Ep.8 余韻と骸
「初任務ご苦労だった。いきなりで悪かったな」「本当ですよ……いたた……」
随分と軽い労いの言葉をかけてくる真神に、強く打撲した背中をさすりながら涙目で答える海風。彼の無茶振りは今に始まった話ではないが、今回は納得できない部分が多かった。
「なんで訓練もなしに実戦投入したんですか? 別に対処するのは俺らじゃなくてもよかったでしょ」
「うちの人手不足は知っているだろう。使える武器は何でも使う。それが購入したばかりの説明書すら読んでいない
「機械人形……確かに感情の起伏は小さいですけど、別に感情がないわけでは」
「ないだろうな。ただ、得体の知れないという意味では機械より奇怪だ」
「ははっ」
「何笑ってんだ殺すぞ」「りぶじんっ!」
スルーしてもブチ切れるくせに、とちょっとした言葉遊びをした真神に同調して叩かれた海風は内心で毒吐く。言ったら殴られるので言葉には出さないが。
「だがまぁ、実際なんとかなっただろ。ムクロの強さは圧倒的だ。大体のやつは触れることすら出来ないだろうからな」
「無尽蔵の骨……。確かに凄まじい強さでしたけど」
『仇人』となった彼が無力化されて連行された後の現場に視線を巡らせる海風。現場周囲には警察が施したテープで通行禁止が指示され、野次馬の類はテープの外から携帯デバイスで写真を撮っている。先程まであれだけ危ない目にあっていたのに、危険が去ればこの始末だ、呑気なものである。
ただ、彼らが写真を撮りたがるのも無理はない。現場に残された戦闘の遺物、それがあまりにも特徴的過ぎたから。
「……あの骨、消えないんですね」
「らしいな。好き放題生やしてくれたせいで道路も滅茶苦茶だ。これじゃどっちが取り締まるべき罪人か分からん」
知らない人間が見れば現代アートと見間違いかねない、道路から生えたままの大量の巨大な骨。ムクロが戦った後に残された産物は、歓楽街の街並みにはまるで似合わない異様さを存分に放っている。流石にこのままにはしておけないので事後処理班が何とかしてくれるだろうが、処理費用は嵩むばかりだ。頭が痛いと愚痴を言いながら車に戻ろうとした真神だったが、何かを思い出したようにピタリと止まり、首だけ回して海風に言い残す。
「そうだ、言い忘れていたが。今日からお前はムクロとシェアハウスだからな」
「…………………………………はっ?」
───はて、シェアハウスとな。
「家まで送る手配はしてあるから連れて帰れ。あぁ、それと戦闘服は脱いでいけよ。戦闘で傷ついただろうからな、メンテナンスに出す」
───ふむ、家に連れ帰るとな。
「安心しろ、二人っきりじゃない。目付役は用意してある。俺は局に戻るから、後のことはよろしく」
───ほう、後はよろしくとな。
「じゃあな」
「待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って下さいお願いしますッッッ!?」
「なんだ騒々しい」
「なんだじゃねぇんですよ! 正気ですかアンタ!?」
衝撃発言をさらっと言って帰ろうとした真神の腰にしがみつき、とんでもない展開になりそうな現状を変えようと必死になる海風。面倒臭いという感情が滲み出ている顔で海風を見た真神は、肩をすくめてわざとらしく笑う。
「あぁ正気だよ。正気も正気だ。決して普段から命令無視しやがることへの当てつけではない」
確信犯だ。海風に嫌がらせしてやろうという意思が見え透いている。ただ、こればっかりは海風への嫌がらせという範疇で収まる事ではないだろう。
「俺の意志はともかくとして……まず、『咎人』を一般住宅に住ませること自体が危険です。しかもあれだけ強力な異能を持った『咎人』ですよ。『上』が許可しない」
「アホか。その『上』が許可したから俺が指示してんだ」
「なっ……許可が出たんですか?!」
驚愕で言葉を失う海風に視線だけ寄越して、真神は億劫そうに答える。
「だから出たって言ってんだろ。それなりに手間取ったが……条件こそあれ、バディとの共同生活を許可している。もちろん『首枷』は付けろよ。街中であの能力を好き勝手に出されたら修繕費と賠償と慰謝料で公安が財政破綻する」
「いや、そりゃ付けるのは当然ですけど……!」
公安上層部、つまりはこの国の中枢を担う人間達から、強力な力を持つ『咎人』を世に放つ選択肢を取らせた。それがどれほど異常なことなのかが分からない海風ではない。それを何となしに宣った彼は、やはりそれほどまでに力を持った人間ということなのだろうか。しかし、上層部を揺さぶれるほどに権力を持っているとしてもおかしくはないのだ。
真神嵐杜はそう在ることが許されるほどの日本にとっての大英雄であり、公安特務課を取り仕切る最強の人間なのだから。
「上が出した条件は三つだ。一つが『首枷』は何があっても外さないこと。もう一つが、監視役を二人の生活に付けて記録を残し、随時状況を報告すること。そんで最後の一つが、生活の期間は一ヶ月に限定すること。つまりシェアハウスは一ヶ月限定だ」
「は、はぁ……」
正直、一ヶ月は長すぎるぐらいだ。一日二日でも胃に穴が開く自信がある。彼女が怖いとかでは無く、『咎人』と常日頃から一緒に暮らすという異例を許可されたことへのプレッシャーが凄まじいのだ。生活を監視されるというのも気が進まない。
お風呂とかも覗かれるのだろうか、と漠然とした不安を抱えていると、ムクロが事情聴取から帰ってくるのが見えた。軽く情報を聞く目的で聴取を行ったのであろう警官が頭を抱えていたので、大した成果は得られなかったのだろう。
「お待たせしました」
「大丈夫。何を聞かれたの?」
「よく、分からなかったです。どう答えればいいのか、分からなくて」
「う、うーん……。ま、そんな重要なものでもなかったろうし。気に病むことはないよ」
海風の励ましに、こくり、と頷いたムクロ。初対面の時よりも反応が軟化している気がしたが、どうなのだろう。何か心境の変化があったのだろうか。最初に握手を拒否された時はどうなるかとも思ったが、この調子なら上手いことやっていけそうだ、と眠たげに瞼を落とすムクロを見て、海風は表情を崩す。
「ソイツはあまり外の世界のことを知らん。この一ヶ月でお前が教えてやれ」
「あー……確かに、箱入りって感じがしますけど。どういう経緯の子なんですか?」
「本人に聞け。俺から言えることは何もない。じゃあな、今度こそ帰るぞ」
手をひらひらと振って去っていく真神に「お疲れ様でした」と軽く礼をすると、ムクロが後ろから海風に声をかけた。
「あの……」
「ん? どうかした?」
少し目を伏せて遠慮がちに話すムクロに体を向け、腰を落として彼女と視線を合わせる海風。身長が150cmぐらいの彼女と175cmある海風では、どうしても目線が合わせづらいのだ。これぐらいがちょうど良い。
「わたしはあまり賢くないので……すこし、考えたんです。もしかしたら、さっきのあくしゅ。するのが正しかったんじゃないかな、って」
「!」
辿々しく言葉を紡いだ彼女に、海風は驚いて目を見開いた。認識の違いだったのだ。最初に彼女が握手を拒否したのは、そうすることが正しいのか分からなかったというのがあったのだろう。もちろん拒否感のようなものがあったのも否めないが、それでも彼女は自分と仲良くしようと考えてくれているのかもしれない。
「わたしは、ずっと眠っていたから。だから今の世界は分からないことだらけで……」
きゅっと口を結んで、レインコートの端を握って。
「だから、知りたいです。分からないことを、たくさん教えてほしいです」
す、と包帯に覆われていない左手を差し出して、少女は恐る恐る聞く。
「あの……わたしと、仲良く。してくれますか」
震える左手で、怯えるようにそう述べた彼女。
彼女がどんな過去を抱えているのか、海風は知らない。無尽蔵に骨を生み出す罪咎因子も見当がつかないし、彼女がどうして人に対して忌避感を抱いているのかも分からない。そして、彼女が何に怯え続けているのかも。
だけど、お人好しの海風にとっては、それに対する答えなんて一つしか思いつかなくて。
「───あぁ、もちろん! よろしく!」
彼女の震えが止まるように、思いっきり左手を掴んだ。
冷たくて、小さな手。あんな力を持っているとは思えないほど細くて柔らかい拳を手の中に感じながら、海風は初めて会ったあの時と同じように笑う。ただし、同じようにとは言うけれど、今回はもう少し自然体で。
そんな海風を見て、今度こそ少女は、鈍感な彼にも分かるぐらいの微笑みを整った顔に浮かべるのだった。
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