大切なもの
「あれ香さん、そのお皿どうするんですか?」
ドアを開けると、皿一枚、湯飲み一口、花瓶一本を手に持つ香の姿があった。
「ああ多華子ちゃん」
香は決まりの悪そうな顔をした。
「…どうするんですか?それ」
「ああこれ、ちょっと家のものが多くなっちゃってさ、リサイクルに出すつもりなんだ」
「へぇ~、そうゆうのも引き取ってくれるんですね」
そう言いながら多華子はそれらをまじまじと見つめた。パッと見た感じでは地味な灰色だが…、しばらく見ていると一箇所がキラリと虹色に光った。
「あの、香さん!その三つ、少しだけ私に貸してくれませんか?」
香は困惑した顔をした。
「傷つけたりはしません。必ず綺麗な状態にして返します。だから…お願いします!」
多華子はそう言って頭を下げた。初めて会った時からは想像もつかない彼女の強い口調に香は驚いた。
「そこまで言うなら…良いよ」
「はい!ありがとうございます!」
多華子は部屋に戻ってからもう一度それらをしっかりと見た。彼女の祖父は骨董品収集が趣味だった。義理の祖父ではあったが彼女に対しては、誰よりも優しく接していた。彼も東京出身であり、祖母と再婚していたため、多華子に対して思うところがあったのかもしれない。子供のときを思い出す。
「なあ多華子、この中で一番どれが好きだ?」
「これ!」
そう言ってまだ幼かった多華子は鮮やかな赤色の器を手に取った。
「そうかあ…。爺ちゃんはこれが一番好きなんだ」
そう言って祖父が取り出したのは灰色の地味な皿だった。
「え?」
「はっはっは、ほら、見てみなさい」
そうして祖父はその皿を太陽の光に当てた。そうするとさっきまでは地味だった皿がキラリと光った。
「うわぁ!…赤!黄!緑!青!それに…」
「はっはっは、綺麗だろう。文字通り虹色に輝いている」
「うん!」
懐かしい思い出だ。改めて目の前にある三つを見る。汚れが酷く埃も被っているため、今まで香が気づかなかったのも無理はない。多華子はそれらを丁寧に、丁寧に磨いた。すると三つとも今まで輝けなかった分を取り返すかのように七色に、鮮やかに光始めた。これらを使って何をするのか?多華子は既に決めていた。
外に出て、自転車に跨がり、市街地に向かって走っていった。
二日後の夜
ピンポーン
「はいよっ、て多華子ちゃんか。どうしたの?」
「あの、夜ご飯まだですよね?」
「え、はい」
「あの、香さんの分も作りました。一緒に食べませんか?」
「え?…は?…まあせっかくだし頂くよ」
「香さんの部屋で食べましょう!」
「まあいいよ」
多華子は一度部屋に戻ったかと思うと、今度は大きな木箱を持ってきた。
「へえ、洒落たもん持ってんじゃない。あ、片方持つよ」
初めて香の部屋に入った。物が少なくすっきりした部屋で、家具は全て木製だ。壁には一枚、我が子に愛情を注ぐ親犬の掛け軸が掛かっていた。シンプルで落ち着く良い部屋だ。
「そんなに面白くない部屋だろ」
後ろからした声で多華子は我に帰った。
「いえ、すっきりしていてすごく落ち着きます」
「ふっ、そうかい。まあ私もそこが気に入ってるんだけどね」
二人はその箱を真ん中にあるテーブルの上に置いた。多華子はその箱の蓋に手を掛けた。
「それじゃあ開けますよ、せーの!」
箱の中には和食料理が器に盛り付けられている。そしてその器は鮮やかに料理の色を映している。
「うわあ!すごいじゃない!!」
香は思わず歓声を上げた。料理の美しさはもちろんだがその器の美しさに香は驚いた。
「すごい!すごい!早く食べましょ!」
「ええ、もちろん」
二人で食卓を囲む。余程美味しかったのだろうか、香はとにかく夢中で食べている。それはそれは、見ていて気持ちいい程の食べっぷりだ。おかずが少なくなってきた頃、香はあることに気づいた。さっきまでは料理の色を写してきらきら光っていた皿がいつの間にかどこか見覚えのある灰色の皿に変わっている。
「あの、多華子ちゃん、これって」
「はい、香さんから借りたお皿です」
「!」
「実は祖父が骨董好きでして、こういった色の物に見覚えがありました。それで香さんはこのことを知らないのではないかと思い、お借りして料理を作らせて頂きました」
「そうだったのかい。この皿にそんな秘密が…」
香は戸惑っているようだ。この皿にそんな秘密があったこと、そしてその皿を手放そうとしていることにも。
「これはあの花瓶でも同じことが言えるんですよ。そしてもう一つ!」
そう言うと今度は湯呑みを取り出した。
「あ、それは」
「はい、借りていた湯呑みです」
多華子は普通のコップとその湯呑みにそれぞれお茶を入れた。
「飲み比べてみてください」
香は二杯とも一気に飲み干した。
「あ~、ってあれ?こっちの方が美味しい」
香は湯呑みを持ちながら言った。
「不思議ですよね。その湯呑みは飲み物の味を変えるんです」
香はまたまた驚いた顔をしていた、が、そのうちそれは泣き顔に変わった。
「え?香さん?」
「…思い出したんだよ、昔のこと。…昔、良くこれでオヤジがジュースを飲ましてくれた…」
「!」
「オヤジは私が三歳の時に死んじまってさ…。でもこの皿も、花瓶も、私の為に遺してくれてたんだ」
「香さん…」
「ありがとう多華子ちゃん、あなたのお陰だよ。この三つ、いつまでも大切にするよ」
香はそう言いながら涙が止まらなかった。
「いやだねぇ、私ったら…。多華子ちゃん、あんただいぶ言葉上手くなったじゃない」
涙を紛らわすように冗談を言った。
「へへへ、ありがとうございます」
多華子が照れ笑いをすると、香も連れて笑った。それはいつしか嬉し笑いに変わっていた。
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