Ep.9 『被害者』


 揺られる護送車の中、僅かに車が跳ねた衝撃で男は目が醒める。


「……ここ、は」


 薄く開いた瞼の間から周囲を見回すと、自分を囲うように銃を持った男達が座っていた。広さはトラックの荷台ほどだが、装置や装備は普通のそれではない。取り揃えられた通信機器、格子付きの窓、赤いランプの点った何かの制御装置。機械には詳しくないので、それが何を操作するためのものなのかは分からなかったが。


「こちらA班。『仇人』が意識を取り戻しました。意識混濁、認知能力共に正常。『首枷』も作動していません。罪咎因子は落ち着いています。オーバー」

『了解。引き続き警護に当たれ。再び発作を起こした場合の判断は任せる。以上』


 耳に届いたやり取りから、自分の状況を何となく把握する男。全身を機械で拘束されているが、その中でも目についたのは首についた流線形のフォルムをした枷だ。


「『首枷』と呼ばれる機器だ。罪咎因子の高まりを感知すると着用者に鎮静化を促すものでな。それは電流が流れる仕様になってる」


 そう語りかけてきたのは正面に座っている銃を抱えた男だ。ガスマスクをしているので顔は見えないが、服装からして恐らく鎮圧部隊の一人、それもそれなりの立場にある人間だろう。この状況からして、記憶が曖昧な彼でも、自分に何が起こったのかは理解したつもりだ。


「……私は、『仇人』になったのか」

「不運だが、そういうことだ」


 淡々とした目の前の男の返答に息を呑む。自分が化け物になってしまったということを自覚させられ、彼は絶望で肩を落とした。混乱する頭で必死に考え、震える声で男に訊ねる。


「どうして私が……その、『仇人』に?」

「お前自身は別に悪くない。精神が不安定になったところで偶然、罪咎因子が発現しちまったってだけだ。本当にただの不運だよ」


 不運、と男は言った。その言葉にはもう聞き飽きている。経営が傾いた時も、妻に浮気された挙句に托卵されたことも、自己破産した時も。彼を慰めようとした、あるいは嘲笑した人間はいつも、その言葉を彼に吐いた。

 だからなのだろう。そんな救いのない言葉を男から投げかけられても、彼を非道だと思うことはなかった。そういう星の下に生まれたのだと、とっくに諦めていたから。


「……私はこれから殺されるのか?」


 どうしようもない人生だが、それでも自分の人生だ。どうなろうと構わないが、どうなるのかだけは知っておきたかった。


「いや、『殺人罪』ならまだしも『窃盗罪』だからな。収監された後は更生プログラムをこなしてもらって、罪咎因子暴発の危険なしと判断されれば仮釈放される。『首枷』は取れんがな。……まぁ、不幸中の幸いってやつだ。殺されないだけマシだよ」


 それは、果たして幸いなのだろうか。

 監獄に送られてプログラムで罪咎因子を何とか落ち着けられたとして、待っているのは一目で『仇人』だと分かる『首枷』をつけたままの日常生活だ。二度と真っ当な人間には戻れないと分かっていながら絶望の中で生き続けることが、果たして死よりも幸福なのだろうか。


「今向かっているのは普通の監獄ではなく、『仇人』『咎人』専用の監獄だ。監獄長も『咎人』だが、理解のあるお方だ。悪い待遇は……いや」

「……?」

「……何を話しても、その絶望に希望の火が灯ることはないんだ。この狭い箱の中に閉じ込められた奴は、いつもそんな顔をしているよ」


 ガスマスクの向こうで、男が顔を歪めるのがわかった。この淡々とした男を憐れませるなんて、一体自分はどんな酷い顔をしているのだろう。


「家族にはこちらから知らせておく。関係修繕に努めるよう手配させるから───」

「いい。……家族には、言わないでくれ」

「……? だが、妻や子供はいるだろう? その結婚指輪は……」


 拘束具から除いた右手の薬指にはめられた指輪を見て、絞り出すように言った。


「もう、いいんだ。……俺は、家族じゃなかったから」

「───……そうか」


 護送車が運ぶのは、『加害者』か、それとも『被害者』か。

 こうして、罪咎因子が発現したというだけの罪を背負った哀しき人間また一人、監獄へと送られていく。


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