Ep.22 『譫妄の咎人』

 翌朝、グノーシ指定の場所の集合したムクロと海風は、周囲を見回しながら立っていた。公安の車で連れてこられたのは少し寂れた住宅街の端、小高い山の麓にあたる場所にあった駐車場のコンテナの中で、周囲に人気は全く無かった。


「ここで集合って聞いたけど……誰もこないなぁ」


 ジメジメと湿った空気に焦らされながら、海風はシャツをパタパタと仰いで熱さを体から逃そうとする。ちなみにムクロは黙ったままで、この暑さをものともしていないようだった。流石の暑さ耐性である。


 そろそろグノーシに確認を取ろうかと痺れを切らしかけた海風の下に、一台の車が近付いてきた。車が海風達の前で停まると、中から二人の人物が降りてきた。


「やぁやぁやぁ! 遅れて済まなかったね、二人とも! 一課の橘海風君とムクロ君で良かったかな!」


 一人はスーツに身を包んだ長身の女性だ。細身でモデルのような体型をした男装の麗人は、切り揃えられたミディアムボブの髪を手でかき上げて海風に近寄ってくる。


「え、えっと、はい。特務一課の橘海風と『骸の咎人』ムクロです」

「うん! 海風にムクロ! 溌剌としていて良い響きだな! かの有名な二人組にこうして会うことができた僥倖! 今日という日に感謝、この出会いに感謝だな!」

「あ、あの……」

「あぁ! 言わずともいい! 君もそうなんだろう! 数多く存在する人類の中で私達に出会えたという軌跡、あるいは奇跡! この邂逅は偶然のようであり必然だ! そうは思わないか、サニンフラ!」

「へへぇ……思う思うぅ……」

「おぉ! ふむ、やはり君は私の理解者だな! サニンフラ!」

「そっかぁ……ウインナーとギョニソは別物なんだねぇ……」


 遅れて現れたもう一人の人物は、地雷系ファッションという言葉がピッタリと当てはまる格好をしていた。ピンクと黒のコントラストを基調とする服に歩きづらそうな厚底の靴を履き、耳の上あたりで縛ったツインテールが目立つ髪の毛をした女だ。服と同じく髪も黒とピンクが混ざっており、非常に派手な見た目をしている。瞳孔は丸が同心円状に広がっていくような形で重なっていて、正気を失っているという印象を受ける目だった。

 事実、話が噛み合ってない感がすごい。

 芝居掛かった喋り方をする男装の麗人と、明らかに目がイッている地雷系少女。


「あれ、これ人選合ってる? 致命的に間違えてない?」

『残念ながら合ってるんだな、これが。ほら、自己紹介してヨ』


 潜入調査には全く向かなそうな二人を見て不安になる海風に、グノーシが通信で二人に自己紹介を促す。


「あぁ、これは失敬。では名乗らせていただこう! 公安特務三課執行部所属、愛逢月めであい燐葉りんはだ! そしてこちらが私の相棒、『譫妄せんもうの咎人』サニンフラ!」

「へへぇ……よろひくぅ……」


 眼科にクマを浮かべたサニンフラがピースして挨拶するのをドン引きしながら受け入れる海風。どう見てもヤバいペアだ。


『まぁ見た目に不安があるのは分かるけど……実力は確かだヨ。それじゃ作戦を説明するネ』


 こうして、敵アジトへの潜入調査は先行き不安のまま幕を開けたのだ。




『まず、アジトに潜入する時は荷物の運送会社の配達員を装っていく。研究所は獣医学研究施設の地下にあるからネ。おそらく上はカモフラージュ、本体は地下の罪咎因子研究所の方だ。アジトは山中にあって、正面から行く以外の方法は正直難しい』

「だから配達員……研究員じゃないんだ」

『研究員証も偽造してあるけど、入る時ばっかりは配達員として入る方が都合がいいから。研究所に入った後、海風とムクロは研究員の服を奪って変装開始。燐葉とサニンフラはそのままでいい。地下の研究所に入ったら、海風と燐葉のバディは別行動だ。海風達がグランザムを妨害する間に燐葉達は最重要機密が書かれたレポートを奪取してきて』

「あぁ、任せてくれ!」

『大体はこんなカンジ。その都度指示を飛ばすから、インカムは失くさないようにネ』


 そしてグノーシが手配した通りに配達員として一般通路から侵入した四人は、隙を見て研究所内部に潜入、クラッキングを行ったグノーシのおかげで何なく地下への侵入を果たした。


「次は二人の為の変装服、だね。ちょっと待っていてくれ」


 愛逢月が立てた人差し指を唇に当てて海風達に静止を求めると、慣れた動きでスニーキングを開始した。警戒をしながら通路を進んでいった先、二人組の研究員の姿を見つけ、愛逢月がサニンフラに合図をする。


「あの二人がちょうど良いな。グノーシ君、『首枷』は?」

『ちょい待ち……よし、解除したヨ。いつでもいける』

「了解だ。サニンフラ、投薬準備」

「はぁい」


 そう言ってサニンフラが腰につけられていたホルダーから取り出したのは、緑の液体の入った注射器だ。それの先端を腕に当てがうと、針をブスッと刺した後、サニンフラは液体を体内に流し込む。


「んはぁぁぁぁあああああっ……トリップぅぅぅうぅうぅう!!」

「ちょっ……?! 声大きいって!?」


 謎の液体を注入して、涎を垂らしながらガクガクと震え、恍惚とした表情を浮かべるサニンフラ。注入時に大声を上げたことで、研究所二人が「誰だ!」と胸元から拳銃を取り出して近寄ってきた。そうして曲がり角から研究所二人組が現れると、首に黒い紋章を浮かべたサニンフラはフラフラと近づき、彼らにぶつかる。


「!? なんだお前、ら……」

「あはぁ☆ はじめまして、お二人さん♪」

「あぁ……」「はじめましてぇ……」

「ねぇねぇ、オジサンたちも一緒にトリップしよぉ?」

「「うん……トリップぅ……」」


 恐怖映像だった。

 目がイッてる女が近寄った瞬間、近づかれた二人組の目もイッたのだ。フラフラとしながら恍惚とした笑みを浮かべている豹変した二人へ歩み寄った愛逢月が耳元で囁く。


「さぁ、服を脱ぐんだ。そして近くの人目につかない場所でぐっすり眠るといい」

「「はい……わかりました……」」


 そうして研究員用の服を脱ぎ始めた二人組を見ながら、海風はグノーシに訊ねた。


「あ、あれは一体……」

『彼女の異能だヨ。『譫妄の咎人』サニンフラ。罪咎因子『薬物罪ファルマカ』を保因した異能者で、体内に侵入した毒物を無効化できる上に、嗅いだ者に同じ薬効を齎す体臭を外部へ放出することができる。今回は判断力を低下させる薬っぽいネ。主成分はエンジェルトランペット由来かな?』

「サラっと言ったけど、結構ヤバい異能じゃない?」

『敵に回したくないよネ。操る相手は任意らしいけど……あの香りを嗅がないに越したことはないヨ』


 特務三課といえば潜入のスペシャリストが集まる部署だが、確かに使いやすい異能だ。注入する薬物の種類を変えれば効果も変えられるし、周りも巻き込みづらい異能である。犯罪臭が凄いのが玉に瑕か。


「見ちゃいけません」「?」


 ムクロの両目を隠して一連の出来事を見せないようにし、全てが終わってから剥ぎ取られた研究着を着る二人。サイズもちょうど良く、そこそこに動きやすい。ちなみに、ムクロの白髪は非常に目立つので、前髪を長くしたウィッグを頭に乗せて変装させている。


「それじゃ、健闘を祈る」

「えぇ。愛逢月さんも」


 愛逢月達と分かれて別行動を開始した海風達は、グノーシの指示の元でグランザムの居場所へと足早に向かった。



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