泥棒
ある夜、香はいつものようにうつぶせで寝ていた。木の箪笥の上にはしっかりと皿、湯呑み、花瓶が箱に入って置いてある。外は雨が降っていたが、洗濯物が干しっ放しだ。
「全くもう香さんは…」
夜中にも関わらず玄関から入ってきた男がいた。外に出て洗濯物を外し、中に入れてあげようとした。と、その時
「うひゃーー、泥棒!泥棒ーーー!」
香が物音で目を覚ました。とその声で二階にいる木下も反射的に目を覚ました。木下は自室のベランダから飛び降りた。
「どうしたカオル!」
「かおりだよ!下着泥棒!下着泥棒よー!」
「あぁ?そんなやついるのか?まあいい、行くぞ!」
瞬足飛ばして追いかけていく。
「そうだ、この感じだ!」
チャチャチャチャチャーチャ、チャーッチャチャチャチャーチャ
あと10メートル、5メートル、捕まえた。
「この野郎、下着泥棒なんてしやがって。しかも香だと!?」
「はぁ、はぁ、相変わらず変わりませんね」
「お前は佐藤!何してんだ!」
「帰ってきました。はぁ、はぁ…」
「帰ってきました、じゃねぇよ!話は署で、いや俺の部屋で聞かせてもらうぞ」
「はい」
木下は佐藤の手首をしっかり掴み連れていく。
「いてて。旦那、乱暴はやめてください」
クールに決めているつもりの木下はただ無言で歩いていく。
「何?!盗むつもりは無いって、じゃあなんでわざわざ香の部屋に入ったんだよ?」
「はい…実は私、逃げてきたんです。雨が冷たくて、でも金がないからビジネスホテルにもまんが喫茶にも入れない、でここに来ました」
「なんでカオルなんだよ?」
「…部屋の鍵開けっ放しにしてそうだったので。あと意外と優しそうだから許してくれそうだなって思ったんで」
「でもお前、下着泥棒って言われてるぜ」
「だって雨なのに外に洗濯物干してあるんです。だから中に入れようと思いました」
「あー、…なるほどね」
「てめー佐藤!おい格好つけ!佐藤はなんて言ってんだい?!」
部屋の外から香の大声が聞こえた。
「静かにしてろ、皆起きちゃうだろ。寒くてどうしても部屋の中に入りたかったんだって!でお前なら優しいレデイだから許してくれると思ったんだって!お前意外と良い女だと思われてるぜ」
香の声が聞こえなくなった。
「ははっ、あいつ多分赤くなってるぜ」
佐藤は全く笑えなかった。するとまた香の声が聞こえた。
「でも下着持ってたぞ!おい佐藤!」
「はぁ~、お前外に洗濯物出しっ放しだったんだろ!それを部屋の中に入れてあげてるんだぜ!ジェントルマンじゃねぇかよ」
また香は黙った。
「あいつ、今頃お前に惚れてるぜ」
佐藤は少し笑った。
「まあ今回の件は水に流そうじゃねぇか」
「え?」
「お前に邪な気持ちは無かったんだろ?」
「はい」
「そう答えるんなら本当だな」
「ありがとうございます」と佐藤は小声で言った。
「ふっ。…ところでお前なんで逃げてきたんだ?」
「オーディションで俺は渾身の一曲を歌いました。でも審査員からは「ロックじゃねぇ!」「ギター漫談か!」「ここはお笑いライブじゃねぇぞ」と言われました」
「だろうな」という言葉を呑み込み、ただ一言「そうか」とだけ答えた。
「そのあとのことです。一人の男が私に言い寄って来ました。「うちに来ないか?」と」
「おお!良いじゃねぇか」
「で用意されたのは、ウクレレと蝶ネクタイです。「馬鹿にしてんのか!」とキレたら向こうの怒りを買っちゃいました」
そして佐藤は黙った。
「それで、逃げてきたわけだ」
佐藤はこくりと頷いた。
「…少し俺の話をするぜ。俺は元刑事だ。ガキの頃、テレビで見た刑事に憧れた。顔にはサングラス、ビシッとスーツで決めて、事件があれば車ですっ飛んでいき、拳銃片手に犯人に挑む。それになるために警察学校に入り、刑事になった。どう思う?」
「…ドラマの中だけの話だと思います」
「だろ。こんなに難しい夢は滅多にないぜ。ちなみに今は劇団に入ってそうゆう役を「演じている」さ」
「…なるほど」
「俺に比べればお前の夢を叶える可能性ははるかに高い。俺が聞き相手になってやるからもう一回、やってみねぇか」
木下の真剣な話し方に佐藤は驚いていた。少なくとも普段の彼はこんなことを言わない。こんなに自分のことを考えてくれるとは。
「…はい!やります!」
「よっしゃ」
二人は握手をした。
「良い手じゃねえか。ギターを弾くのに向いてるぜ」
深夜3時、部屋の中、佐藤は再び誓った。もう一度、夢を追うことを
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