6話 勇者の魂は闇と煌めく Possession
一時間ほど歩いただろうか、緑一面だった大地が段々とその下の土肌が見えてきて往来があることを知らせていた。
もちろんそれが人である保証はまだないが。
「まだ歩くのか……」
アイリスとリリムスの両名から数歩遅れた
運動、というものを極力避けてきた現代人の彼の肉体は舗装されたアスファルト以外の道を一時間近くも歩くのには適応していなかった。
「この程度で音を上げているようでは、この先やっていけないぞ。しばらくは鍛錬を行わなくてはな」
「ええ……」
早速契約したことを後悔し始めた往人に、距離を詰めたリリムスが優しく囁く。
「いきなりコッチの世界に来て慣れてないだけよねぇ。大丈夫、ワタシがサポートしてあげるわぁ」
言うが早いか、どこからともなく出現させた書物を開くと何事か呟く。
すると、開かれたページがぽうっと淡い光を灯す。
その光は往人を優しく包むと、今までの疲労がウソのように消えていた。
「どお? 回復魔法を使えばまだ歩けるでしょぉ」
「ああ……ありがとう」
『魔法』
その便利な
「おい、あまり甘やかすと本人の為にならないぞ」
「いやぁん、こわぁい。ダーリン、あの脳筋女神さまがワタシのこといじめるんですぅ」
「誰が脳筋だっ!!」
からかいながら往人の背中に隠れるリリムスに、アイリスの怒声が響く。
種族だけでなく、性格面でも相容れない二人のようだった。
「まぁまぁ、落ち着いて。リリムスも怒らせることを言うなよ。アイリスは俺のことを考えて言ってくれたんだから」
両者の仲を取り持ちながら、往人は思う。
このままリリムスに甘えていれば旅は快適だろう。だが、それではいざ自分が戦うときに何の役にも立たない。
一応、仮にも、疑わしいが『勇者』としてこの世界に来たのだから、戦力として数えられるようにはなっておきたかった。
「よし、リリムス。ここから人里までは回復魔法はナシだ。やっぱり、多少は動けなきゃな」
そう言って、足取り強く踏み出した往人だった。
「せっかくの決意に水を差して申し訳ないがユキト、もう町はすぐそこだ」
アイリスの指さす先、そこに視線を向けると確かに人の気配がする建物の群れが小さく見えていた。
「ああ、へへ……」
乾いた笑いが零れるだけだった。
「ほぅら、やっぱりワタシに甘えなさいってことなのよぉ」
「そんな風に楽ばかり考えているから、ムダな肉が付くんじゃないのか」
アイリスがおもむろに、リリムスの露わになっている腹部の肉を摘まむ。
「いきなりなにするのよぉ! そういうデリカシーのないことするから脳筋なのよぉ!」
「なんだと!」
また言い合いを始めた二人に、今度は精神的な疲れを見せる往人だった。
「……早く行こ」
それぞれの一族の長だというのにあまりにも低レベルな争いに、もはや止める気にもならなかった。
心なしか遠ざかったような気すらしてくる町へ向けて、往人は重い足を動かした。
小さく見えていたが、いざそばまで来ると中々大きい町だった。
石造りの建物がいくつも立ち並び、その間の路地を様々な人が行き交っていた。
「へぇ……」
想像していたよりも規模の大きい町に往人は感嘆の声を漏らす。
そして、確かに自分の格好と町の人々の恰好では差が開いていることを実感した。
町の人々は男女共に簡素な作りのチュニックにベルトを巻いている者がほとんどだった。女性はその上からショールを羽織る者もいた。たまに、シャツの上からオーバーオールを着ている者も見られた。
対して往人はダークブラウンのチノパンに紺と白のストライプシャツ、その上からグレーのサマージャケットという出で立ちで、明らかに町の景色とは浮いていた。
「目立つな……」
それは自分に向けたセリフだけではなかった。
そもそも、三人とも町を歩くには派手すぎる恰好だった。
往人は言わずもがな、アイリスはドレスと鎧の間の子、リリムスは露出過多なミニのセパレートドレスと人々の耳目を集めるには十分だった。
「早いところ、仕立て屋を探すぅ?」
「同意見だ」
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