Ep.∞ エピローグ


 頭上からは陽ざしが照り付け、蝉の声があちこちから聞こえてくる。

 今日は猛暑日になるのだと、どこかのテレビアナウンサーが言っていた。そういえば凄く暑い日を猛暑日って言うのに、凄く寒い日は真冬日としか言わないのはおかしくないだろうか、とぼんやりと考える。真冬日は真夏日の対義語だろう。猛暑日の対義語も作るべきだ。例えば、猛寒日とか。


「なんて話をすると、いっつも下らないって怒られてたよなぁ」


 柄杓で水をかけた真神の墓石の前で、かつての日々を懐かしむ海風。敵同士になる前の、まだ父親と息子であって頃の平穏な日々を。


「お盆、って言うんでしたっけ」

「そう。死者が帰ってくる日って言われてるんだ。まぁ、事件はつい先日の話なんだけどね……」

「……死んだら、何も残りません」

「あはは、そうだね。確かに、ここにあるのは唯の灰だ。けど、人はここに死んだ人が宿ってるって考えたいものなんだよ」

「……そういうものでしょうか」

「そういうものだよ」


 日傘を差したムクロは相も変わらずレインコートを着ている。日傘にレインコートとか、ミスマッチにもほどがあると思うのだが。


「さ、行こっか」

「……もういいのですか?」

「うん。両親にはもう墓参りしたし……あ、でもまだ一つ残ってた」


 海風が胸ポケットから取り出したのは一通の手紙だった。フラフラの字で差出人の名前が書かれたそれを墓前に置くと、海風は小さく呟く。


「助けてくれたお礼だそうです」


 木漏れ日が揺れる墓石に、少し悲しそうな、けれどどこか嬉しそうな顔をして、海風は語る。


「俺は正義を望まない。けれど……親父みたいな、カッコいい大人にはなりたいって思うよ」


 殺されかけたとしても。とんでもない極悪人だったとしても。海風は、どうしても彼を憎めなかったから。


「よし。今度こそ大丈夫。行こう」


 コクリ、と頷いたムクロは、小走りで海風の横に並ぶと、ぽつぽつと喋り出す。


「……ミカゼ。辛い時は言ってください。その苦しみも、私は共に背負いたいんです」

「───……うん。分かってる」


 二人は燦燦と照る太陽の下を共に歩く。


「明日まで休暇だしどっか行こうかー」

「なら温泉とかいいですね」

「えー暑いのに」


 そんなどうでもいい会話をのんびりとしていた二人の耳元に、インカムから通信が入る。


『明日まで休暇と言ったネ。あれは嘘だ』

「……うそぉ」


 悪戯っ子らしい口調でグノーシがそう言うことの意味を海風は理解してしまい、はぁと肩を落とす。先日の騒ぎから二週間しか経っていないのに、もう新しい任務の要請が来たということだ。


『うちの人材不足は知ってるでしょ? 分かったら任務に向かう!』

「分かってるって……」


 落胆した気持ちを頬を叩いて切り替えると、海風は横にいる相棒に目一杯の笑顔で笑いかけた。





「さぁ───行こう!」

「───はい!」






 巡り合う『骸』と『死神』。


 かつて盈月であった『骸』は、『死神』と出会ったことで虧月と為った。


 そうして不完全な存在となったことで、彼らは初めて共に歩み出す。


 足りない部分を支え合いながら、贖罪を続けながら。

 

 それでも、これからの生涯を笑い合って過ごすのだろう。


 これは少女が犯し、少年が贖う──罪咎の物語。


 けれどどこまでも素敵な。

 彼らの紡ぐ、彼らだけの物語なのだから。





             ───Fin───





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