第58話 いざ、敵陣へ⑤

(ぅ……ま、眩しい……)


「こちらが、特待クラスが魔法訓練に勤しむ訓練場です。本日は、特待生全員を動員した魔法試験を行っています。どうぞ、自由に見学して行ってください」

「ありがとうございます」


 さすがに人間界を行き来することに慣れているゼルカヴィアは、屋外の光もなんともないらしい。人間のはずのアリアネルの方が魔族のゼルカヴィアよりも陽の光を苦手とするなど、何だか滑稽な話だった。

 少しだけ目を眇めて視界を慣らしてから、アリアネルは意を決して訓練場と紹介された屋外へと躍り出る。――屋外に出ているならば、今手にしている帽子をかぶっても訝しまれることはないだろう、と思ったからだ。

 サッと帽子をかぶって日差しを遮り、ほっと一息を吐きながら訓練場の隅で生徒たちを遠巻きに観察する。


「今は、何をしているのですか?」


 教員にそっと小声で問いかける。病弱な令嬢というイメージを崩さぬよう、弱々しい声を意識した。


「今は、魔晶石に魔法を込めて、解き放つ訓練をしているようですね」

「……魔晶石?魔水晶とは違うのですか?」


 きょとん、とアリアネルが思わず目を瞬いて聞き返すと、逆に教師の方が驚いたようだった。


「魔水晶など――!あれは、竜が棲む西の山脈付近でしか採れぬ貴重な水晶です!確かに、あれも魔法を籠められますが、生徒たちに行き渡らせるほど入荷することは出来ません」

「ぁ、そ、そうなのですね……」


 そっと胸に手をやって、首飾りにした魔水晶が外に露見していないかをこっそり確かめる。

 父が昔、人間界に行くときは必ず身に付けろと言って、天使からの目くらましになる結界を付与してくれた水晶は、どうやら竜の棲み処から採ってきた非常に高価で希少な物だったらしい。


「魔晶石というのは、魔石を加工して造られるものです」

「魔石……?」


 どうやら、長年屋敷から出ることなく書物でしか常識を学んでいない少女という設定は、アリアネルの知識不足を怪訝に思わせることはなかったらしい。

 教員は、生徒たちが手にする石を指さしながら解説する。


「魔族を討伐したとき――その死体から、魔石が見つかることがあります」

「えっ――」

「……ほぅ。初耳ですねぇ」


 ドキリ、として声を上げるアリアネルと、ニヤリ、と笑うゼルカヴィア。

 やはりこの学園には、魔界側が把握していない知識が蓄積されているらしい。


「全部の死体から見つかるわけではありません。王都の学者たちは、規則性を研究しているらしいですが、まだそこは解明されていないらしく……その辺りは、私も専門ではないので、入園されたら教師に聞いてみてください」

「は、はい……」

「とにかくその、魔石と呼ばれる石を清め、加工したものが魔晶石と呼ばれる石になります。純度もまちまちで……純度が高いほど、高位の魔法を込めることが出来るのだとか」

「純度……」

「魔石を構成する配列が、魔水晶に似ているらしく……加工することで、より水晶に似せてまがい物の水晶を造り出すイメージですね。より水晶に近い配列に出来れば、その分高位の魔法を込めることが出来ます」

「その理論で行くと、魔水晶は魔晶石よりも高位の魔法を込めることが出来る、と?」


 ゼルカヴィアが、素知らぬ顔で解説に入ってくる。

 教師は、はい、と頷いた。


「魔晶石の強度を超える高位の魔法を籠めようとすると、魔晶石は割れてしまうのですが――魔水晶が魔法に耐えきれずに割れたという記録はどこにも残っていません」

「なるほど。……不勉強で申し訳ありません。そもそも、なぜ魔晶石などという物が必要なのでしょうか?人間相手の戦いで魔法を用いるのは禁止と言う世界条例がありませんでしたか?となれば、魔法を使うのは魔族討伐――しかし、聖騎士には天使の加護を受けた魔法を使える者もたくさんいるでしょうし、勇者パーティーに至っては、全員が高位天使の加護を受けているでしょう。しかも、あの試験の様子を見るに、魔晶石から魔法を解放するのにも、魔力が必要らしい。そうなればなおのこと、わざわざ、魔法を込める必要性があるとは思えないのですが」


 すらすらと己の意見を述べるゼルカヴィアに、一瞬初老の教師はたじろいだ後、コホン、と咳払いをする。


「お、仰る通りですが――残念ながら、魔族討伐の作戦エリアや魔界には、聖気が殆どないことが普通です。そのため――」

「あぁ、なるほど。天使の力を借りる魔法を事前に地上で込めておいて、作戦場所で開放する、と」

「その通りです。……第一位階や第二位階の加護を賜っているような生徒は、己の身から溢れる聖気が膨大なので、敵地でもある程度の聖気を使った魔法が使えますが、下位天使の加護を賜る程度ですと、どうしても敵地では魔法を発動させられない、ということが生じます」

「なるほど……ありがとうございます。学びになりました」


 どうやら、入園前にもかかわらず、既に有益な情報を得ることが出来たらしい。


(帰ったら、すぐに『魔石』なる謎の石について、魔王様にご報告せねばなりませんね。我々の体内にそんなものが存在するなど、聞いたこともありませんし――私自身、何度も魔王様と一緒に暴走した魔族の討伐に赴きましたが、目にしたことはありません)


 となれば、人間界で、特殊な条件がそろったときにだけ生まれるものなのか――はたまた、何者かの陰謀で、『討伐した魔族から採取された』というテイにされているだけなのか。

 この教師は、魔法が使えるわけでもなく、学園でも『余りもの』の教師だ。これ以上の情報を引き出すことは無理だろうと判断し、ゼルカヴィアは脳内の帰ってからのタスクリストの優先度上位に『魔石に関する調査』を刻み込む。


「その理論で行くと、第一位階や第二位階の加護を受けている者は試験を免除されるのですか?作戦行動中に魔晶石を使う場面がないのでは……?」


 控えめに、そっとアリアネルが質問をする。

 それは、少女なりに役目を果たそうと考えたための質問。


(なるほど。良い着眼点です、アリアネル。もし免除されるのであれば、今、試験を免除されている者こそが第二位階以上の加護を受けている者。入園後にマークしやすくなりますからね)


 完全に親の目線で、少女の成長を喜んでいると、教師は何かを思い出すように宙に視線を飛ばした後、首を横に振った。


「いえ。確か、そういうわけではないはずです」

「そうなのですか?」

「はい。……魔法にも、得手不得手はあります。例えば前線で戦うことの多い勇者は、攻撃魔法。後方支援を担うことの多い治天使の加護を賜る者は、補助魔法や回復魔法、といった具合です。……とはいえ、苦手だからと言って、得意分野以外の魔法を使えないのは困る場面と言うのは必ずあります」

「そ、そうですね……」


 例えば、前線の勇者が大けがを負ったり、後方支援を担っていた治天使の加護付きの人間が急襲を受けたり、といった事態のことだろう。

 ごくり、と唾を飲んで頷くと、教師は解説を続ける。


「ですから、そうした事態に備えて、高位天使の加護を賜っている者たちは、事前に苦手分野の魔法が込められた魔晶石を戦地へと持って行きます。……当然、有事の際に落ち着いて素早く魔晶石から魔法を解放できるかどうかは重要ですし、反対に、作戦前に互いの苦手を補い合う相手に渡す魔晶石に魔法を籠めなければなりませんから、高位天使の加護を賜った者も同様に試験を受けますよ。……貴女も、入園すれば試験は免除されませんので、気を引き締めておいてください」

「は、はい……」


 それを気にした質問ではなかったのだが、反論せず頷いておく。

 

「年齢も様々な生徒がいるのですね。試験実施をいくつかの塊で分けているのは、年齢別ですか?」

「いえ、確か、レベル別だったはずです。普段の授業は、年齢別になっているのですが、今回の試験は半期に一度の大掛かりな試験なので特別ですね」

「なるほど」


 言いながら、ゼルカヴィアはぐるりと視線を巡らす。

 シグルトという少年は、金髪碧眼だという事前調査がある。目立つ外見だろうから、勇者候補に当たりくらいは付けられないだろうかと考えたためだ。


「手前は、レベルが低く若年層が多いようです。奥に、高レベルの生徒がいるはずですよ。シグルトもそこにいるはずです。貴女が入園すれば、そこを目指すことになるでしょう。行ってみますか?」

「はい、ぜひ」


 にこり、と笑みを浮かべて答えると、教師は少し上機嫌になったようだ。いかに九つの少女と言えど、絶世の美少女に微笑みかければ、誰しも鼻の下を伸ばしてしまうのかもしれない。


 訓練場の端を、教師の導きに従って移動し始めた、その時だった。


「我、風を司る天使に乞う。万物を切り裂く暴風を放て!」


 横手から呪文が聞こえて、何気なく視線を遣ると、生徒が少し離れたところに位置する魔晶石に向かって魔法を放ったところらしかった。


(へぇ。魔晶石に魔法を込める、ってどうやってやるのかと思ったら――普通に呪文を唱えて、狙いを定めて魔法を放つだけなんだ)


 暢気にそんなことを考えていたところ――


「あっ――危ないっっ!」


 声が響いて、ハッとする。

 今しがた生徒が放った魔法が、いったい、どこをどうしたらそうなるのか全く分からないが、魔晶石から大きく外れて逆方向――アリアネルたちが歩いている方へと迫っていた。


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