Ep.24 『剛腕の咎人』


「ハッハァ! いいね、殺し合いだ!」


 戦いの火花が切られると同時、グランザムが実験台を引っこ抜いて海風にぶん投げる。海風はそれをスライディングでそれを避け、すれ違いざまに発砲。グランザムの体を正確に捉えるが、銃弾を以ってしてもその金剛の肉体は貫けない。


「効かねぇよこんな豆鉄砲!」


 罪咎因子『暴行罪』を持つグランザムが保有する異能は肉体強化。シンプルだが、それ故に強力だ。並みの攻撃ではその体躯に傷ひとつつけられず、銃弾でも表面を軽く掠める程度で終わってしまう。


「っ、バケモンが!」

「お前も充分バケモンだろ!」


 四本の腕から剛速で投げつけられる物体を紙一重で躱し続け、その間にも発砲をする海風を見てグランザムは驚嘆する。海風の人間離れした身体能力を評価したのだ。


「おぉし第一フェーズは終わりだ! 次いくぞぉ!」


 投擲を止めたグランザムは、四本の腕で体をガードしたまま海風に突進する。海風も銃弾を撃ち込むが、さっき以上に効果が無かった。体を丸めることで強度が増したのかもしれない。


「っ、くそ!」


 グランザムの怪物っぷりに悪態をついた海風は、突進を横に大きく跳んで回避するが、グランザムは止まらない。足裏の摩擦で強引に体を反転させると、ホーミングのようにして海風を追従、その体をぶち破らんと最高速のまま突撃してきた。


「くっ……!」


 それに対して海風は実験台から更に上、天井に取り付けられたライトへ跳躍し、片手で体を引き寄せ、走り高跳びの体勢でグランザムの突進を再び躱すことに成功した。しかし勢いのままに壁に激突したグランザムにより、海風の吊り下がっていた天井は崩壊、海風は体をぐらつかせながら何とか地面に着地する。

 そこへすかさず投げつけられた金属製の流し台を海風がバク転するようにして回避するが、流石に無理があった、僅かに靴に掠ったことでバランスが完全に崩れ、海風が地面に尻もちを着く。


「あばよ」


 顔を上げると、そこにはグランザムの姿がある。四本のある腕のうちの二本を振り下ろしたグランザムの打撃に、海風の体が耐えられるはずもない。


 ───あ、死んだ。


 確信した。目の前に迫る拳撃に頭を貫かれ、死亡する未来が見えたのだ。

 今まで様々な敵と戦ったきた海風だが、相手が悪い。こんな肉弾戦をやったことなんて無かったし、むしろここまで生き残れたのが奇跡と言っていいほどだ。


 ムクロには悪いことをした。申し訳ない。君が一人にならないよう、手を握ると約束したのに。約束を違えてしまう。


「ごめん」


 命乞いでも何でもなく、それが海風の口から出た最期の言葉で。




「───させません」




 目の前に現れた骨が、グランザムの拳を弾いた。


「うぉっ!? なんだこりゃ?!」


 高すぎる硬度を誇る骨に驚愕するグランザム。突如として謎の骨が現れれば驚きもするだろう。しかし、海風はその骨の正体を知っているし、生やした人物も知っている。


 知っているからこそ、絶望した。


「どうして」


 だって、それは一番してほしくなかった選択だった。平然としているムクロに目を向けて、海風は口を震わせる。


「だめだろ、それは」


 ムクロは『首枷』を付けている。しかも、グノーシが解除していないから起動したままだ。

 そんな状態で異能を行使すれば、どうなるか。


「やめてくれ」


 ピー、という音が耳朶を打つ。何度か聞いたことがある、これは罪咎因子の昂りが閾値を超えた際に『首枷』から鳴る音だ。

 彼女が身につけているソレは、着用者にペナルティとして平等に死を与える。


「待っ」


 そう呼び止めようとした海風の声は、爆弾が炸裂する大音声によって完全に掻き消された。


 一瞬だった。

 人の命が一つ消えたというのに、その瞬間は無慈悲にも一秒と続かない。ムクロの小さな体が爆炎と衝撃波によって木っ端微塵になり、肉片となって床に散らばった。


「……ぁ」


 あんな小さな機械のどこにこんな破壊力があったのか、と不思議になるくらいの威力だ。そこに一人の『咎人』がいたということを抹消するかのように、爆弾は何もかもを消し飛ばしたのである。


 過ごした日々も、楽しかった思い出も、紡いだ絆も、何もかも無かったかのうように。


「つまんねぇ終わり方だな。死んだら意味ねぇってのによ」


 本当に下らない物を見た、と言わんばかりに肩をすくめたグランザム。

 海風は目の前の男が言っていることが理解できない。人が一人死んだのに。爆弾で吹き飛ばされたのに、なぜそんなことが言えるのか。


「黙れ」

「あ?」


 湧き上がる。

 自分自身がよく知っていた。これは今までに海風が抱いたことのない感情だ。身を焼き尽くすような、心を蝕むような、暗く、黒く、蠢く感情。これを抱いていた人物も、海風はたくさん見てきた。


「黙れ、クソ野郎」


 この世で最も重く、人を最も強く動かす悪感情。人の持つ黒い衝動の原動力として上がる最たるものの名。

 これは、憎悪だ。


「殺してやる」


 自分がどんな顔をしているか分からない。ただ、あのグランザムが怖れで一歩引くのを見たので、相当酷い顔をしているのだろう。頬を伝う涙も拭かず、海風はグランザムへ───


「ミカゼ。なぜ泣いてるのですか」

「当たり前だろッ……世界で一番大切な子を、殺されたんだから」

「そうですか。一番大切ですか」

「そうだよ。一番大切…………………………へっ」


 立っていた。横に立っていた。爆発でボロボロになった布切れを纏って、かの白い少女は横に立っていた。


「……えっ、亡霊?」

「違います。ほら」


 傷一つないムクロの手が海風の血が滲むほど強く握られた拳に触れる。少しひんやりとしたムクロの手。この一ヶ月で何度も感じたこの体温を、海風が見間違うはずもない。


「どうして……確かに爆発して、体が」

「……ごめんなさい。言う機会がなかったんです」


 ムクロは自分のはだけた胸に手を添えて、海風に衝撃的な事実を言い放つ。




「私はどんな攻撃でも死ねません。世界で唯一の、不老不死の『咎人』なんです」




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