Ep.32 正義のヒーロー
真神の保有している罪咎因子は『殺人罪』。
それは、より多くの人を殺すことを欲望とさせる因子である。真神は現在理性を失っている状態だが、合理的な思考は微かに残っていた。
一人の人間を殺すためにこれほどまでに苦労させられるなら、いっそのこと周りの人間事消してしまおう、と。そうすれば多くの人間を殺せて欲望が満たせる。
そう考えた真神はムクロに拘泥するより、手っ取り早く甚大な被害を出せる方法を思いついたのだ。それは、雨雲の中で最大出力の雷を発生させ、周囲一帯に赤雷の雨を降らせようというものだった。これなら不特定多数を殺せるし、ムクロだって確実に殺せる。逃げようがないからだ。
そう考えたからこそ、真神は電車を吹き飛ばし、雲の中に入る足掛かりとした。ここまで合理的な思考を出来るのだが、実のところ、既に本人には意識がない。無意識状態で罪咎因子に操られているような状態なのだ。
そうして曖昧となった意識の中で、真神は自身の走馬灯を見ていた。
思い出す。自身の根源、『正義』について。
いつからか憑りつかれていた、妄執にも近いもの。それにより歩んできた道を、思い出す。
*****
「真神! まだお前仕事やるのか?」
「あぁ。『仇人』をこの世から根絶するためだ」
「そりゃ大事だけど……彼女とか作んないの? 彼女は良いぞ! 生活が潤う!」
「下らん」「……そうは言っても、今度お見合いやるんだろ? うまくやれよ?」
「……馬鹿馬鹿しい」
正義より大事なモノはない。恋人なんてものは二の次だ。
俺は、正義を成すのだから。
「嵐杜くん、でいいんだよね」「好きに呼べ」「ふふ。じゃあ嵐杜くんで」
「……あのさ、さっきの話」「全て本気だ。俺は『正義』に全てを捧げる。普通の恋人のような関係にはなれない。だから───」
「いいよ」「……本気か?」「全て本気です。嵐杜くんの話す『正義』、私は素敵だと思うから。というか、『正義』を話すときの顔が好き」
「……俺でいいと?」「嵐杜くんがいいの。それじゃ、結婚を前提として───よろしくね? 『正義』のヒーローさん」
恋人は……まぁ、もう少し順位を上にしてもいいかもしれない。けれど、一番は譲れない。
俺は、正義を成すのだから。
「……ごめんね、嵐杜くん。『仇人』なんかになっちゃって」「……いや」
「……もしも。私のことが負担になっているのなら……私のことは切り捨てて」「……なにを」
「いいの。私、嵐杜くんの邪魔はしたくない。こんな拘束器具と専用の部屋まで用意して……大変だったでしょ?」
「大したことではない。そんなこと言うな……ほら」
「………………えっ。これ…………」
「少々気が早いが……受け取ってくれ。結婚指輪だ」
「……いいの……? 私、『仇人』なんだよ……?」
「関係ない。俺は本気だ……結婚式は出来ないが」
「ううんっ………うれしいっ……………ありがとう。本当に、ありがとうっ……」
これでいい。モットーに若干反しているような気もするが、誤差の範疇だ。これはこれで正しいことだと思う。
これが、俺の正義だ。
「あらと、くん…………ないてるの…………?」
「ッ!! 理性が戻ったのか?! なら今からでも遅くはない! いますぐ、どこかに隠れて───」
「もう、わかってるでしょ? わたし、死ぬもん」
「……やめろ。まだ、何か手があるはずだ」
「ないよ。あきらめて……もう、そんな顔しないでよ。わたしもなきたくなっちゃうじゃんっ……」「っ……ちがうっ、俺は、俺はこんなことのために正義を成していたのでは……」
「……あらとくん。ごめんなさい。あなたに迷いを生ませたのは、わたしです」「!」
「けれど、どうか迷わないで。あなたの正義を追う姿は、とっても魅力的だったから」「……やめろ。死ぬな」
「あらとくん……『正義』のヒーローに、なってね」
凶暴化して甚大な被害を生んだ『仇人』の処理。任務で自分の婚約者を自分の手で殺した。血で真っ赤に染まった掌を呆然と眺め、顔を歪める。
俺は、正義を。
「『骸』を殺す」「……正気か?」
「正気だ。アレのバックボーンを全て調べ上げ、必ず不老不死の弱点を見つけ出す」「……罪咎因子が、あの子を殺すことで消える確証はない」
「だが、やらないよりマシだ。研究と並行して計画を進める。手伝ってくれるな?」「……分かったよ。親友の頼みだ。俺達が協力する」
親友との友情も利用する。利用できるものは全て。
だって俺は、正義を成さねばならないから。
「名前は、海風。お前の名前から取ったんだ、嵐杜」
「海風……どこに俺の名前が入ってるんだ?」
「ほら、真神嵐杜って名前さ。間に『神』と『嵐』があるだろ? だから、嵐の下の『風』と『神』を合わせて
「……それで、海風」
「そう。大事にしてやってくれよ? うちの大事な一人息子なんだ」
「ほんと、頼りにしてるわよー。この子のことよろしくね、嵐杜くん。私達三人の子供みたいなものなんだから!」
親友二人の間に生まれた新たな命。その柔らかくて小さな手を握りながら、決意を強くする。
この子が未来で苦しまないよう。俺は正義を成す。
「嵐杜。やっぱりやめよう」
「……は?」
「『骸』の過去はこれで全部で分かった。けど、こんなのあんまりだろ。俺にはこの子を殺すことはできない」
「話が違うぞ」
「分かってる。申し訳ないとは思ってる……けど。あんな優しい子を殺してしまったら、俺は自分の息子に合わせる顔がない」
「……それが、俺を裏切る理由か」
「……すまない」
「……お前には向いてないと思っていたが。そうか」
友の理解は得られなかった。けれど、そんなことで俺は止まらない。
俺は、正義を。
「……やっぱりお前か、嵐杜。今回の事件、なんかおかしいと思ってたよ」
「あぁ」
「それ……異能か?」
「アイツが死ぬ直前に共有された。理性で罪咎因子を抑えるのは大変だったが……こうして、使えるようにはなっている」
「……俺のこと、許せなかったか」
「裏切り者には死を、だ。俺の計画は完璧……この犯罪が明かされることはない。お前の妻も既に死んだ」
「っ……そうか……」
「…………なぁ、嵐杜。俺達はいい。お前に協力する約束をしたのは俺達だし、裏切りも俺達が話し合わせたものだ。けど……頼む、海風には何もするな。あの子には何の罪もない」
「……親心か」
「そうだよ。お前にもいつか分かるさ」
きっと、一生分からない。そんな感情、知りたくもない。
「なぁ、真神嵐杜。最期に、一つ聞かせてくれ」
「……なんだ」
「お前の中で───」
「アンタの中で!」
重なる。二人の影が、自分の計画を邪魔した親子の姿が。
「───いつから正義が妥協に変わったんだ!!」
俺は、正義、を。
*****
雷雲の中で雷を発生させていた真神に海風は追いつく。
体を炭化されながら、そして再生を繰り返しながら、ムクロの骨に乗って雷雲の中に身一つで乗り込んできたのである。浮いていた真神の体に、海風は感電しながら踵落としを食らわせた。途端に真神の体は制御を失い、電池の切れた人形のようにして地に落ちていく。骨から飛び降りた海風もまた重力に従い、地上へと墜落した。
砂塵を上げて地面に激突した二人。数十秒にわたる沈黙の後、真神が全身骨折した体に鞭打って立ち上がった。
「ぅ、ぐ」
衝撃によって理性を取り戻した真神が、真っ赤に染まった視界で周囲を見渡す。
地獄だった。赤雷が降り注いだことで燃え上がった木々、倒壊した建造物群、そして斃れる人々。体を焦がされ、貫かれ、千切られ。いずれも無惨な死に方で、人々が死んでいた。
「これを、おれが」
追い求めた正義の果て。信念に準するために生きてきた結果が、この惨状だ。真神が絶望するのに、そう時間はかからなかった。
「おがぁざん! おがぁざぁん!!」
子供の声が聞こえる。其方へ向くと、電車の瓦礫で胴体を真っ二つにされた母親の傍で小さな男の子が大声で泣いていた。その痛ましい号哭に暫し気を取られていた真神は、その男の子の上から建物の瓦礫が落ちてくるのに反応するのが遅れてしまった。
「……ぇ」
突如として背後に現れた真神に、男の子は唖然とする。
気付けば、体が動いていた。降りかかってきた瓦礫を背中で受けた真神は、自身の腹から血が湧き出てくるのを感じる。どうやら、瓦礫の中にあった鉄筋に腹を貫かれたらしい。
「……無事か」
「ぁ、うん」
「……なら、いい」
目の前が暗くなる。もとより死にかけの体だ。長く続かないことは分かっている。瓦礫に押しつぶされる寸前、男の子の声が耳に届いた。
「おじさんは、ひーろー?」
───『正義』のヒーローになってね。
かつて、自分が最も励まされた言葉が蘇った。
狭窄して何も見えなる寸前、男の子の傍に落ちていた戦隊モノのヒーローのフィギュアが目に留まる。
その時、真神は自然と笑みを零していた。
───俺は、正義のヒーローなんてキャラじゃなかったよ。
記憶の中の女性が、笑っていた。
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