7話 勇者の魂は闇と煌めく Possession part2
町の人々の好奇と不審の目の中を歩くこと数分。
目的の仕立て屋は簡単に見つかった。
小さく仕切られたショウウィンドウにはいくつかの仕立ての見本が展示されている。
「……なぁんか地味ねぇ」
「目立ってどうする」
ガラスの向こうを眺めるリリムスを放っておいてアイリスは店のドアを開く。
布地を取り扱う店舗特有の臭いがフワッと三人の鼻に飛び込んでくる。
(こういった部分は変わらないんだな)
店の中を見渡しながらそんなことを思う
「なぁ、この店、生地ばかりじゃないか?」
そう、三人が欲しているものは『服』なのであって、それを構成している『
だというのに、この店にあるものはそのほとんどが様々な布地で、製品化されているものでも帽子や手袋といった小物ばかりだった。
「ん? それがどうかしたか?」
アイリスはそのことになんの心配もしていないかのように首をかしげている。
「だってイチから作ってたら時間が……」
「大丈夫でしょぉ、この店がマトモならぁ」
そう言ったリリムスも生地選びを始めていて、特に気にもしていないようだった。
「何をお求めで」
不意に店の奥からしわがれた声が聞こえた。
ゆっくりと歩いてくるのは、この店の店主だろうか六十代くらいの老人だった。
「ああ、三人分の衣服を仕立ててもらいたい。出来るだけ早く」
アイリスの注文に、カウンターを覗いて何やら帳簿を取り出しペラペラとめくり始めた。
「三人分ならだいたい夕刻ほどになるが?」
「構わない……わよねぇ?」
店主の言葉にリリムスが頷き、往人とアイリスもそれに続く。
布を決めたら
その背中を見つめながら、往人は疑問を口にした。
「三人分を今から作って夕方に間に合うのか?」
往人は服の詳しい作り方なんて分からない。
だが、オーダーメイドの服なんて一着作るだけでも何日もかかるのがザラ、というイメージがあるためとても間に合うとは思えなかった。
「ふふ、大丈夫よぉ。さ、ダーリンも好きな生地を選んでねぇ」
往人の心配をよそに、二人はそれぞれ生地を手に取り品定めをしている。
それなら、と往人もこれから自身を包むことになる生地を選んでいく。
派手にならず、かつ動きやすそうな物。
いくつか手に取り感触や伸び具合なんかを確かめ、気に入った生地を決める往人。
二人もそれぞれがコレと思った生地を決めたらしい。
「それでいいのか?」
「ああ、いいよ。あ! 金がない……」
そう言って往人はズボンやジャケットのポケットを叩いて絶句する。
魔族に襲われたあの森で、財布やら家の鍵やらは落としてしまったのだった。
あるのは圏外で何の役にも立たなくなった『
「支払のことぉ? ああ、それも心配ないわぁ。店主さぁん!」
リリムスが声をかけると、再び奥から老店主がゆっくりとやってくる。
まさか、魔族らしく奪っていくのだろうか。
などと思っていたが、
「生地をきめたわぁ。支払いは魔力でお願いねぇ」
「ああ構わんよ。珍しいね、アンタ魔道士かい?」
そうか、と往人は思わず驚きの声を漏らす。
この世界では魔法が存在している。それは人間たちの間でも当たり前に在るものなのだ。
それこそ通貨の替わりとして、価値が保証されるほどに。
「じゃ、コレで」
そう言ったリリムスの手から小さなカケラが老店主の手へと零れる。それは窓から差し込む日の光で様々な色にキラキラと輝いていた。
「あれが……?」
「ああ、魔力を結晶化させた魔道石だ。ああやって通貨として使われることが多いんだ」
つまりは、この二人は『天族』と『魔族』の長。莫大な資産を有しているのと同義なのだ。
「……また甘えてしまった」
女性に金を出させるなんて、まるでヒモ男みたいだと自己嫌悪に陥る往人だがやむを得なかった。
たとえ財布を落としていなかったとしても、日本円がこの世界で使えるはずもないのだから。
「確かに。では採寸を、そこの坊主から」
魔道石を受け取った老店主の方を向き軽く指を振る。
すると、老店主の首にかかっていたメジャーがひとりでに動き、往人の全身に絡みつく。そのまま、順番にアイリス、リリムスと採寸を終えてまた元の老店主の首元へと戻っていった。
「ふむ、相分かった。では夕刻頃にまた来とくれ」
言いながら老店主は受け取った生地と服のイメージを書いたメモを宙に浮かべる。あっという間に裁断され形を成していく。
「なるほど、あれなら早いはずだ」
ハサミも針もみんなひとりでに動いているのだ。夕方までには余裕で間に合いそうだった。
「ではしばらく時間を潰そうか」
半ばあっけに取られていた往人にアイリスは声をかけた。
「なら何か食べたいわぁ。朝から何も食べてないんですものぉ」
リリムスの言葉に往人も腹を押さえる。
確かに、あまりにもいろいろありすぎて空腹を忘れていたが、こっちの世界に来てからマトモに食べていない。
「じゃあ食べ物屋を探そうか」
そう言いながら扉を開く往人。
マトモな飯を口にするのはしばらく先になるのをまだ気が付いていなかった。
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