだから私はここに通いたいなってずっと思っている。料金を事前に確認してくれる美容院って、本当に少ないのだ。ネット予約の際に「事前に料金のご確認をいただけますと幸いです」と備考欄に記載していても、なぜかその部分だけ要望をスルーされることがほとんどである。理屈は分かる、美容師さんとの会話を通じてオプションの追加をするのが前提なのだろう。イヤな言い方をすれば、客がうっかり財布のひもを緩めてしまうのを待っている、だから料金は途中で変わり得ると。もちろん、そういうセールストークはあっていいと思うし、私自身トークに乗せられてメニューを追加した経験は数度あるのだけれど、そういった場合は特に、施術の前に「〇円追加になります」の一言が欲しいのだ。ロング料金の確認は絶対だ。なんなら、単価は安いけれど料金の事前確認をしてくれない美容室と、単価はいずれも三千円ずつ高いけれど料金の事前確認をしてくれる美容室があったとしたら、私は間違いなく後者を選ぶ。社会人になり、自分で稼ぐようになってからは特にそう思っている。

 これにはちょっとしたトラウマがありまして。学生時代、まだ肩につかない程度の髪の長さだった私は、当然ロング料金なんて取られるわけないと高をくくり、カラーをしてもらった。荷物をなるべく少なくしていきたかったので、ポケットに千円札を三枚突っ込んで三千円の施術を期待して行ったわけなのだけれど、いざ会計の段になるとロング料金も併せて四千円です、とのこと。おそらく毛量が多く、カラー剤をたくさん使わざるを得なかったのが原因だと思っている。

 幸い実家の近くだったので、母親に電話してお金を持って来てもらい、なぜか結局全額払ってもらったのだが(ラッキー)、これが家から遠い美容室ならめちゃくちゃ困ってしまうよなあ、と思ったのである。可愛くなるって、リスキーだ。





 美容室から帰ってきた私を出迎えた夫は開口一番、


「ありゃ! たくさん前髪切ったね! 可愛いね!」


と一言。部屋からは味噌汁のいい匂いがした。だし巻き卵に、焼き魚に……豪勢。私はうれしい。


「パーマもかけたが? なんなら料金の八割そっちだが?」

「確かに!」


 前髪が伸びてくるのが早すぎるのが悩みで、毎回しっかり眉上にしてもらっている。どうしてもそのインパクトが強いようで、パーマの存在感がかき消されているもよう。一週間後にはちょうどいい感じになっているといいが……

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