第216話 敵地潜入④
「……遅い」
「申し訳ありません、魔王様」「ごめんなさい、パパ」
魔法陣を潜り抜けた先に待っていた魔王は、不機嫌そうに眉根を寄せて呟く。
二人揃って素直に謝った後、アリアネルはぐるりと周囲を興味深そうに見回した。
「へぇ……!魔界にこんなところがあるんだね!」
二人が出てきた魔法陣の煌々とした灯りに照らされた周囲は、見渡す限り無骨な岩肌が剥き出しになった荒野が広がっていた。
魔王城の周辺しか見たことの無かったアリアネルが、興味深そうに周囲を観察しようと足を踏み出すと、感情の読めない平坦な声が後ろから飛んだ。
「あまり不用意に進まないことだ。少し進んだ先に、勇者一行を迎撃する用の植物型の下級魔族がいる。気づかずに前を歩くと頭から丸のみにされるぞ」
「えっ!?丸呑み!?」
「勇者の討伐隊も、回を重ねるごとにお供の聖騎士が増えまして、全員を相手にするのが面倒というこの一帯を治める魔族からの陳情を期に、魔王様がお考えになった下級魔族たちですよ。巨大な花のような外見で、捕食範囲に入った人間に反応して花の中央にある口を開いて丸呑みし、体内で溶かしながら瘴気を得る仕組みになっています。植物型なので、炎で焼かれればあっさり討伐されてしまいますが、お供の騎士の頭数を減らすことが役割ですので、構いません。大地に根差し、動くことも叶わない彼らを無為に長生きさせる意味もないですから、討伐されても、次の勇者が世に生まれたという情報が出るまで新しく生み出されることはありません」
魔王の説明を”影”が引き継ぐ。
まだまだ、魔界には知らないことも、知らない魔族も多いのだということを実感し、アリアネルは素直に感嘆のため息を漏らした。
「物珍しそうにうろちょろするな。今日の目的は魔界見学ではなく、コレだ」
鼻を鳴らして言いながら、魔王は雑な素振りで一点を示す。
つられて向けた視界の先には、物々しい石造りの円環のオブジェらしき物があり、円の中は光で満たされていた。
「これが、勇者たちが通ってくる、”門”……?」
「あぁ。造物主が設けた異界を繋ぐ門だ。どれだけ時間が経とうと、消えることもなければ効力を失うこともない。手入れの必要もない。魔族が使う
「劣化、なんだ……」
「造物主は、俺を”対等”な存在として造った。故にある程度、造物主が使う奇跡のような技と似たことが出来るが、さすがに全く同じことは出来ない。造られし
予期せず久しぶりに魔法の講義を受けて、アリアネルは感心しながら脳裏に刻み込む。手元にノートがないことが悔やまれた。
「天界と人間界を繋ぐ門も、造物主が造ったって聞いたけど――」
「そうだ。天界の決められたいくつかの場所に”門”がある。それを通って天使は人間界に降りていく」
「じゃあ、
「天使は魔族と違って、翼を使って移動する。空には遮蔽物もなく、速度も鳥などとは比べ物にならぬほど早い。多少の距離があったところで、移動に不便を感じることはない」
「なるほど……!だから、空を飛べない魔族は目的地に直結する
「天使は、人間界の営みに不要に影響を与えぬよう、移動に使える空の高度を厳密に決められています。天使を逃がしたくなければ、移動に使える高度まで上がれぬように、建物の中に閉じ込めてしまうか、空に時空を捻じ曲げる結界を張ってしまえばいいということです」
「そっか!サバヒラ地方で、空に展開していた光の門みたいなのは、天使を逃がさないためだったんだね……!」
知識が繋がり、竜胆の瞳を輝かせるアリアネルに、魔王と”影”はこくりと頷く。
新しいことを知ることが楽しいのか、アリアネルはウキウキと軽い足取りで円環のオブジェへと近寄り、興味深げにじっくりとその造りを眺めた。
「この門、材質は何なんだろう……円の部分は、石……かな?すべすべしてて、冷たくて堅い……円の中は――光、なのかな。光る液体にも見えなくもない……」
むむむ、と唸りながら独り言をつぶやき、様々な角度から眺める少女に、後ろで呆れたような声がする。
「なんだ、あの人間の緊張感のなさは」
「申し訳ありません。天真爛漫なのはあの子の長所でもあり短所でもあります」
これから、一連の陰謀の根幹を断ち切るための重大任務に赴くという実感が感じられない少女の姿に、呆れた声を出す。
興味津々で”門”を眺めるアリアネルは気にせず、魔王は”影”を相手に作戦の確認を始めた。
「この門を通って神殿に出たら、寄り道をせずまっすぐに天使が捕らわれている場所へ迎え。途中で道を阻む扉があれば、あの子供の魔法で解錠して進めばいい。人間どもと無用な争いをすることは愚か、接触することも、侵入を気づかれることもなく任務を遂行しろ」
「はい。我々の目的は、捕らわれの天使から、地天使の居場所を入手すること。その場で尋問が叶わなければ、神殿に捕らわれている天使を、拘束された状態のまま、魔界へ連行します」
「無理はするな。鎖の色から察するに、封じられているのは物理的な動きだけだ。魔法を封じられていない以上、反撃に遭う可能性も高い。仲間を呼ばれても面倒だ。天使が第三位階以上であれば、能力が何であっても構わず即座に引き返せ。それ以下ならば、相手の能力に応じて判断は任せるが、第五位階以上であれば、引き下がった方が良いだろう」
「かしこまりました。天使の階級と外見は、アリアネルが学園で習って熟知しています。問題ありません」
厳しい顔で念を押す魔王に、”影”はゼルカヴィアがするように恭しく礼をして拝命する。
すると、気が済むまで十分観察を終えたのか、アリアネルが思いついたように二人を振り返った。
「そう言えば、パパ」
「何だ」
「天界に、パパの味方になってくれそうな天使っていないの?」
無垢な顔で、素朴な疑問をぶつける。
「だって、天使達がパパに造られたって事実は、魔王になった後も変わりないんだから、恩とか忠義とかはあるんじゃないの?それに今、魔界でパパがこんなに魔族の皆に慕われてるなら、天界にいたころのパパも、天使たちにすごく慕われたんじゃないかなって思って。……今の正天使は、パパを貶めるために命令に逆らえない夢天使を使って、一時的とはいえ敢えて瘴気を増やすようなことをするくらい見境ないじゃない?パパがいたころの天界が良かった~とか、パパに帰ってきてほしい~とか、こっそりだったら味方してもいいよ~とか、そういうこと思ってくれる天使はいないの?」
ある種当然とも言えるそれは、今までゼルカヴィアや魔族らが考えたことの無い疑問だった。人間特有の自由で突飛な発想を前に、”影”は驚いたように目を瞬く。
「それは確かに……考えたこともありませんでした。天使は皆、魔界にとって天敵でしかないと思い込んでいましたし……いかがですか、魔王様。心当たりはありますか?」
そんな存在がいるとすれば、様々な可能性が広がる。例えば、神殿で捕らわれている天使が、魔王派の天使だったために、正天使の不興を買って捕らわれている――などということもありうるわけだ。
”影”とアリアネルは期待を持って魔王を見た。
魔王は、ぎゅっと眉根を寄せて難しい顔のまま腕を組む。
………
…………
――――――――間。
「……魔王様……?」
不自然で気まずい重たい沈黙が流れ、ひくり、と頬を引き攣らせて”影”が恐る恐る問いかける。
「もしや、心当たりはない――と……?」
沈黙が意味するところはたった一つだ。断腸の思いで確認をすると、魔王は難しい顔をしたまま瞳をわずかに伏せて、静かに口を開く。
「お前たちが期待しているのは、正天使が糸を引いている陰謀を阻止するための天使側の協力だろう。だが、正天使に弓引くとなれば、下位の天使では何の役にも立たない。持っている情報も少なければ、万が一裏切りが露見しそうになった時にうまくやり過ごす器用さもないだろう。だが、高位の存在となると――」
言いながら魔王は、かつて自分が造った高位の天使たちの顔を思い浮かべる。
「治天使は、唯一正天使に真っ向から意見できる存在だが、その分あいつの立場は”中立”だ。正天使の味方にもならないが、俺の味方になることもない」
「なるほど。その辺りの役割はしっかりしているのですね。ですが、反対に言えば、正天使が本来の天使としてあるまじき行為を繰り返している現状を訴え、魔王様に義があると理解してもらえれば、こちらの味方になる可能性があるのでは?」
”影”の期待を込めた提言に、ふるふる、と魔王は首を横に振る。
「それはないだろう。――俺は、アイツに嫌われている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます