Ep.30 贖罪を



「……あいつら、何やってやがる」


 侵入者がやってきたというのに波風一つ立てない部下達にいら立ち、トランシーバーの現状を確認しようとするが、先ほどの放電で壊れてしまったようで電源がつかなかった。『首枷』のリモコンも壊れてしまっているようで、どうやら冷静になり切れていないと自省する。部下の様子を確かめるために仕方なく窓から外を見て、そして眼下に広がる光景に目を疑った。


「「「いえーい!」」」「「「いえーい!」」」

「くらっぷ!」「すらっぷ!」「とりっぷ~??」「「「「「Yeah!! とりっぷ~!!」」」」」


 白目を剝いて千鳥足になりながら踊り狂い、涎と鼻水を撒き散らして錯乱している隊員達。一瞬だけ唖然とした真神だったが、少しして元凶の正体を悟る。


「サニンフラ……いや愛逢月の差し金か、やってくれる」


 異臭には気をつけろと言ってあったのに見事にサニンフラの体臭を嗅がされ、正気を失っている隊員達に真神は失望する。組織の中でも選りすぐりを揃えたはずなのに、『咎人』一人にこのやられようだ。近くに本人の姿はないので、随分と前に催眠されていたに違いない。真神が部屋に入った時には既にこの状態だったのだろう。


 五階の高さから飛び降り、コンクリートの地面に蜘蛛の巣上のひび割れを起こして着地する真神。上司に全く気付かずに踊り続ける部下には目もくれず、ムクロ達の追跡を開始する。体に電流を迸らせ、濁流のような赤雷を生み出しながら真神は呟いた。


「『纏雷ヴロンディ』」


 周囲の空気が瞬間的に膨張し、放出される莫大なエネルギーによって雷鳴が轟く。『雷霆弾』『雷光一閃』に続く、真神が我流で身につけた技である。

 直線運動に限れば音速を超える速度を再現できる単純な身体強化だ。溢れ出る赤雷により夜空が赤く染まり、光熱が地面を焼く。副産物として発生するソニックブームにより周囲の建造物群を破壊しながら、一条の迅雷となって真神は疾走した。




「ムクロ、これつけて」


 海風に手渡したインカムをつけ、ムクロは通信の向こう側から聞こえてくる声に耳を澄ます。


『ムクロちゃん! 無事?!』

「グノ様……大丈夫です。心配させてごめんなさい」


 切迫した声でムクロの無事を確認するグノーシ。ムクロに大けががないことを確認すると、早口で要件を話し出した。


『時間がないから端的に。今から真神と戦うわけだけど───正直言って、勝ち目は殆どない』

「「っ……!!」」


 分かってはいたが、聡明なグノーシから断言されたことで現実味が一層に増す。ハッキリ言って、真神は強すぎるのだ。


『保因しているのは間違いなく、罪咎因子の中でも随一の攻撃力を誇る『殺人罪』。加えて長年欲望を抑えてきたことで異能の出力が異常なまでに発達してる。力の扱い方も完璧だ。それに……天賦の才、ってやつだろうネ。異能を自己流に応用させて、殺傷能力を極限まで高めてると来た』

「うわぁ……改めて聞くとチート過ぎて笑えない……」


 本人のスペックの高さもそうだが、そもそもが理性で罪咎因子を抑えてつけるとかいうチート持ちである。太刀打ちできるはずもない。


『真神の狙いはムクロちゃんの命だ。当然だけど、ムクロちゃんを今までみたいに前線で戦わせるわけにはいかない。つまり真神と表立って戦うのは海風。はいここで壱詰み』

「壱詰みってなに?!」

『身体能力が罪咎因子で嵩増しされたとはいえ、海風の能力はただ死なないだけの能力でしょ。はい弐積み』

「容赦ないなぁ!?」

『勝とうと思ったら結局は肉弾戦するしかないのに、体術も知能も経験も全部負けてるじゃん。接近したら秒でノックアウトされて終わり、と。ちなみに海風が気絶したらムクロちゃん殺されて負けだからね。死なないだけで昏倒はするだろうし。はい完詰み』

「ごもっともですぅ……」


 しくしくと泣きながら海風はグノーシの言い分を脳内で反芻する。言われてみればそうだ。海風が真神に勝っている要素なんて一つもない。これから待ち受けるであろう戦いの厳しさを目の当たりにして海風達が黙り込んでしまった時、グノーシが再び口を開いた。


『けど、希望はある』


 グノーシは天才だ。そのずば抜けた頭脳を以て、信じられないほど薄いながらも確かに在る勝ち筋を予測していたに違いないと、海風達が目を輝かせてグノーシの話を聞く。


『まず一点。こっちの希望───それは私がいること』

「解散」

『おい最後まで話を聞け』


 珍しく突っ込みに回ったグノーシが、咳ばらいを一つして説明を始めた。


『後で詳しく言うけど、真神との戦いを出来るだけイーブンにする策略はもう立ててある。私の作戦にしたがえば、不可能が若干可能ぐらいまでには上がるかもネ』

「じゃ、若干……」

『二点目は海風の年齢だヨ。真神は40も後半、対して海風は16歳。いくら戦闘経験があっても、体力不足だけは補えない。だから、海風には敢えて言おう』


 グノーシが真剣な口調で海風に言い放つ言葉。それこそが残された希望、大どんでん返しの切り札。



『───。抗いまくって、そんで諦めるな。君たちの未来はその先にしかない』





「……眺めのいいマンションを選んだことを後悔すべきだな」


『纏雷』を解いた真神は海風とムクロを見て、大きく舌打ちをする。真神が経っていたのは河原、そして二人が立っていたのは川の中洲だ。増水しているのか、くるぶし辺りまで水に浸かっている状態である。そう真神から逃げ出した二人が決戦の地として選んだのは、マンション近くに流れた巨大な河川、多摩川の中だった。


「雷を操る異能……強力だけど、弱点がある。それは周囲に大量の水がある場所では使えないことです」

「───」


 真神が眼鏡の向こう側で目を大きく見開くのを感じながら、海風はその原理を説明する。


「雷の居合切り、雷の弾丸。いずれにしろ、使う瞬間に膨大な電熱を放出する。そんな大電流を水に流せば、水は一瞬で気化して大爆発を起こしかねない」

「……水蒸気爆発か」


 中洲は周囲に大量の水がある以上、電気を流して連鎖的な感電を起こしてしまえば熱量で一気に蒸発して体積を爆発的に増大させる。そうして生まれる大爆発、それこそが水蒸気爆発であり、真神が恐れる現象だ。


「電気には耐性があっても、電気によって生み出される大爆発に対しては無力。それがグノーシの立てた仮説だったけど……図星みたいだ」


 罪咎因子は身体能力を上昇させるが、治癒能力を上昇させはしない。頑丈なだけで生身の人間なのだ。大爆発に巻き込まれれば只では済まない。不死である海風、そして尻尾による防御手段を持っているムクロにとっては無意味なのだが。


「……だったら爆発に巻き込まれない場所まで離れればいい。俺には長距離攻撃の手段が───」

「『雷霆弾』は確かに遠い場所にいる相手にでも使えます。けど『雷光一閃』はあくまで中距離技だ。グノーシの算出によると、レンジは最大でも30m。理由は単純、遠距離になればなるほど威力が落ちるから。さっきはムクロの『骸殻』でも防げなかった攻撃でも、距離が離れれば防げる……違いますか?」

「近づかねば殺せない……と。そう言いたいわけだな」


 グノーシの想定は正しかった。ムクロを骨ごと屠れる技は最高威力の『雷光一閃』のみ。『雷霆弾』なら届きはするが、ムクロの骨を貫けない。結果、真神に残された手段は中洲まで入っての近接戦闘のみだ。これこそグノーシの提案した作戦であり、それは海風達の想像以上の効力を持っていた。


「それで? そんな小細工で俺に勝てると、本当に思っているのか?」

「「───っ」」


 ぞ、と背中に刀が這うような錯覚を二人は受けた。真神が放つ殺気とオーラ。それは思わず身震いしてしまうような冷たさを帯びている。自身の切り札を封じられて尚、一切の動揺を見せない真神に怖気づきかけた海風は、グノーシの言葉を思い出して身を奮わせだ。


「喰らい付くんだ……俺には、それしかできないんだから!」

「お前には何もできねぇよ」


 そう一言を残し、『纏雷』を発動させて宙へと高く跳躍した真神。赤雷で放物線を空に描きながら刀を真下に突き立て、海風の目の前に着地して巨大な水柱を生み出す。


「ッッッ!!」


 水しぶきから目を両腕で防ぐと、水の壁の向こう側から真神が飛び出してくる。そして真神の放った蹴りをモロに腹に喰らった海風は口から血を臓器ごと吐き出す。罪咎因子で底上げされた真神の筋力であれば、ただの一蹴りで人間を殺せる。


「うぷぇ」「汚ぇな」


 白目を剝いた海風の顎を滞空したまま回し蹴りで打ち抜き、衝撃波によって首を破砕する。そして絶命して倒れ込む海風の体を靴先で貫き、はるか上空へと弾き飛ばした。錐もみしながら空に血の螺旋を描いた海風に、真神は追い打ちをかけた。


「実験だ。『雷霆弾ケラヴーノス』」


 真神が手掌に雷を集約、生成された電気の球を握り潰すとそれは二つの小さな雷の弾丸に変化し、真神が腕を払うと同時に爆音を伴って撃ち放たれる。完璧なコントロールで制御された電気の弾丸は海風の体を襲い、貫いた部分を炭化させた。


「チッ……水を弾き飛ばした上でこの蒸気か。本格的に異能を封じられたな」


 過度な死体蹴りを見せる真神に唖然とするムクロ。立ち込める蒸気で曇った眼鏡をハンカチで拭き、悠然と武人はムクロの目の前に現れる。強い、とは思っていた。森林の中で一度真神とは戦っていたが、異能なしでも彼がここまで強いのは流石に想定外だ。


「お前が託した希望は随分と脆いぞ」


 地面にへたり込んだムクロに近寄ってきた真神が刀を抜き、ムクロの首を目掛けて一振りする。しかし、その刀が振り切られることはなかった。真神の手首を後ろから掴んだ人間がいたからだ。


「───馬鹿な。なんだ、その再生速度は」


 内臓を弾き出され、首をへし折られ、体を雷撃で撃ち抜かれた筈だ。それなのに、肩で大きく息をしながらとはいえ、海風は真神の右手首を掴んでいる。ものの数秒で海風は完全回復していたのだ。

 再生速度だけで言えば因子の元の保因者であるムクロを大きく上回る。真神がムクロと戦った感触からして、彼女ならば再生に30秒はかかっていたはずだ。


「やらせ、ないっ……」

「……知っているか。条件次第だが、たった50Vの感電で人間は死ぬ」


 必死に真神を止めようとする海風に対し、碌な反応を取らずに体から海風の体へ電圧をかけた。

 電源への直接接触、そして川の水で濡れた体。人間が僅かな電圧で感電死する条件は揃っている。

 水が蒸発しない程度の電流を流してフンと鼻を鳴らした真神は、しかし一向に手首を掴む力が衰えないのを疑問に思った。一度は目を離した海風に再び振り返った真神。


 その精悍な横顔を、海風の拳が貫いた。


「がっ……?!」


 海風の攻撃によろめいた真神が頬を抑えながら海風を驚愕の目線で見る。致死量の電流を流したというのに全くと言って良いほど動じなかった海風。拳を握ったまま平然と立っている海風の手袋を見て、真神はグノーシが用意していたもう一つの策を理解する。


「ラバースーツ……!!」

「……ほんと、グノの用意の良さには頭が上がらない」


 再生速度が速くとも、昏倒は避けねばならない。そして感電による気絶のリスクを極限まで減らすためにグノーシがドローンで海風達に届けさせたのがラバースーツだった。絶縁体であるゴムに包まれていれば、熱は防げなくても感電は防げる。そして早速そのラバースーツが役立ったということだろう。折れた奥歯を口から手に吐きだし、ポイと川の中に捨てる真神。


「どいつもこいつも……」

「……聞かせてください。どうして、こんなことを」


 苦虫を嚙み潰したような顔で真神に訊ねる海風に、真神は苛立ちを滲ませる声で答える。


「そんなに俺の動機が大事か。俺の行動原理が『正義』なのはお前も知って───」

「だとしても! これはあまりに強引すぎる! 計画の為に人まで殺して……罪咎因子の解明だって、どれだけの実験体を使ったんですか!?」

「正義のためだ。致し方無い犠牲だった」


 水で濡れた髪を掻き上げながら堂々とそう宣ってみせた真神に、海風は奥歯を噛み締める。


「そんな言い分が罷り通っていいはずがない! 多数の為なら少数は切り捨ててもいいと?! 本気でそう思っていたんですか?!」

「さっきから聞いていれば……お前は、自分が正しいとでも思ってんのか?」

「な」


 鋭い視線でムクロを貫いた真神は、語気を一層強くして海風の思い違いを指摘する。


「俺の出した犠牲なんて、そこの怪物が生んだ被害者の数に比べれば些細なもんだ。手前勝手な偽善で災禍の原因を作り、眠りから起こされたことに勝手に絶望し。何の罪もなかった、祖先が罪を犯したというだけの無辜の民衆の中に罪咎因子なんてものを生み出したソイツが。俺よりも業深いと、本気でそう思っているのか?」

「……ぁ」


 真神の言い分に間違っているところはない。それはまさに正論というヤツだ。

 罪咎因子の生み出した悲劇の数々を海風は身をもって知っているし、その元凶ともなれば、彼女に向けられる憎悪は計り知れない物だろう。だって、理性を失った『仇人』を殺すことですら、あれほどに憎悪の原因となるのだ。

 散々言われてきた。人でなしと。悪魔と。死神と。数々の罵倒を受けてきた。

 それは当然の報いであると思っていたから、海風はその罵倒を甘んじて受け入れていた。彼らを殺した罪を贖うべきだと考えていたから。

 けれど、その論理を適応するなら、ムクロも贖うべきなのではないのだろうか。だって彼女のせいで悲劇が引き起こされたのは、確かに事実なのだ。

 彼女は贖って然るべきだし、それを否定することは海風にはできない。


「その怪物を庇うというのは、ソイツに向けられるあらゆる憎悪を共に引き受けるということだ。『仇人』を殺した罪悪感と向けられる憎悪に苦しんでいたお前が、それに耐えられるのか?」

「それ、は」


 言い返せなかった。ろくに眠れない、肉も食えない、墓参りで気を紛らわせなければ正気すら保てない。そんな弱い自分が、彼女に向けられる憎悪に耐えられるのか。正直、自信はない。


「ソイツは生きる呪いだ。一瞬の激情に任せて庇っていい存在ではない。その恋愛感情は俺が仕組んだものではあるが……一時の気の迷いだ。必ず後悔するぞ」

「……」

「それが分かったら、そこをどけ。不死者を相手にするのは面倒だ」

「……ミカゼ」


 真神の話はどこまで行っても正論だった。世界に生きる誰に聞いても、正義は真神にあると答えるに違いない。

 酷い話だ。救うと誓って地獄から生き返った先で、生き返ったことを後悔しそうになるだなんて。

 そんなの、そんなのは───


「……そんなの、悲しすぎるだろっ……」

「……なに?」


 後悔するかもしれない。この選択を恨むかもしれない。一時の気の迷いだとしても、けれど。この感情に嘘はないと信じているから。


「自分を無碍に扱う人にすら心配をして、一人でも救えるように自分を食べさせた! たった一人の友人の願いを叶える為に当てのない旅を続けた! どれだけ疎まれようと、何度でも立ち上がって歩み続けた、その軌跡を俺は認めたい!」


 孤独に泣く彼女を傍に居たい。彼女を押し来る憎悪から守ってあげたい。救いを求めて歩み続けた彼女の生涯を救ってあげたい。

 

 だって、俺はムクロを愛している。


 だから、退かない。真神の『正しさ』に立ち向かう。


「そこに罪なんてあっていいはずがないんだ! ムクロはっ……ただ! 優しかっただけじゃないか!」

「みかぜっ……」


 海風の叫びに、ずっと沈黙していたムクロが口をぎゅっと結ぶ。長い旅の果て、ようやく出会えた理解者の存在を再確認できたことを静かに喜ぶように。

 けれど、真神にも譲れないものはある。海風の言葉に、遂に真神の堪忍袋の緒がぷつんと切れた。


「───だから言ったはずだッッッ!! 『優しさと救いは別物だ』とッッッ!!」


 真神がいつか、車の中で海風に授けた言葉。それが現実味を持って海風の胸を強く打つ。


「その怪物が何を思っていたのかはどうでもいい! 結果が全てだ! ソイツは『仇人』を生み出し、多くの無辜の人間を間接的に殺してきた! その事実は消えはしねぇんだよッ!」


 そこに恣意性があったかどうかは大した問題ではない。重視すべきは、引き起こされた『結果』だ。何より、世界の惨状が雄弁にムクロの罪を物語っている。正しい。

 けれど、自分は大罪人だから。『原罪』を背負う彼女に寄り添うと決めた極悪人だから、彼女を庇うのだ。


「とっくに寒さには慣れていたはずなのに……ずっと『寒い』って言ってた」


 一か月の生活の中で知り得たムクロについての情報と、夢で見たムクロの遍歴をすり合わせる。最初は寒いのが苦手だと思っていたが、雪が吹きすさぶ氷獄の世界で歩き続けていた彼女が外気温が低いぐらいで凍えるはずもなかった。であれば、ムクロの「寒い」とは別のものを指している。


「寒かったのは体じゃない! 心なんだよ!」


 ムクロは知らなかったのだ。孤独は寒くさせるのは体ではなく、心なのだということを。


「心が寒いから! 彼女はずっと温もりを求めてたんだ!」


 彼女と初めに会った空間を思い出す。だだっ広いだけの空間に、ここぞとばかりに敷き詰められていた巨人の骸の数々を。彼女一人を護るように立っていた幾人もの骸骨の守人を。


「誰かに守ってもらいたかったから! 誰かに一緒にいて欲しかったから! ムクロは人に見立てた骸骨の腕の中で眠ってたんじゃなのか!」


 あれは彼女の心の奥底に隠された欲望を反映した心象風景だ。誰かに守って欲しい。誰かと一緒に過ごしたい。そう思い続けて、でもそれが叶わないことを知って、彼女は眠り続けたのだ。ただそれだけの願いを、彼女の長い生の中で誰も叶えなかった。

 だから。


「俺が彼女の救いになるんだ。彼女の罪を、彼女の願いと共に背負い続けるんだ」


 この尽きぬ命は、違うことを許されぬ約定の証。海風は共犯者としてムクロと共に生きると、とっくのとうに決めていたのだ。


「世界中の誰もが彼女を悪だと断じるなら、俺は悪でいい!彼女の味方であり続けられることだけが俺の望みだ!」

「綺麗事吐かすな! 大して生きてもねぇガキが知った口をきくんじゃねぇよ!」


 刀を抜いた真神が切っ先を海風に突きつけながら、大声で憤慨していた。しかし、海風はもう一歩も引かない。心に一本の太い芯を入れることが出来たから。


「罪を償うつもりはある。これが赦されない罪咎であることは理解しているつもりだ」

「なら今すぐ死ね! 死を以て罪滅ぼしをしろ!」「違う! 死ぬことは何の意味もないんだ!」


 手を胸に当て、真神に少しでも思いが届くように、力を込めて話す海風。


「だって、罪は滅ぼすためにあるんじゃない。背負うためにあるから」


 罪滅ぼしとは、償いとは似て非なるものだ。

 それは相手だけでなく、自分を救うことを目的にしているから。そうではないだろう。救いは他者によって与えられるものであり、自分で成していいものではないと海風は思っている。己の過失を胸に刻み、前を向いて歩き続けることこそが贖罪なのだ。


 だから、彼女が死ぬことで罪が清算されるだなんて認めない。それは贖いではない。


「生きることが贖いになる。それこそが、彼女と俺が一生を懸けて背負っていく罰だ」




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