Ep.4 初めてのバディ


「着きました。これより、他の者が任を引き継ぎます」

「あぁ、ご苦労」


 黒塗りの公用車から降り、運転していた黒服に身を包んだ係の人間に軽い礼をする真神。併せて海風も下車すると、そこは地下駐車場のようだった。薄暗い空間を天井につけられたシーリングライトが照らす様子はどこか不気味でもある。外の景色を見ていたが、山中のトンネルから地下に入ったのは随分と前だった。現在地がどこなのかも分からなければ、公安特務局を出てからどれほどの時間が経ったのかすら分からない。数時間は経っていると思うのだが。


「えっと、なぜ俺はここに?」

「さっきバディの話をしたろ。今日からお前にもバディがつく」

「えっ、初耳なんですけど」

「だろうな。今言った」「嘘じゃん」


 自分本位過ぎるだろうこの人、と内心で呆れるが、それを言うならここまで何も聞かずに数時間車に揺られていた自分も自分だな、と自己解決した海風。


「ここ、監獄でも公安の施設でも無いですよね? ここにバディがいるんですか?」

「あー……まぁ、驚くことはあるだろうが、俺が見繕ったバディだ。安心しろ」

「いや寧ろ安心できないです」

「は?」「いえなんでも」


 軽く凄まれて海風は戦慄する。海風の育て親である真神だが、その教育方針はスパルタそのものだった。あのトラウマは海風の心身に深く刻まれているので、少し睨まれるだけで海風は鳥肌が立つ。心に刻まれた傷は簡単には治らないのだ。


「ここには一人の『咎人』が収監されてんだ」

「収監? 監獄なんですか?」

「いや、監獄じゃない。行けば分かる」


 車を出て暫く歩くと、運転手とは別の黒服の男が待機していた。黒服の男に黙ってついていくと、やがて地下駐車場は雰囲気を変える。コンクリートで固められていた壁はやがて岩壁に変わり、肌に湿った冷風を感じるようになってきた。シーリングライトの代わりに壁に埋め込まれた仮設のライトが空間を照らしているのだが、車数台が余裕を持って横並びできるような広さなため、明るさは不十分だ。足元にも小さい石が転がるようになってきて、どこへ向かっているのか本格的に気になってくる。


「こちらです」


 黒服が指し示すのは鋼鉄で出来た防護壁の中央、二人の武装兵が両側に立った重厚な扉だ。防護壁には黄と黒の斜線が交互に混じった一本線、危険を示すマークがこれでもかというぐらいに張り巡らされている。防護壁の規模にも驚かされるが、そもそもこんな洞窟の中に防護壁があること、そして武装兵が警備していることが何より驚きだった。


「どうして警護がこんなに……」

「居城だからだ。『骸の咎人』の、な」

「───ムクロ?」


 バディのいない海風だが、捜査官の右腕となる『咎人』達には会ったことがある。個性的な者達が多くいたが、その中に『骸』という名を冠した『咎人』がいた覚えはないし、過去にそんな『咎人』がいたという話も聞いたことがない。

 今回でバディが初となる『咎人』なのだろうか。だとしたら『骸』の名に覚えがないのも納得だ。こんなところに一人でいる『咎人』というのは不思議だが。


 指紋認証、声帯認証、虹彩認証などの数々の生体認証システムを通過すると、防護壁前よりも武装兵が配置された場所に行き着く。その場所の最奥にあったのが、金属製の蛇腹状格子戸が何重にも施された昇降機だ。外見度外視、機能性重視なことが一目でわかる。

 そして昇降機に乗り、海風達はさらに地下へ。2分以上昇降機に揺られていると、電子音が目的地に着いたことを知らせた。流石に待ちくたびれたのか、げっそりとした様子の海風に真神は目を向けることすらしない。非情に見えるが、違う。神経を張り詰めさせているのだ、あの超人が。

 一体ここに何がいるんだ、と海風が頬を緊張で強ばらたまま、一向は昇降機を降りて先に広がる新しい洞窟に足を踏み入れる。地上は半袖でいいくらいの暑さなのに、この洞窟内は着込んでいても肌寒く感じるほどで、どれほど深く潜ったのかと不安になった。


「着いたぞ」


 真神が案内したのは、どこぞのドームと同じくらい広大な空間だった。広いだけならまだ良いが、海風が驚愕したのはそこではない。

 巨人がいたのだ。岩壁に埋まった何体もの骨の巨人が、頭蓋骨と腕骨で天井を支えているのだ。

 そして傷つき具合に差はあれど、全ての巨人が空間の中心部に体を向けて跪いていた。空間の中心部にあったのは、大小様々の手骨が組み合わさった物体。中にあるものを護るように幾重にも重なっており、さながら骨で出来た花の蕾だ。その非現実的な光景もあって、海風は自分が異界に迷い込んだかのような錯覚を受ける。


「なんだ、ここ」


 呆気にとられる海風を他所に、真神は蕾に向けて橋のようになっている骨の上を踏み歩いていく。地面には透明度の高い水が溜まっており、水中に仮設された照明が朧げに蕾を照らす眺望は、この世のものと思えないほどに荘厳だった。


「目覚めろ、『骸』。以前言っていた男を連れてきた」


 そう真神が声を張り上げると、カタカタと硬い音を立てながら、花弁が捲れるかのように手骨が一つ一つゆっくりと開いていく。水上に浮かぶ手骨の蓮華。異様な景色ではあるが、幻想的でもある。やがて内部が晒されると、手骨が護っていたものがようやく分かった。


 中にあったのは全長4mは越えようかという巨人の骸骨。岩壁を支える巨人には流石に及ばないが、充分に並外れた大きさだ。あれが『骸の咎人』か、と一瞬思った海風だったが、それはすぐに否定される。


「……女の子?」


 巨人の骸が腕の中に誰かを抱いている。巨人によって蹲るようにして抱えられていたのは、一人の少女。遠目からではよく見えないが、間違いなく少女だ。


「まさか、あれが『骸の咎人』……?」


 骸、という無機質なイメージからして、もっと無骨な人間が出てくると思っていた。しかし、彼女は想像以上に小さく、弱々らしく──そして異質だった。

 真神に続いて骸に近づいた海風は、巨人の腕の中の少女を見ようと手骨の花の上に足を踏み入れる。


「ん……」


 腕の中、仰向けに微睡んでいた少女が小さな呻き声を上げて目を擦り、数秒の沈黙の後、上体を起こした。そして、海風は少女の姿を目に捉える。


「…………ぁ」


 少女は、白かった。

 降り積もった淡雪のような深々とした白皙の肌。流水のように滑らかで、氷を一本一本引き延ばしたかのような透明感のある白髪。体のあちこちを隠す白い包帯が彼女の顔の半分をも覆い隠していたが、半分だけ覗く顔だけでも、その美貌は十全に伝わる。編み込みとハーフアップをした腰まで届く長髪だけが、彼女の人間らしい部分だ。

 姿は白さも相まって、希薄にして儚げ。陶器のように艶めく雪肌せっきと傷一つない玉体。そこには骨のような触れれば崩れてしまう危うさがありながら、しかし存在感は確かなものだった。

 剥き出しの髑髏が如き悍ましさを併せ持った異質の塊。世界の理から弾かれたような、否、世界の理すらも押し退けるような、圧倒的に完成された美しさだ。


 名だたる文豪を持ってしても、彼女を完璧に表現することもままならないだろう。筆舌に尽くしがたい、そう思わせるだけの美の権化。


 まさに、白き骸の姫。


 碌な言葉も出せないまま硬直する海風に、真神は淡々と告げる。


「紹介する。彼女が本日より橘海風のバディとなる、『骸の咎人』───俺が知る中で、最強の咎人だ」


 巨人の腕より静かに降り立った骸の姫は、僅かに開いた瞼から灰色の瞳を覗かせるのだった。



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