第21話 太陽の樹①
開けた森の中――小さな花々が咲き誇る地面に座り込んで、一生懸命手元を凝視していたアリアネルは、パァッと顔を輝かせてゼルカヴィアを振り返る。
「ぜる、出来た!」
「えぇ、上手ですね。こちらも完成しましたよ」
アリアネルが掲げたのは、何度もやり直した結果なのだろう――よれよれになった一輪の花の茎を、くるりと輪にして結んだだけの花の指輪。
ゼルカヴィアが手にしているのは、ちょっとやそっとでは崩れないようにしっかりと編まれた見事な花冠だった。
(全く……予想外でした。手先は不器用なんですね。力加減が全くわからないとは……)
アリアネルが花畑を前にはしゃいでいた姿を思い出し、街で花に関する書物を購入しておいたところまではよかった。おかげで、ただ摘むだけではなく、摘んだ花で創作をする遊び方や、仮に魔界に持ち帰ったとしても長持ちさせる方法がわかった。
太陽の下で、目一杯遊ばせ、体力をつけさせながら体内時計を正常にさせ、ついでに精神的な癒し効果があれば――と思い、こうして花畑に座り込んで一緒に花を摘んでやったのだが、思わぬ副産物として、少女の適性が判明したのだ。
(将来的に、どんな武器を持たせるのが良いか、考えておいても良いですね。繊細な力加減が必要だったり、技の冴えを要求するような武器は避けた方が良いのかもしれません)
最初、書籍の花冠に目を奪われたアリアネルは、真っ先に本を見ながら挑戦したのだが――イラスト付きで分かりやすく解説されているそれを見ながら挑戦しているにもかかわらず、何本も花を無駄にしてしまった。
結局、ゼルカヴィアが代わりに花冠を作り、アリアネルは最も簡単に思える指輪を作る、ということで落ち着いたが――完成した作品を見るに、指輪ひとつすら、かなり苦戦したと思われる。
(物理戦は、力を伸ばして重量のある武器で押し切らせるのも良いかもしれません。アリアネルの代わりの勇者が男だった場合、軽い武器ではそれだけで不利ですし。大剣や長槍――いえ、いっそ、ハルバードくらい振り回せるようになれば、聖騎士たちの厚い装甲鎧も打ち破れるかもしれませんね)
少しは、アリアネル育成計画の進捗として、魔王に報告出来ることが見つかった――と小さく胸を撫で下ろす。
いくら人間の成長速度に関して、日々ゼルカヴィアが期待値調整を図っていようとも、あまりに進捗が見えなければ、あっさりと魔王に計画終了を告げられてしまう。
アリアネルは、あくまで魔王の“お戯れ”でしかないのだから。
「ぜる、見て!可愛い?」
「そうですね。ですが、その指は大切な指なので、違う指にしておきましょう」
左手の薬指に不恰好な指輪を通して笑顔を見せるアリアネルに苦笑して、すっと指輪を中指へと差し替える。
「おとぎ話の中でも、ここに指輪をするのは、結婚する時だったでしょう?もし、これから先、誰かに指輪を贈られても、気安くここに通してはいけませんよ。貴女に他意がなくとも、相手は勝手に誤解するかもしれません。自分を安売りしてはいけませんよ」
「??……うん、わかったー」
話の要旨の半分も理解出来なかっただろうが、アリアネルは素直に頷き、手をかざす。
よれよれになり、サイズもぶかぶかで、今にも外れそうな花の指輪を、太陽に向けて透かしながら、ほぅっと小さく感動のため息を漏らしている。どうやら、相当気に入ったらしい。
「では、これで完成です。……今日の貴女は、まさに、“お姫様”ですね」
くだらない子供騙しの世辞を贈る自分に苦笑しながら、ゼルカヴィアはアリアネルの帽子を脱がせ、その頭に己が編んだ花冠をのせてやる。
アイボリーの艶やかな髪に、パステルカラーの花々が映えて、この世の物とは思えぬ美しさを作り出した。
「ほんとう!?アリィ、お姫様みたい!?」
「えぇ。絵本の中では、ティアラを身につける者が多かったですが――あんな金属の味気ない冠よりも、よほど、アリアネルに似合っていますよ」
ふ、と目を優しく緩めて褒めてやると、アリアネルは飛び跳ねながら全身で喜びを表現した。
ひらひらと揺れるよそ行きの可愛らしいワンピースを纏ったアリアネルには、美しい花々と陽光がよく似合う。
薄暗く、岩肌ばかりが広がる魔界では決して見られないその光景が、ゼルカヴィアには酷く眩しく映った。
「ありがとう、ぜる!だいすき!」
「はいはい。……気は済みましたか?では、そろそろ帰りましょう」
花冠を崩さないように頭を撫でてから、口の中で呪文を呟き、転移門を開く。
「思い残すことはないですか?」
「もうちょっと遊びたい……けど、アリィ、いい子だから、ちゃんということ聞く!」
「それは素晴らしい。きっと、帰ったらロォヌが美味しいおやつを作って待っていてくれますよ」
「ほんと?楽しみ!」
アリアネルは、花冠を落とさないように手で押さえながら長身のゼルカヴィアをふり仰ぎ、笑顔をみせる。
その瞳には、翳りの色など、微塵も見えない。
(次から、人間界に赴くときは、花束か何かを買って帰るようにしますかね……)
少女の心を満たしたのが、花なのか陽光なのか適度な運動なのかはわからないが、もし花束一つでこの眩しい笑顔が見られるというのなら、安いものだ。
ひょいっといつものようにアリアネルを抱き上げ、門の中へと足を踏み入れる。
ヴン……と耳慣れた音が響いて、瞬きの後には、見慣れた屋敷の光景が広がっていた。
(今まで、気にしたこともなかったですが――人間界と比べると、殺風景極まりない光景ですね)
到着した先は、魔王城の広い中庭。
魔王城を守る魔族たちが、鍛錬のために使うくらいしか使用用途がないそこは、ただ土と岩肌があるだけのだだっ広い空間でしかない。
「ぜる。……帰る前に、お庭の木を見てもいい?」
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