第194話 潜入捜査②

「いいえ。今のうちに製造方法を突き止めるべき、というところまでは私も魔王様も意見が一致しています」

「なら、いいじゃない。なんで、こんなにピリピリしてるの?」


 部屋に充満する張りつめた空気に困惑しながら問いかけると、ゼルカヴィアは眼鏡を押し上げて答えた。


「少々、製造方法を探る手法について、意見が分かれまして」

「えぇぇ……」


 アリアネルは思わずげんなりした声を出す。そんな小さなことで、こんなにもピリつくほど喧嘩しないでほしい。仮にも魔界のトップとその右腕なのだから。


「魔石の製造は、夢天使から得た情報によれば、地天使が担っているようです。魔水晶を固有魔法で生み出せる唯一の天使が、魔王様の許可を得なくても作れる廉価版として、魔石を生み出していると考えれば、納得します」

「うん。私もそう思う。地天使は、人間に好意的な天使だって学園で習ったから、人間界にも沢山被害が出るこの作戦に協力するのは、ちょっと意外だけど」


 アリアネルの言葉に、チラリ、と魔王が反応して視線を遣る。


「どうなの、パパ。地天使は、まだパパが造った天使が生きているんでしょう?」

「お前の言う通り、俺が造った地天使は、人間に対して好意的だ。能力の適性から花天使と絆が深く、人間の繁栄に直結する豊穣を司る存在として、どちらも人間を慈しみ常に味方となるような性格に造った」

「なるほど……」


 植物を司る花天使もまた、人間に好意的な天使の筆頭として伝えられているのは、そういう背景なのだろう。

 資料で見た彼らの外見は、地天使が黄土色の瞳で優しそうな相貌をした男型の天使、花天使は桃色の透き通った瞳をした可愛らしい雰囲気の女型の天使だった。


「でも、製造方法を探るってどうするの?地天使を探すってこと?」

「その通りです。混入ルートがどのようなものであろうと、製造元を壊せばいいわけですから。最適解は地天使の殺害でしょうね」

「そんなことはさせん。地天使が不在となれば、人間界への影響が計り知れない。環境の変化で前代未聞の凶作でも起これば、生態系が崩れ、人間などあっという間に滅ぶ。土地の開拓にも多大な貢献をしているのが地天使だ。”次”をすぐに用意できる当てがないならば、命を奪うことは許可しない」


 魔王の厳しい視線がギロリとゼルカヴィアを向く。どうやら、意見の対立はここから始まったらしい。

 魔界のことを第一に考え、天界や天使、ひいては人間界のことなど知ったことではないゼルカヴィアと、魔界も人間界も天界も、全てをうまく回すことを己の役割と考えている魔王では、当然、同じ結論には至らないことも生じるだろう。


「うぅん……む、難しいところだけど、私もパパに賛成かな。ごめんね、ゼル。でも、私たち人間って、お腹がすくと本当に辛いし大変なの。凶作とかで十分にご飯が食べられなくなるのは、嫌だなぁ……」

「妙に気を使った言い回しをされずとも、頭では理解しますよ。最適解、というだけで、唯一の解とは言っていないでしょう」

「ぇ、じゃあ――」

「殺害が難しいならば、私が地天使に接触し、製造方法だけを忘却――いえ、消去することが出来ます。ただし、記憶を完全に消去するのはただでさえ骨が折れる作業です。当然、敵である天使を解析する難易度は、よく知る魔族に対するそれに比べて格段に高い上、戦闘しながらとなればなおのことですから、可能ならば魔界なり聖気の少ない場所なりに一度拉致して、動きを封じてからゆっくりと取り掛かりたいところですね」


 ゼルカヴィアが、難易度が高いと知りながらも"忘却"ではなく"消去"を選んだのは、"忘却"の魔法は封天使の魔法と似ていると自身が指摘したことに起因するのだろう。

 記憶を潜在意識の奥底に沈みこませるだけの”忘却”と、この世から完全に消し去る記憶の”消去”は異なる。

 前者は封天使の能力と近しいため、天界に戻れば解呪の魔法ディスペルにより記憶を取り戻される可能性があるが、後者は、そもそも封印ではない以上、封天使にも復元は不可能だろうと見込んでのことだ。


 勿論、全ては可能性の話でしかない。地天使本人を殺害してしまった方が早い、というゼルカヴィアの考えは変わらないが、どうしても魔王が首を縦に振らないというのならば仕方がない。

 現状で採ることが出来る最善の妥協案、という所だろう。


「いいんじゃない?地天使を捕らえられるのか、ってところが一番難しそうだけど、もし出来るなら、それが一番な気がする。……パパ、それじゃダメなの?」


 今度は、父の方を振り返ってお伺いを立てる。

 魔王とゼルカヴィアが対立したとき、その間に入って執り成すのは、アリアネルの役目だろう。

 普段は阿吽の呼吸で強固な信頼を感じさせる二人の間の懸け橋となるべく、気難しい父を気遣うも、魔王は再び不機嫌そうに鼻を鳴らした後、くるりと背を向けてしまった。


「それ自体は構わない。だが――そいつは、王都の神殿に乗り込むべきだと言い出した」

「へっ!?なんで!?」


 仰天して思わずゼルカヴィアを振り返ると、青年は疲れたようなため息を吐く。どうやら、この問答は既にアリアネルがこの部屋に来る前に何度も繰り返されたことらしい。


「問題は、地天使がどこにいるかわからない、ということです」

「え……ふ、普通に考えたら、天界にいるんじゃないの?」

「ええ。ですが、瘴気を糧に生きる我らは、天界での活動に適していません。ただでさえ、魔族の魔法は敵を拘束する術が限られる上に、瘴気が無ければ我らは十分に魔法を使えません。第一、魔族が天界に直接、天使の拉致を目的に踏み込むとなれば由々しき事態。正天使は勿論、造物主も黙っていないでしょう」

「そ、そっか……そうだよね」


 どうやら、天界に踏み込み、地天使を捕らえるのは非現実的らしい。


「でも、それが何で神殿に行くって話に……?」

「かの場所には、天使がいることが明確でしょう。おあつらえ向きに、動きを封じられている状態で」

「ぁ――!」


 ハッとアリアネルは目を見開いて思い出す。

 『天使降臨の間』と呼ばれるがらんとした空間の天井に、張り付けられるようにして拘束されていた、盲目の天使の存在を。


「誰が何の目的でそんな場所に拘束したのかは不明ですが、身動きが取れないなら好都合です。前回、アリアネルに危害を加えようとしなかったことから、人間に対して好意的な天使の可能性が高い。天界側の情報を得るには、その天使に接触するのが早いでしょう。奇跡的に、その天使が地天使である可能性もあるわけです。そうなれば、もっと話は早い」

「そ、そっか。……あれ、でも」


 ふと、アリアネルは学園で習った知識を思い出して口を開く。

 

「王都って、封天使の固有魔法で強力な結界が張られてるんじゃなかったっけ?天使以外の人ならざるものを拒絶する、とか習った気が……竜も、魔族も――もう天使じゃなくなっちゃったパパも、王都にだけは入れないって、前にゼルが言ってなかった?」


 アリアネルが疑問を口にした瞬間、しぃん……と一瞬部屋が静まり、部屋の温度が数度下がるような錯覚に襲われる。

 いくら何でも露骨な反応に、アリアネルも察する。

 どうやら、何やら地雷を踏み抜いてしまったらしい。


「ぁ、あの、えっと……?」

「貴女の言う通りですよ、アリアネル。我々は、王都に手が出せないようになっています。いわば、外敵から一定量の人間という種族を守るために天界が太古に用意したセーフティーネットですね。定期的に魔法をかけ直しているのか、数万年経った今もその機能は未だに衰えておらず、ただでさえ聖気が濃いことで活動量が制限される魔族は、魔界創造の時代から一度も、王都にだけは危害を加えたことはありません」

「だ、だよね。だから――あ、もしかして!」


 そこまで言われて、やっとアリアネルは自分がここへ呼ばれた理由を察する。


「人間の私が、もう一度神殿に忍び込んで探って来ればいいってこと!?」


 パン、と手を叩いて合点が行ったように明るい声を出す。

 すると、魔王とゼルカヴィアの間になんとも形容しがたいギスギスした空気が流れた。


(なるほど。だから、パパとゼルが喧嘩しちゃったのか。パパが、私に忍び込ませればいいって言って、過保護なゼルが止めた方がイイって言ったのかな?それとも、ゼルが私に任せればいいって言って、パパが愚かで脆弱な人間に、魔界の今後を託すような重大な任務を任せるような賭けは出来ないって言ったのかな。……うぅん、どっちもありそうだなぁ……)


 己の中で納得したアリアネルは、橋渡し役として、どん、と胸を一つ叩く。


「大丈夫!頑張って、天使から情報を聞き出してくるよ!」

「はぁ……魔王様。本当に、彼女に任せるつもりですか?」


 自信満々で言い切ったアリアネルを前に、何故か憂鬱そうなため息をついて、苦い表情で魔王を振り返るゼルカヴィアに、少女は目を瞬く。

 どうやら、彼はアリアネルを潜入させることに反対なようだ。ということは、いつもの過保護が爆発したのだろうか。


「俺の決定は変わらない。その娘を帯同させるのが嫌なら、この作戦は中止だ。俺が直接地天使へコンタクトを取る」

「いやだから、それは出来ないという話になったではありませんか……造物主から、天界勢力への積極的な接触や介入を禁じられているのをお忘れですか?」


(え――?)


 二人の不機嫌そうな言い合いに、アリアネルはぱちぱちと眼を瞬いて両者を見た。


「ゼル、どういうこと?パパは、天使に接触しちゃダメなの……?」


 恐る恐る質問するアリアネルに、ゼルカヴィアはしまった、という顔をする。どうやら、言い合いに夢中で、本来聞かせるつもりはなかった情報だったらしい。

 

「あ、あの……わ、忘れた方がイイなら、忘れるよ」

「いえ……私が迂闊でした。ですが、まぁ……いいでしょう。貴女には、伝えておいた方が、危機感も伝わるかもしれません」


 ふーっと疲れたようにため息をついて、ゼルカヴィアは眼鏡を外すと目頭のあたりを押さえて揉み解す。

 ごくり、とアリアネルは唾を飲み込み、心して聞く姿勢を作った。

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