ミュージシャンになる男と大家さん
「今夜九時、近くの公園にお越しください」
そう書かれた洒落たデザインの紙と「ゆーかり荘」から退去する旨が書かれた紙が郵便受けに挟まっていた。
「ふふ、招待状のつもりね」
なんとなくの想像はついていた。
「そうだったわね。もう四カ月位経ったのかしら」
細かいことはあまり色々と考えずに、薄く化粧をし、髪を整え、少し慎重に服を選んで夜を待った。
公園に一つだけあるベンチに腰を下ろしていた。細い三日月に照らされる寂しいほど静寂な夜に刺激を与えんとばかりにギターが鳴り響いた。
ジャジャーン
コツ、コツ、コツ、コツ、
「大家さん、本日はありがとうございます」
ギター片手に登場した男が一礼した。大家さんは何も言わずにただ笑顔で拍手を贈る。
「本日はお越しいただき本当にありがとうございます。…あの夜空に浮かぶ三日月の上に登って歌います。どうぞ最後までごゆっくり」
ジャジャーン
八つの時に野球と出会い~、
九つでプロの道を志した~、
それからはひたすら野球ひとー筋で~、
苦手なものは算数、漢字、アルファベット、
ジャジャジャジャーン
初めて怪我をして、初めて病院に行って、診断された、腿と肘の怪我
ジャン
でも今は、進むべき道を見つけた!
ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン!
大家さん、覚えていますか?初めてここに来た日のこと、
私が漢字間違いで入間を人間と読まれたこと
大家さん、覚えていますか?初めてのゴミ出しのことを、
燃えるゴミを本当に燃やして、灰にして出しました、
大家さん覚えていますか?初めて料理を振る舞ったとき、
いつも通りプロテインの粉を混ぜて、微妙な味に仕上げたこと、
ジャンジャジャン
そんな~、そんな私の進む道は今ただ一つ!
私はロックミュージシャンになって~~、
ジャン
帰って~来ます~
ジャジャジャジャジャジャジャーン
「なるほど、ね」
大家さんは小声で呟いた。
「ありがとうございます、どうですか大家さん!」
少しだけ考えた。言うべきか言わないべきか
「…あなたは、あなたなりの懸命な努力を積みました!その自信を胸に抱いて、羽ばたきなさい!」
「はい!」
パチパチパチパチ!
あの夜からしばらく経った。今でも時々思う、本当にあれで良かったのか
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