Ep.11 狼は我道を征く
コツン、コツンと。
固い床に打ち付けて鳴らされた革靴の足音が無機質な廊下に木霊する。音は気味が悪くなるほど等間隔に規律良く鳴っており、当人の几帳面さが見てとれた。
常に眉間に皺を寄せている高身の男は、スーツの襟を正しながら廊下の先にある一室へと歩を進めている。ただし彼の歩く速さは尋常ではないため、彼を知らない人間は早歩きだと錯覚するだろう。特に急いでいる訳でもないのだが、彼は──真神嵐杜は、生来からそういう
「失礼します」
自動扉がシュンと開くと同時にそう簡潔に一言放つと、真神は歩みを止めずに部屋の中央に入る。四方を黒い金属壁に囲まれた人が30人は入れそうな空間なのだが、部屋にいるのは真神一人だけという状況である。しかし真神は何も言わずに眼鏡を直して立ち尽くすだけだ。
真神が数分ほど待っていると、部屋の照明が落ちて周囲は闇に包まれる。金属壁には複数の正方形に区切るように青い光の線が走り、真神の立つ床の上にも大量の正方形が現れた。そして正方形達が斑に白くなると、その一つずつに人の影が映し出された。影が点滅していない黒い正方形はというと、互いが干渉し合うようにして青い光を放っているだけである。
『いつもながら到着するのが早いな、真神』
影を映し出した正方形の一つが発声に合わせて大きくなり、その存在を主張する。声からして、おそらく初老の男性だろう。真神はそちらに目を向けることすらせず、冷淡さを滲ませる声で答えた。
「えぇ。そういう貴方がたは時間通りに行動することも儘ならないようですが」
『……相変わらずの減らず口だな。局長にもなれば少しは大人びるかと思ったが、まだ態度の悪さは治らないようだ』
「媚び諂うのが大人びるということであれば、貴方がたはさぞ立派な大人になれたのでしょう。私にはとても真似できませんが」
『ッ……! 貴様ぁ……!』
真神の皮肉に苛立ちを隠せない初老の男だったが、静かに火花を散らす両者の間に老爺の声が介入する。
『やめないか、みっともない。時間に遅れたのは謝罪するが、あまり挑発するものではないぞ、真神』
「……これは失礼を。以後気をつけます」
心にもない謝罪の言葉を白々しく述べた真神に舌打ちする声はあったが、老爺はしわがれた、しかし芯の通った発音で真神の報告を促す。
『それで、例の件はどうなった』
「何の問題もなく進行しています。現在、『骸』は公安特務一課所属の橘海風と行動を共にしており、良好な関係を築きつつあるようです」
『橘海風……一課の秘蔵子か。お前の養子と聞いたが』
「えぇ。アレには幼少期から直々に教育を施しています。本人の才覚もあってか、例の異名に違わない実力を有していると考えて間違いないかと」
『……若き死神、か。養父の色眼鏡、という訳でもなさそうだ』
「見ての通り、私の眼鏡に色はついていませんので」
フ、と笑いを零した老爺だが、真神の洒落に反応したのは彼だけだ。他の者は皆、真神に冷たい視線を送っている。それは真神の態度もあるが、それ以上に彼が行なっている『計画』に対して少なからず不満があるからだ。
『本当に上手く行くのだろうな。貴様が熱弁するから許可したが、それも納得した訳ではないぞ! ここにいる殆どが『骸』を解き放つことに反対していたことを忘れるな!』
『そも、お前の計画は不確定要素が多過ぎる! リスクとリターンが見合っとらん!』
『然り。今からでも計画を見直すべきだ』
四方から投げ掛けられる異論を真神は鼻で笑って一蹴する。
「妄言を喚き散らすのはそちらの勝手です。が、私の邪魔だけはしないでいただきたい」
画面越しでも伝わる彼の放つ覇気に気圧された男達は途端に口を噤み、その反応を見て真神は続けて宣う。
「賽は投げられたのです。半が出るか丁が出るか、貴方がたはただ見届ければいい。私が失敗した時はそれを無様と笑えばいいでしょう。では」
取りつく島もないといった感じで部屋を去った真神に対し、部屋には遅れて不満や文句が溢れ出す。その様子を見ていた老爺は溜息をつき、『頑固者め』と彼の傍若無人さに愚痴をこぼした。
そんな老爺の言葉を知るはずもなく、真神は部屋から足早に立ち去りながら組織上部に巣食う退廃した観念に毒を吐く。
「チッ……現状維持しか脳にない老害どもが」
その歩みは規律正しく、しかし力強く。
心中に今後の展開を描く怜悧な一匹狼は、小さく呟いた。
「黙って見ておけ。俺は、正義を成すだけだ」
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