第164話 魔族討伐作戦③
「それはつまり――俺一人で行けってことか?」
「そうです。何か懸念がありますか?」
ゼルカヴィアの執務室に呼ばれた先で、今起きている緊急事態の共有と、オゥゾに任せたい任務の指示を受けて、青年は怪訝そうに真紅の眉を顰めた。そのままチラリ、と横目で一緒に執務室にやってきた相棒を見やる。
「いや……不満があるとかじゃねぇけど。魔王様のご命令なら、暴走した魔族を始末すんのも問題ねぇし、聞く限り難しそうって感じもなさそうだから、そこに不安はねぇけど――ルミィは、いいのか?」
オゥゾはもう一度ゼルカヴィアを見る。
「自分で言うのもなんだが、ゼルカヴィアさんも知っての通り、俺は正直”丁寧な仕事”っていうのは苦手だ。不穏分子を殺すにしても、おおざっぱに周辺を焼き尽くすような戦い方になると思う。魔王様やアンタがやってたみたいに、他には被害が出ないように張本人を見つけてそいつだけを殺す、とか……そんなスマートな仕事が出来るとは思えねぇんだけど」
「誰も貴方にそんなことを期待していないので、大丈夫ですよ」
「ぅぐっ……はっきり言われるとそれはそれで……」
もごもご、と口の中で不満を呟いてから、オゥゾはもう一度、数千年来の相棒を見た。
冬の湖面のように静かに澄ました顔はいつも通りだが、長い付き合いだからわかる。
彼女も、少し不可解に思っているらしい。
「勿論、オゥゾに頼むのにはそれなりに理由があります。これは魔王様も認めてくださっていることです。まず第一に――」
先ほど魔王から直々に授けられた客観的な理由を告げる。
「……という訳ですが、最後にもう一つ」
「まだあんのかよ」
つまらなさそうな顔で聞いていたオゥゾは、次のゼルカヴィアの言葉でハッと目を見開いた。
「アリアネルが、人間たちの魔族討伐隊の一員として、現地に赴くようです」
「!」
ルミィも静かに目を見張って、息を飲んだ気配が伝わる。
「学園のメンバーが多く参加すると思われるその場に、顔の割れている可能性のある私やルミィ、ミュルソスが赴くことは出来ないのですよ。ルイスは直属の上司ですから、土壇場で妙な情に絆されても厄介ですし」
「アリィが……!」
オゥゾはぐっと拳を握り込む。
「あの子が幼いころからべったりだった貴方たちには、想像がつくでしょう。魔族を家族のように大切にするあの奇怪な子供は、例え親しい間柄ではなかったとしても、魔界の同胞というだけで、きっと対峙することも出来ません。例えそれが下級魔族であったとしても、刃を向けることなど出来ず、襲い掛かってきた相手に抵抗することなく害されてしまう可能性すらあります」
「「なっ……!」」
いくら人間とは言え、下級魔族に劣るようなアリアネルではないことは、直接戦闘訓練を付けたこともある二人も良く知るところだ。
だが、それを馬鹿馬鹿しいと否定できないくらいに、アリアネルのお人好しで甘い心根もまた、十分すぎるくらいに理解していた。
「だから、今回の作戦には、おおざっぱでも雪原を軒並み焼き払って溶かし尽くし、さっさと対象を見つけて一帯の魔族たちをいっぺんに殺せるオゥゾの能力が最適なのですよ。早く始末を付けねば、アリアネルの部隊が到着してしまい、あの子が心を痛めて泣きます」
「っ、それは駄目だ!」
はらはらと大きな竜胆の瞳から大粒の涙を流す少女の姿を想像して、オゥゾは咄嗟に声を荒げる。
アリアネルは、魔界の太陽。
あの眩しく温かい綺麗な笑顔が曇ることなど、決してあってはならない。
「さらに言えば、あの子は壊滅的に嘘をつくのが下手です。顔を知られている可能性のあるルミィが、オゥゾのお目付け役として赴いていれば、あの魔族は屋敷のメイドではないかと言って級友らに問いかけられることでしょう。一生懸命嘘をつくのでしょうが、彼女の性格を考えれば、どう考えても上手く切り抜けるのは無理でしょうね。……普段から頻繁に抱き着いては『大好き』と言って憚らないルミィのことを、『あんな魔族なんか全く知らない』と告げるだけで、罪悪感に心を痛めてしまいそうですし」
「あぁっ……!アリィ……!貴女はなんて愛しいのっ……!」
級友たちの手前、ルミィを突き放すようなことを言おうとして心を痛め、涙目になってしまいそうな少女の姿が容易に想像出来てしまって、ルミィは抜群のプロポーションを誇る己の身体を己で抱きしめるようにして悶える。
「と言う訳で、オゥゾ。貴方に要求することは一つだけです。一人で現場へと赴き、可及的速やかに、暴走している魔族を根こそぎ焼き尽くして来てください。可能ならば、アリアネルが現地へ到着する前に。……やってくれますね?」
「おう!そういうことなら任せとけ!」
ぐっと拳を握って張り切って返事をする姿は、『排他的』と魔王が称した性格とは思えない。
本当に、オゥゾもルミィも、アリアネルと関わるようになってから、性格が変わってしまったかのようだ。
「多少、人間にも被害が出ることはこの際目を瞑りますが――勿論、貴方自身が濃密な瘴気に酔って暴走することなどないように、頼みますよ。……ヴァイゼルの二の舞は、御免です」
ひやりっ……とした声が釘をさす。
「大丈夫ですよ、ゼルカヴィア様。オゥゾが魔王様を裏切ることなどありえません。もしもそんな馬鹿をやらかせば、私が身も凍る冷水をぶっかけて目を覚まさせてやりますから」
「そうそう!心配しないでくれよな!」
ニカッと尖った犬歯を見せて言うオゥゾは、毒気を抜かれるほどあっけらかんと笑ってみせる。
頼もしい古参魔族の二人の言葉に、ゼルカヴィアは杞憂を反省して苦笑し、今すぐにでも出立しようとそわそわしているオゥゾを見送ったのだった。
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