第62話 親心①

 ゼルカヴィアは、まず一番最初に、脳内タスクリストの最上位に位置付けていた『魔石』に関する報告を魔王に行った。


「魔族の死体から採れる魔石、だと……?」

「はい。……私には心当たりはないのですが――魔王様には、ございますでしょうか」


 この世に存在する魔族は、魔王がその組成を全て考えて作り上げている。

 つまり、魔族の体内に何かしらの鉱物が存在するというならば、魔王が知っていなければおかしい。

 しかし、ぎゅっと怪訝そうに眉間にしわを寄せた後、魔王はフルフルと首を横に振る。


「全く、無いな。そんなものを埋め込んで魔族を作り上げたことはない。……し、そんなものを埋め込む意味が分からん」

「それもそうですよね……」


 数少ない望みをかけて問いかけてみたが、返答は予想通りのものだった。

 ゼルカヴィアは眼鏡を押し上げて、魔王に倣うように眉間に皺を寄せて唸る。


「となると……魔王様に創造された後、何者かによって埋め込まれるか――魔族本人が飲み込むなり何なりして体内に取り込んでいるか、という説が有力となってきます」

「謎の石を、か?……誰が、何の目的で、そんなことをする?全く以て理にかなっていない」


 魔王は、さらに深刻な溝を眉間に刻み込んで考え込んだ。


「魔石とやらのその後の利用のされ方を考えるに、得をするのは人間ですよね。……では、人間が埋め込んでいると言うことでしょうか」

「……何のために、だ。元々人間が魔石という鉱物を持っているなら、わざわざ危険を冒して魔族に埋め込む意味がない。無事に回収できるかどうかすら不明だろう」

「おっしゃる通りです……」


 さすがに、理に適わない行動をするのが人間という生き物だ、とはいっても、そこまで意味不明のことをするとは思えない。


「そもそも人間ごときが、魔族に関わり、体内に何かを埋め込むなどという芸当が出来るとは思えん。下級魔族相手であっても、天使の加護が無ければ手こずるような脆弱な種族だぞ」

「それは、その通りですが……では、天使がやっている、と?」

「あるいは――魔族の中に犯人がいるか、だな」

「!」


 キィ、と椅子を回転させて嘆息に乗せるようにつぶやいた魔王の言葉に、ゼルカヴィアは息を飲む。

 それは、全く想定していない選択肢だった。


「あの人間の娘が考えた『娯楽』を取り入れた結果、相互に監視の目があるせいか、ここ数年は、暴走する魔族もほとんどいなかったが――今日、ルシーニが怪しい動きをする魔族が複数いると報告してきた」

「やはり……そうでしたか」


 苦い気持ちで俯く。あまり、聞きたくなかった報告だ。


「魔石は、人間界で討伐された魔族から採れる――ということは、その魔族は、暴走した魔族である可能性が高い。人間ごときに討伐されるくらいだから、下級か、せいぜいが中級の魔族だろう。……俺たちが直々に鎮圧に赴くような深刻な被害地域ではない場所で起きている可能性が高い」

「なるほど……それなら、確かに我々が一度も『魔石』なるものを見たことがないのも頷けますね」


 さすがは魔王様、と言わんばかりに頷くゼルカヴィアに、鼻を鳴らしながら面白くなさそうに魔王は窓の外を見る。


「……俺が造った者たちが、不届き者に謎の鉱石を埋め込まれ、死後、その死体を漁られているのかと思うと、酷く不愉快だ」

「それは、私も同感です。酷く腹の底がムカつきます」

「しかし、情報が足りなさすぎる。……ちょうどいい。あの人間の娘を潜り込ませ、詳細を探らせろ」


 フン、と鼻を鳴らした魔王に、困った顔でゼルカヴィアは二つ目の報告をする。


「その……アリアネルのことなのですが」

「何だ」


 ピクリ、と魔王の美しい眉が跳ね上がる。

 極力申し訳なさそうな顔を作って、ゼルカヴィアは報告を続けた。


「今日、聖騎士養成学園に赴いたのですが、魔界の瘴気に慣れ過ぎたせいか――特待クラスと呼ばれる天使の加護がついた人間ばかりの集団に放り込まれたところ、体調を崩して倒れました」

「何……?」


 魔王が、くるりと椅子を回転させてゼルカヴィアに向き直る。

 その表情は、酷く厳しいものだった。

 ごくり、と唾を飲み込んでから、頭を下げる。


「ひとえに、私の想定が甘かったせいです。お許しください」

「…………」

「私もその場に同行したのですが――人間界での諜報活動に慣れている私ですら、息苦しさを感じたほどでした。あの苦しさから推察するに、瘴気の濃度は、王都の隣街程度でしょうか。並の上級魔族であっても近寄れぬ程です。いくらなんでも、あそこまで聖気が濃くなるとは想定しておりませんでしたので、その対策をしておりませんでした。生まれたときから魔界の瘴気に慣らされ続けたアリアネルに、あの中で体調を崩さず行動しろ、というのはなかなか酷な要求かと」


 自分の非を認めながら、伝えるべきことをしっかりと進言する。役立たずだと、一方的にアリアネルが切られることのない様に。


「……体調を崩した、とは」

「…………はい?」


 魔王がぼそりと告げた言葉の意味が一瞬わからず、顔を上げて間抜けな返答を返す。

 魔王は、ぎゅっと眉根を寄せたまま言葉を重ねた。


「倒れた、と言っていた。……あの娘は、どうなったのだ」

「は……?あぁ……今は、部屋で休ませています」

「意識を失ったのか?」

「いえ。……運が良いのか悪いのか、勇者候補であるシグルト・ルーゲルと直接接触してしまったのです。結果、特濃の聖気を間近で浴びたのでしょう。その瞬間は、朦朧とはしていたようですが、意識を失うほどではありませんでした」

「……他には」

「はい……?」

「どんな症状が出た。後を引くものなのか、すぐに治るものなのか」


 ぱちぱち、と思わず何度も瞬きを繰り返す。

 ――そんなところを深く掘り下げられるとは思わなかった。


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