第163話 【断章】無二の相棒
パチ……パチ……と火の粉が爆ぜる音がどこかでしている。
薄青の長い髪を熱風に遊ばせながら、煙たい空気に軽く眉を顰めて、ルミィは小さくため息を吐いた。
「やりすぎじゃない?オゥゾ」
「ぁ゛?チマチマうざってぇ攻撃してくる人間どもが悪いんだろぉが」
ガラの悪さを隠しもしない言い草で、オゥゾは噛みつくように切り返す。
まるで、出来の悪い弟を持ったかのような感覚に、はぁ、と今度は少し大きな息を吐いて、ルミィはぐるりと周囲を見回した。
「全く……今回の勇者パーティーは、前回とは打って変わって、物量で押し切る作戦だったのかしら?勇者本人の力も、前回よりだいぶ劣っていたみたいだし、仕方ないのかもしれないけれど」
ごつごつとした草木も生えない不毛の地に、黒焦げになったかつて人間だった肉塊が折り重なっている。
死屍累々という言葉がぴったりとあてはまるその光景は、オゥゾの魔法攻撃を受けた結果だ。
「ったく……骨のねぇ奴らだったぜ。黒炎を使うまでもなかった」
「そうね。まぁ、魔王様は、結果を求める御方だもの。その過程はあまり気にされないから、『役目』を果たせたならそれでいいんじゃないかしら」
長い睫毛を伏せるルミィは、普段より随分と砕けた口調だ。
それは昔から、心を許すオゥゾの前だけで見せる唯一の顔。
「ゼルカヴィア様によると、貴方は人間界で随分と恐れられているらしいわよ」
「はぁ?俺が最後に人間界に狩りに出たのなんか、三百年以上前だぞ?それも、風が吹けば飛ぶくらいのちっぽけな村を一つ、村人ごと焼き尽くした程度だ」
「どうせ、殺し漏らした村人がいたんでしょ。そもそも貴方は何をするにつけてもおおざっぱすぎるのよ。さっきだって、勇者パーティーの一部を取り逃がしていたみたいだし」
「ったく、ルミィは相変わらずうるせぇなぁ」
小言を言ってくる姉のような魔族に辟易した顔を返して、片耳を小指でカリカリと掻く。
「ま。人間界で俺が恐れられてるなら、今日逃がした奴がいても、好都合だろ。魔王軍には、絶対敵わない炎の魔族がいるって、せいぜい震えながら末代まで語り継げばいいんだよ。そうしたら、五月蠅い小蠅みてぇな人間どもが、勝てるはずもねぇ勝負を挑むこの訳のわかんねぇ風習も無くなるだろ」
「それはまぁ、そうだけれど……」
小指の先で穿り出した耳垢にふっと息を吹きかけるオゥゾに、ルミィはため息交じりの言葉を返す。
「なんだよ。何か不満でもあんのか?」
「ただでさえ、私たちは城勤めなんだから、直接人間界に狩りに赴くこともほとんどないでしょ?城勤めの戦闘員は本来、対天使との全面戦争になっても大丈夫なように――って造られているはずじゃない。それが、実際は魔界までやってくるのはゴミみたいな人間たちばかりで、それも頻繁にやってくるわけじゃない。これで、貴方の悪評が作用してまたしばらく退屈な日々が続くのか――って思ったら、ちょっと、ね」
肩を竦めて言ってのける言葉は、オゥゾ以上に好戦的な彼女の一面を如実に表していた。
「相変わらずお前は、澄ました顔して、意外と過激だよな」
「勤勉、と言ってほしいわね。与えられた役割をしっかりとこなしたいと思っているだけよ」
火と水――対極にあるそれを司る二人は、性格も考え方も対になるように造られている。
オゥゾは激情家で何をするにつけてもおおざっぱかつ楽天的な所があるが、己に直接的に関係のない事柄についてはあまり興味関心を示さないことが多い。
ルミィは、冷静沈着で何をするにも慎重に事を進めるきらいがあるが、敢えて人の神経を逆なでするような一言を添えて好戦的に振る舞うこともある。
互いの凹凸を埋め合うようにして造られた二人は、いつも、どんな時も、一緒だった。
「まぁ、どんだけ人間が大軍で押し寄せてこようが、歯ごたえが無さ過ぎてつまんねぇってのは確かにその通りだけど……俺はまぁ、城勤めの毎日ってのも、悪くねぇと思ってるぞ」
ざぁ――と乾いた風が一陣吹き抜け、燻っていた火を煽り、チラチラと視界の端に赤い揺らめきが現れる。
「俺たち以外の魔族を見てみろよ。どいつもこいつも、毎日毎日、おんなじことの繰り返し――軽口を叩くような相手もいねぇ」
「そりゃぁ、まぁ……必要のないことだもの。魔王様は、無駄を嫌う御方だし」
「あぁ。別に魔王様のことをどうこう言うつもりはねぇが――俺たちは、恵まれてるなって思ってるってことだ」
魔王城の風呂を沸かす仕事一つにしても、オゥゾとルミィは二人で軽口を叩きながら任務にあたることが出来る。
それは、魔王にそうあれと造られたためだったが、気安い会話を交わせる無二の存在がいるというのは、この魔界ではとても貴重で得難い環境なのだと理解していた。
「よく言うわ。……私以外の他の魔族のことなんて、髪の毛一筋ほども気に掛けたことなんてないくせに」
「くくっ……違いねぇ」
ルミィの呆れた指摘に、喉の奥を震わせて笑う。
魔王城でも、己の領地に一時帰還したときでも、人間界に狩りに行く時でも――
オゥゾとルミィは、互い以外の存在に対しては、どこまでも冷たい態度を崩さない。
双子の姉弟のように、生まれたときから対になって生きてきた相棒さえいれば、あとはどうでもいいというのが、本音だった。
「ま、これからも俺が戦闘員として駆り出されるときは、もれなくお前もセットで駆り出されるのは変わらねぇだろ。せいぜい退屈させねぇようにすっから、末永くよろしく頼むぜ、相棒」
「仕方ないわね。よろしく頼まれてあげるわよ、相棒」
軽口を叩き合って、くるりと二人そろって魔王城へと踵を返す。
――そんな話をしたのは、いつのことだっただろうか――
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