Ep.25 不朽の屍
「不老不死……?!」
ムクロから明かされた真実に口をポカンと開ける海風。そんな伝説でしか見たことのないような存在がいるとも思っていなかったし、それがこの可憐な少女の正体なのだとも知らなかったからだ。
しかし、証拠は今さっき見せられた。『首枷』の爆発に巻き込まれたはずの体が再生し、現に海風と話している。これが不老不死でなくて何なのだろう。
「隠していてすみません。……遠い昔の、大切な約束だったんです」
「昔……って、それはいつの───」
不老不死の彼女が言う『昔』について聞き出そうとした海風に割り込む形で、グランザムが興奮した声を上げる。
「マジかよマジかよマジかよッ!? 不老不死!? 死なない『咎人』!? なんてこった、最高だ!!」
「なっ……」
「殺し合うぞ、お前! いいじゃねぇか、超人的な身体能力の人間と、不老不死の『咎人』! こんな唆る戦いがあっていいのかよチクショウ!」
顔を真っ赤にして語るグランザムに、海風は嫌悪感を隠しきれない顔をするが、ムクロは早速臨戦態勢に入っている。であれば、バディである海風がぐだぐだしているわけにもいかない。裸同然のムクロに上着を被せ、海風も立ち上がる。
「……話は後で聞かせてもらう。全部ね」
「はい。必ず」
彼女が死ななかった。
今はそれだけでいい。今はそれだけで戦える。
「行くぞオラァァァァァァァァァァッッッ!!」
突進してきたグランザムを迎撃するのは、両方向から現れた髑髏二つ。地面から生えた脊椎に操られるようにしてグランザムに接近し、顎門を大きく開いて噛みつこうとする。が、グランザムは上二本の腕で髑髏の額を掴み、ノックバックしながらも静止させた。そして下二本で脊椎を掴むと、大きく振って地面に叩きつける。亀裂の入った地面、衝撃でバラバラになる脊椎。そして持っていた髑髏を向かい合わせにぶつけて無数のかけらにすると、それを拳で打って弾丸のように吹き飛ばした。
「『骸殻』!」
海風の咄嗟の指示に従ってムクロが海風ごと頭蓋骨で覆うことで骨の弾丸を全て塞いだ。が、それも束の間、頭蓋骨にすぐに罅が入り突破される。そして現れるのはグランザム。どうやら拳撃で頭蓋骨を破壊したらしい。
グランザムが組んだ上二本の腕を叩き下ろす寸前、ムクロが生やした肋骨が彼の体に当たる。しかしグランザムも流石で、一瞬で狙いを見切ると下二本の腕でしっかりとガードしていた。ニヤ、と笑ったグランザムに、また新たな衝撃が加えられる。
「『骸征剣』」
「ぬあッッッ?!」
続いた海風の言葉にすぐ反応したムクロは、地面から生んだ武器でグランザムを横殴りにし、その巨体を遥か後方へと吹き飛ばした。壁を何枚も突き破ってようやく止まったグランザムは、ムクロが手にする獲物を見て大きく笑った。
「ハッハァ! なんだよその武器ぃ!」
その剣は、剣というには長かった。鞭のように長い刃渡りは恐らく3メートル近くあり、その刀身には脊椎骨が並べられている。棘突起の部分は鋭く尖り、柄の部分には剣状突起と胸骨が使われていた。骨100%で出来た、ムクロにしか作れず、使えない武器。
名付けて『骸征剣』。ムクロが征く道を切り開く剣だ。
「いいじゃねぇか! その武器で俺を愉しませろ!」
そこからは乱戦だった。グランザムが殴り、ムクロが防ぎ、骸征剣で叩き切り、グランザムが吹っ飛びながらも反撃し、またムクロが防ぐ。周囲に甚大な破壊を齎しながら、強力な異能を持った二人の『咎人』の戦いは激化していった。
けれど、戦況は明らかに片方に傾いている。
「やっぱり強い、『剛腕の咎人』グランザム……!」
不死であるムクロは死にはしないが、不死でなければとっくに四度は死んでいる。そして、ムクロはグランザムに決定的なダメージを与えられないままだ。グランザムの体の強固さは異常で、どれだけ攻撃を与えようが平然としている。それどころかボルテージが上がっていた。
「まだまだまだまだまだまだッッッ! ハッハァ、愉しいなッ!! こんな愉しいのは初めてだぜ、『骸の咎人』ォ!!」
「っ……」
明らかにムクロが圧されていた。ムクロの能力は多彩だが、こういうゴリ押しタイプには弱い。攻撃も通じず防御も突破されるとなると、流石にムクロといえど苦戦するのだ。
「おらギア上げるぞッ! 壊れんなよなぁッッッ!」
「はぁ?! まだ上がんの!?」
そう言うと、グランザムの体が赤熱し、筋肉が明らかに元の数倍にまで膨張する。そして猪のような突進態勢をとると、地面を爆砕して音速でムクロに迫った。それに神がかったスピードで反応するムクロは、その道程に数枚の骨による防護壁を生やす。しかし、その全てがコンマ一秒も保たずに粉砕され、ムクロの小さな体を弾き飛ばした。
「ムクロ!」
飛んできたムクロを滑り込む形でキャッチし、海風はムクロを抱えて起き上がる。まろび出ていた内臓がムクロの中に戻っていく様子を見て頬をひくつかせる海風が、ムクロに訊ねた。
「どう? アイツ、倒せそう?」
「……正直、難しいです。一対一でいいなら、死に続けてでも骨で殴ればいいです。疲れれば今ほどは強くなくなると思います。けど……」
「……生身の人間の俺がいる。そんなに戦いを長引かせたら、俺が巻き添い食らって死ぬかも、ってことだよね」
コクリ、と頷いたムクロ。その推測は正しい。ムクロの負担にならないよう隠れていた海風だったが、やはりムクロ一人ではグランザムを倒せない。ムクロは戦いの経験が少ないので、攻撃が単調になりがちなのだ。経験豊富であろうグランザム相手には拙い攻撃は通用しない。隙を狙って大逆転をするには、やはり海風が出張る必要があるだろう。
そして、策略ならもう思いついていた。
「作戦がある。ムクロ、協力してくれ」
「どうしたどうした! 上に逃げるだけじゃ、俺には勝てねぇぞ!」
骸征剣を使って上へと逃げる海風達を追うグランザム。しかし、実際に骸征剣を振るうのは骸ではない。
「うおおお! これ使うのやっぱむずいいいいい!」
制御をムクロに任せ、海風が骸征剣を使っているのだ。海風の首に抱きついて骨を出したり骸征剣を操るムクロと、剣を振るいながら実際に動く海風。落ちてくる瓦礫を避け、たまに足場にしながら、綱渡りのような危うさで上へと登っていく。なぜ上に向かっているかと言えば、理由は一つ。
「あった!」
海風の視線の先にあったのは消化器。それを片手にひっかけ、骸征剣で比較的安定した足場に降り立つと、海風は下から現れたグランザムに消化器を投げつけた。
「うおっ?! ……なんだこりゃ」
消化器が作る白い煙幕、そして瓦礫によって舞う粉塵。それらによってグランザムは完全に二人の姿を見失った。
「……どこ行きやがった」
グランザムとて殺しのプロだ。この手の騙し討ちは経験があるし、それへの対応の仕方も心得ている。息を殺し、腕を広げ、感覚を拡張する。周りを包む空間全体に神経を巡らせ、五感をフル活用して襲撃を待った。
「───そこか」
グランザムがバッと振り返ると、そこには腕から爪のように伸ばした骨で上から襲い掛かろうとしていたムクロがいた。完全に不意をつく形だったにも関わらず反応され、動きが鈍ったところを腕で殴打。叩き下ろされて地面に打ちつけられたムクロから肉のひしゃげた音がした瞬間、グランザムは再び振り返った。
「そんで背後からだろ。読めてんだよ、ガキ」
背後から音を消して肉薄していた海風。その右手にあるのは愛用の拳銃だ。恐らく不意打ちで接近したところで背中からゼロ距離の銃撃をお見舞いしようとしたのだろう。
しかし、それはあまりにありきたりすぎた。
グランザムが振り払った下の右腕で、海風の企みは潰える。
「ぉ」
振り払った手刀は風を斬り、刃物のような鋭さを持っていた。それ故に、生身の人間である海風は耐えられない。
掠った右眼はパックリと割れ、一秒も経たずに破裂した。
銃を持っていた右手は肩からスッパリと斬られ、胴体と分たれた右腕が宙を舞う。
重症。致命傷。
並の人間なら痛みに悶えて転ぶだろう。右腕を失ったことによるバランスの崩れもある。倒れたところを上から踏み潰せば終わりだ。そう考えたグランザムだった。
しかし、それは見当違いというもの。橘海風は、並の人間ではない。
ドン、と。
右腕と右眼を失いながら、それでも橘海風は止まらない。踏み出した右脚には、今まで以上に確かな力が宿っている。
(コイツ……なんで止まらねぇ?!)
企みは潰えたはずだ。銃は右手に掴まれたまま宙を待っている。逆転の目はない。ないはずなのに。その瞳から、光は失われていなかった。
「舐めんな。本命はこっちだ」
そう言って海風が使ったのは──左手。今度こそ完全にグランザムの不意を突いた海風は、左手に握られていた物体をグランザムの首に叩きつけた。
『装着完了』
グランザムとて、その存在は知っている。というか、先程目の前で実演していた。公安特務課が『咎人』や『仇人』の逮捕時に使うとされる、対罪咎因子使用者用高性能拘束具。
「『首枷』ッッッ!?」
やられた、と気づくと同時、反射的にグランザムは異能の使用を打ち消す。流石にこの距離であの勢いの爆発をかまされれば、この金剛の体といえど死んでしまう。そして、それが仇となった。
「そこです」
体を再生させていたムクロが生やした骨によって、グランザムは背後にあった大穴、数秒前に海風達と登ってきた穴へと押し出される。数秒の静止の後、グランザムは重力に従って遥か下方へと自由落下を開始した。
「……マジかよ」
想定外の幕引きをした二人との戦闘に、グランザムは瞠目するばかりだった。体がどんどんと加速していくのを全身で感じながら、グランザムは思考する。
このまま落下すればグランザムは確実に落下死する。かといって異能を使用すれば『首枷』の爆発で死ぬ。いずれにしろ、グランザムに先はなかった。完全にチェックメイトだ。
「ハッハァ! やるじゃねぇか、あのガキ共ォ!」
自分より断然若そうな二人にしてやられたことに対し、グランザムは怒りを覚えたりしない。ただ、素直な賞賛を送る。自分という強敵を協力して倒したことへ、溢れんばかりの祝福を。
あぁ、それにしても、本当に───
「めちゃくちゃ愉しかったぜぇ!」
その声から少し遅れて、地面に見事な血の華が咲いた。
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