元刑事の男

180センチ程で適度に筋肉がついた男が、軽くリズムを取りながら階段を降りてくる姿だけはいつ見ても絵になる。

「これは大家さん、おはようございます」

サングラスを取りながら挨拶をするこの男は元刑事だった男、木下雄二だ。

「はいおはよう、今日も懐かしいスタイルだこと」

今日は特に決めているようだ。上下白のスーツにソフトリーゼント、おまけにサングラス付だ。左手にはゴミ袋を持っているが、右手にはなぜか紅薔薇の花束を携えている。

「なかなか良い花束じゃないですか。告白でも?」

「はっはっは大家さん、今日から本番ですよ。これも小道具です」

「あらそれは失礼しました。頑張ってくださいね」

「ええ、ところで元野球部の彼、最近元気そうだぜ」

「まあホントに!前ギターを持ってるところを見かけてね。そしたら最近は、夕方仕事から戻ってきたかと思うと、そのギターを持ってどこか出掛けていくのよ」

「河原で練習でもしてんだろ、太陽に向かって歌ってんじゃねえか?」

「もう、相変わらずそうゆうのが好きね」

「でも夢ってのは、なかなか叶うもんじゃないぜ」

いかにも経験者のような顔をしている。

「そりゃぁねぇ…。でもあんたの夢よりは見込みはあるね」

「はっはっは、敵わねぇな大家さん。それは昔の話だ」

お互い、声を上げて笑った。

「…ところであいつは、吉本にでも入るつもりなのかな」

木下がぼそりと呟いた。

「…え、吉本?」

「いや、なんでもない」

「え、ちょっと…」

「はっはっは、なんでもない。関係ないね。じゃあな、大家さん」

木下は軽いステップを踏みながら去っていった。

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