多華子と国公立大学4年生

 空は薄い灰色の雲に覆われ、気持ち良くはないが、適度に涼しい朝だ。多華子はとりあえずの仕事も見つかり「ゆーかり荘」での暮らしにだいぶ馴れてきていた。

「ああ、今日はゴミの日だったわね」

 ゴミ捨て場に行くとすらりと背が高い20歳程の青年がいた。

「あ、おはようございます」

元気そうな声ではあるが幾分無理をしているような感じだ。

「ええ、おはようございます。あなたは…」

「2階に住んでいます。浜井と言います」

「大学生さんですか?」

「はい」

細やかな笑顔で受け答えをしているが、やはり表情を繕っているような感じがする。それが少し気になり、つい聞いてしまった。

「もしかして、何か悩みがあるんじゃないですか?もしかして就活とか…?」

浜井は驚いたように目を見開いた。

「…はい、全くその通りです。…私は面接でよく「志が高そうで良いですね」「積極的で良いですね」と言われます。それ自体がマイナスなこととは思えません。ならばなぜ、私は採用されないのだろうか?と考えてしまって、最近はあまり力を注げていないんです」

「そうですか…。就活、大変ですよね」

 そう言いながら自分の就活をしていた頃を思い出す。自分は「志が高い」などと言われたことはなかったが、家の人達の期待に応えようという気持ちで自分なりに頑張っていたことは覚えている。欠点を指摘されることはなかった。「良いですね」と言われることはあったのだか、結局就職には至らなかったことは何度とあった。

 自分のことも振り返りながら少し考えているとまた浜井が口を開いた。

「…実は私…」

「え、どうされたんですか?」

「今は会社で経験を積み、将来的には地元の島根に帰って起業したいと考えているんです」

「もしかしてそれを面接で言ったんですか?」

「いえ、それはさすがに…」と浜井は口を濁した。だが彼の強い思いはそのはっきりした言い方からも、表情からも伝わってくる。

「…もしかしたら、面接官には伝わっているかも」

「え?」

「あ、私も一応大学は出ていまして就活をしていたもので…その、結局失敗して実家の手伝いをすることになったのですが…」

「え?そうだったんですか?…ちなみにどちらの大学だったんですか?」

「信大でした」

「えぇ!信大って言ったらあの信大じゃないですか?!あ、私は都大でして、……そうか、信大卒でも就職に失敗するなんて…」

多華子は思わずうつむいてしまった。あの時の自分を思い出してしまったからだ。

「え?あ!すみません!別にあなたを責めている訳ではなくて、むしろ自分は大丈夫なのかっていうことでして」

浜井の言葉に慌てて笑顔をつくり答える。

「いえいえ、分かっていますよ。大丈夫です」

浜井はホッとしたようだ。

「それよりも、さっきは起業したいと仰っていましたよね?」

浜井の顔が真剣な面持ちに変わった。

「はい」

「もしかしたら、その気持ちは言わずとも面接をしてくださっている方々に伝わってしまっているのかもしれません」

「…それは一体どういうことですか?」

「面接官はやはり人を選ぶプロです。起業を目指すことは良いと思いますが、その会社で頑張りたいという思いが強い人を選ぼうとしているのなら、あなたは外れてしまうのかもしれません」

「…なるほど」 

「私は就活をしているとき、とにかく親…育ててくれた人達の期待に応えなきゃ、という気持ちが強かったんです。今思えば、その気持ちは言わずとも、見透かされてしまっていたのかもしれません」

浜井は下を向き、黙ってしまった。お互い沈黙の時間が続いた。

厚くなった灰色の雲から小さな雨粒が落ちてくると、浜井は顔を上げ、口を開いた。

「…なるほど、勉強になりました。そろそろ私も行く時間なので…ありがとうございました」

そう言った浜井の顔に少し失望の色があったのを多華子は見逃していなかった。

「ねえ浜井君…」

多華子は呼び掛けたが、彼は一礼して立ち去っていった。

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