隣の娘

ピンポーン

「はいよっ」

高く、大きな女の声がした。

「はい、どちら様ですか?」

20代後半だろうか。一重だが大きい目、爽やかな目元で、すっきりした塩顔だ。背は少し小さめ位で、前髪を上で結んでいる。

「あの、隣に引っ越してきた…古川です」

「あ、そう。今日からよろしくね!下の名は何て言うんだい?」

「…多華子です」

「字は?」

「おおい、に画数が多いはな、に子供のこです」

「へえ~、なんだかすごい名前だね。なあ引っ越しってことはもしかして…」

「え?なんですか?」

「てやんでぃ!蕎麦はないのかい!?引っ越し蕎麦!」

「…すみません。知らなかったです」

「はぁ~、まあしょうがないね。あんた出身は?」

「え、」

「あたいは生まれは下町、神田。名は香、生粋の江戸っ娘だい!」

「へぇ、おめさんはここらへんなんねー。おれは新潟生まれさ」

あ、

「へぇ…、そうだったのかい…」

「あっきゃー、しょーしー…」

お互いしばらく笑いが止まらなかった。

「いやー、あんた面白い人だね」

「…つい出てしまって」

「たどたどしいのもそれのせいだね。大変じゃないかい?」

「はい標準語は…難しいです。でも頑張り…ます」

「はー偉いねー。あたいも会社に勤めていた頃は頑張ったけど無理だった。ある日接待中に我慢してたのが爆発しちまってねぇ。はっはっは、クビになっちまったよ」

「そんな…」

「大丈夫、今の方が楽だし気にしてねぇ」

香の顔を見ると本当に楽しそうだった。決して強がってなんかはいない。

「あんた頑張りなよ!あたいはこれから仕事があるから」

「え、何の仕事ですか?」

「大工だ、なかなか性に合ってるからね」

「そうなんですか、頑張ってください!」

「あいよ!じゃあまたね」

香は中に入っていった。…大工か。なんだか様になってそうだ。確かに個性は強かったけどなんだか面白そうだし、良い人だ。

「私も仕事、見つけなきゃ」

決して大変なことばかりでもないような気がしてきた。今日はとりあえず部屋に帰って明日からは外に出てみよう。


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