Ep.3 公安特務課執行部
──現在2050年より、時は20年遡る。
それまで、刑法とは罪を自発的に背負ったものに罰として課せられるものだった。その経過に故意性がなかったとしても、与えられる罰は犯した罪に吊り合うものだ。だから、罪と罰には正当性があった。
しかし20年前のある日を境に、その原理は大きく覆されることになる。
2030年8月8日。その日以降、不自然な犯罪者が続出することになった。不自然、というのは、合理性が無いという意味だ。
会社に貢献していた真面目なサラリーマンが、突然銀行の金庫から金を強奪、たった1日でその全てを使い果たした。ちなみに金庫の扉には半径3メートルの穴が空いていたそうだ。
夫想いで有名だった女性が狂ったように男漁りに夢中になり、そして女に狙われた男は全員が不気味なまでに女に惚れ込んでいた。妻子持ちであろうが、まだ性交のセの字も知らないような少年であろうが。
数日前まで虫も殺さなかったような優しい男が、商店街で行き交う人々に対して大量虐殺を行った。駆けつけた警察官10人をも殺したその姿は、異形の怪物そのものだったという。
動機は曖昧、しかし欲望が異常なまでに強い。そんな奇妙な犯罪者が次々と生まれ、社会はその怪奇性に騒然とした。人間の隠れた本性、とかそういうレベルでは無かった。明らかに何らかの要因によって無理やり引き出されたような欲望が彼らを支配していたからだ。
犯罪者数の増加と治安の急激悪化に人間社会の混乱は免れず、世界規模で恐慌が起こる。勿論、国家秩序は崩壊した。SNS上で様々なデマや誇張も急速広まった結果、反社会勢力が増長し、世界中の株価は大暴落。インフラは息も絶え絶えになり、あっという間に無秩序が顕在化したのである。
現代に再現された地獄。そんな最悪の状況の中で、ある一つの研究結果が示される。
突如として狂人と化した人間達の内部に共通して大量に存在していた、ある因子の存在。それが過剰な反応を起こした人間は、理性のタガが外れると同時に超人的な能力を得るのだ、と。
あまりに荒唐無稽、どこぞのSFだと鼻で笑う意見が最初期こそ多数派だったが、それに賛同した者の更なる研究により、それが真実だと判明した。
それこそが『罪咎因子』。人間社会を罪の花園へと変化させた、最悪の因子の名前である。そして、その因子によって引き出される能力や欲望に対して、罪科に準じて名づけが行われた。
物を奪うことに対して極度の欲望を見せるようになれば『
他人に対して異常性欲を顕し、それを伝播させるようになれば『
生物を殺すことに過剰な執着を見せ、それが人に対するものだった場合は『
様々な種類で表面化した罪咎因子は、それぞれの特徴に因んでこのように名前がある。
そして罪咎因子によって齎される異能は非常に強力で、社会秩序を崩壊させるうるものであった。故に対策も必須。罪咎因子を発現させた人間に対処するため、国家権力は新たな警察組織を立ち上げることになる。
「そうして当時の日本で作られたのが、我々の所属する公安特務課だ」
移動の車中、後部座席の右側に座る真神は眼鏡を中指で直してそう語った。ちなみに海風は左側に座っており、真神の話を耳だけ向けて聞いていた。
「知っているとは思うが……罪咎因子発現者──通称『
「ただし身軽に動くためにも武装は最低限にするため、特務課の人間には非常に高い危険が伴う……ですよね」
「そうだ」
鎮圧部隊は全身の強化外骨格は必須、かつ部隊は数十人規模で構成され、武器はアサルトライフルやスナイパーライフルなども多用される。つまり、人間が傷つかないことを前提として高い制圧力を誇るように武装した集団だ。そのため準備と動員に時間がかかり、『仇人』発生による二次災害が起こってしまうケースも珍しくない。
一方で、公安特務課は基本二人で出動する。少人数のため動きやすく、街を回ってパトロールもしているため、現場に急行しやすいのが特徴だ。しかし、パトロールをするのに重装備をするわけにはいかないし、堂々と大型の銃を携帯するのも難しい。よって、特務課の「人間」は特殊繊維の編み込まれた戦闘服と拳銃しか装備できないのである。
「大した防御装備もしていない生身の人間だからな、罪咎因子で異能が発現した『仇人』をまともに相手したら命がいくつあっても足りん。だから、二人組なんだ」
公安特務課で『仇人』に実際に立ち向かい、対処にあたる特務課執行部。基本的に二人一組のバディを組む彼らだが、誤解を生まないように正確に言うなら、「人間」が二人でバディを組むわけではない。一人の「人間」と一人の「怪物」がバディを組むのである。
「罪咎因子の発現の仕方は二通りある。『後天的な突発性の発現』か『先天的な恒常性の発現』か、だが」
「特務課のバディとなるのは後者……罪咎因子を生来から発現させている異能者──通称『
「してもらう、じゃない。させるんだ。奴らは囚人だぞ」
「……それは、そうですけど」
後天的に異能を発現させる『仇人』と異なり、『咎人』は先天的に異能を保持している。だが、その異能は何の能力もない人間には脅威にしかならない。故に、異能を制限するために彼らは「出生時から囚人となる」ことが義務付けられているのだ。『咎人』は、罪を背負って生まれてくるのである。
ちなみに『咎人』の出生は遺伝的なものではなく、普通の人間の父親と母親からでも『咎人』は生まれる。ではどうして生まれた瞬間から『咎人』だと分かるのかというと、彼らが生来から人ならざる雰囲気、人ならざる外見を持っているからだ。赤児の姿を見れば、生まれた時点で『咎人』か『人間』が分かってしまうのである。
「生まれた時から囚人になる……やっぱり、残酷すぎる気も」
「馬鹿言え。奴等は怪物だ。『咎人』は大体が倫理観も人間とズレてる。『咎人』ってだけで
「……」
『咎人』に対する憐れみの意見も世間に無いわけではなかった。生まれた時から罪人扱いされて、監獄以外での生き方を知らない。監獄といっても悪人が収容されるような粗悪な場所ではないが、それでも徹底的に管理されることに変わりはないのだ。そんな『咎人』に対する扱いを批判する声も勿論ある。
だが、そう管理しなければいけない理由もある。その生まれ持った強大な力のせいで、彼らは適切に管理されなければ周りの人間を否応なしに傷つけてしまう。言わば、彼らは抜き身の刀なのだ。その事実が否定しきれないからこそ、『咎人』を監獄が罪人として管理する現体制が存続しているのである。
「当然だが『咎人』自身がそれをよく思うわけがない。何の罪も犯してないのに、勝手に罪人扱いされて収監される訳だからな。公安特務課にバディとして派遣される『咎人』も、捜査官に協力的とは限らん。何なら、積極的に捜査官を貶めにくる可能性もある。だから、お前にはバディをつけていなかった」
「……? それが俺にバディがいないことと、どう関係が?」
真神の発言の意図が理解できず、首を傾げる海風。心当たりがないといった様子の海風が癪に触ったらしく、真神はシートベルトを引っ張って海風に接近して、その胸ぐらを思いっきり掴んだ。
「お・ま・えが! 度を越したお人好しだからだろうが! 腹黒い奴と組ませたら秒で絆されて嵌められるに決まってんだろ!」
「え?! いや、流石に」
「ないって言い切れるか!? 忘れてねぇぞ、追跡してた『
「いや、空き缶拾ったんですよ!? いい奴でしょう?!」
「ふざけんな! 空き缶拾っただけで罪が赦されるんなら世の中の空き缶は全部罪人が拾ってんだろうが!」(←?)
「……はっ、確かに!」(←??)
初めて気づいたと言わんばかりに口をポカンと開ける海風に、真神は大きな溜息をついて眉間を指で抑えた。海風の人の良さは美点でもあるが、同時に短所だ。人によっては、彼の優しさは偽善に映るだろう。
「優しさと救いは別モンだぞ、ガキ」
真神に痛いところを突かれ、拗ねる子供のように──いや、実際に彼は16歳の子供なのだが──海風は口をへの字に曲げて、不機嫌さを露わにして呟いた。
「……分かってるよ、親父」
海風の「育ての親」である真神は、拗ねる彼を端目で捉えながら舌打ちをした。
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