第176話 夢天使②
重力を半減させる魔法を駆使すれば、元々の身体能力が人間とはけた違いの上級魔族二人の移動速度は、馬のトップスピードを軽く凌駕する。
オゥゾは、捜索を開始してすぐに見つかった。
それなりの規模がある栄えた街――だったと辛うじて予測が出来るのは、燃え盛る炎の中、ところどころに残る家屋の残骸の数から、集落の規模が推察されるからだ。
轟々と燃え盛る炎の色は、蒼。――およそ、魔法も使えぬような人間相手に、古参の上級魔族が使う魔法ではない。
生き物の肉が焼けていく鼻が曲がりそうな臭いの中、そのかつての街の中心地と思われる石造りの広場の真ん中に立ち、手を掲げて魔法を操る紅い髪の青年が見えた。
「っ、オゥゾ――!」
ギリッと奥歯を音が鳴るほど噛みしめて、ルミィは標的を睨み据える。
どこかで、信じていた。逃げたかった。
オゥゾは今も、ルミィが知っている青年のままなのだと。
魔王の厳命を裏切り、瘴気に酔って自我を無くすような、下らない存在ではないのだと。
だが、こうして己の眼で現実を直視した途端、生まれた感情は、絶望――ではなかった。
「アンタっ……何を馬鹿な事やってんのよ――!!!」
オゥゾの前でしか見せない口調で口走り、手加減ゼロで魔力を練り上げながら、手にした乳白色の長杖を振り被る。
その瞬間、杖の先――何もなかった空間に大量の朱い水が現れた。
「久しぶりに――本っっ気で怒ったわよ!!!」
その面を憤怒に染め上げながら、杖を振り下ろすと、かつて一つの小国を押し流したという水の奔流が一直線に炎の魔族へと放たれる。
「!」
すぐに敵襲に気付いたのだろう。オゥゾもすぐに蒼炎を生み出し、相殺を試みた。
触れた先から朦々と朱い水蒸気が立ち込めて視界を覆っていく。
「ここは任せます、ルミィ」
「勿論!ぶん殴ってでも必ず正気に戻します!」
先ほどまでの、今にも不安に押しつぶされそうだった美女はもういない。そう確信したゼルカヴィアは、ルミィの肩を叩いてその場を離れ、天使捜索へと本格的に乗り出した。
ルミィは重力の魔法を解き、広場でかつての相棒と対峙する。
「どうやら、本当に正気を失っちゃったみたいね。私のことも、わからない?」
冷ややかな声は、本来の水の魔族らしい冷たさだった。
目の前にいるオゥゾは、目の前にいると言うのに、どこか焦点が合っていない。ぼんやりとまるで、夢の中にいるような表情だ。
目の前に完全武装のルミィが立っていると言うのに、何のコメントも発しない時点で、彼が正気でないことはすぐにわかる。
「オゥゾ……」
ぎゅっと長杖を力いっぱい握り締める。ミシッ……と手元が小さな音を立てた。
誰よりも信頼していた無二の相棒だからこそ、許せぬ怒りがこみ上げる。
魔王への大恩を忘れたのか。どうしてこんなバカなことをしたのか。憎い天使の手先になったなど、不甲斐ないにもほどがある――
――私のことも、わからなくなるなんて、許せない。
色々な感情がない交ぜになって、本来好戦的な性格に造られたルミィの本性が炸裂する。
「半殺しくらいにしたって文句は聞かないわよ!」
懐から素早く小さな藍色の鉱石を取り出し、口へ放る。
ゴクリ、と迷いなく呑み込むと、薄青の瞳が覚悟を持って爛々と輝いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます