5話 始まりは突然に The_Awakening Story part5

 時間にして十秒ほどだろうか。

 口づけにしてはかなり長い時間だった。

 ようやく重ねた唇を離した魔王が妖艶な笑みを浮かべている。

 「いきなり何を……!?」

 破裂するんじゃないかと思うほど、往人ゆきとの心臓は鼓動を早めていた。

 悲しいことに往人はこういった事柄とは今まで無縁だった。そのうえ見目麗しい容姿の持ち主とあれば、嫌が応にも緊張してしまう。

 「あらぁ、ウブな反応。カワイイんだからぁ」

 「なぜいきなり……キ、キスなんか……」

 気恥ずかしさで、『キス』という単語すらスッと言えないのが情けなかった。

 「仕方ないのよぉ。これが契約に必要な儀式なんだしぃ」

 「はぁ!?」

 往人は顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を出してしまう。そして『契約』に必要なこと、ということはともう一人の契約者の方へとゆっくり顔を向ける。

 「いくぞ。よろしくな」

 そう言って女神も往人の唇へと自身の唇を重ねる。

 

 よく人によってキスの感触は違う、なんて言われるが往人にはそんな違い分からなかった。

 そういったことを考える余裕もなかった。

 『柔らかい』ただそれだけが頭の中に渦巻いていた。 

 「これで契約完了ねぇ」

 女神とも十秒ほど唇を重ね、魔王の言葉でハッとなる。

 心臓は早鐘を打ち、全身が熱く燃えるようだった。顔は鏡を見ずともどうなっているか簡単に分かった。

 「余韻に浸っているところ悪いんだけどぉ」

 「だっ!? 誰が!」

 全く説得力のない反論だった。

 「これでダーリンはワタシたちの力を使えるようになったからねぇ」

 「そ、そうか……って、その『ダーリン』てなんだよ」

 「あらぁ、せっかく契約を結んだんですものぉ、何か特別な呼び名で呼んでもいいでしょぉ」

 そう言ってクスクスと悪戯っぽく笑う魔王。

 からかわれている、と感じながらも強くやめさせようとしない『男』の部分を情けなく思ってしまう往人だった。

 「そうだ、二人の名前、まだ聞いていなかった。契約を結んだんだ名前を聞いてもいいだろ?」

 呼び名といわれて往人は思った。出会ってからそこそこ経つが、未だ二人の名すら知らなかったのだ。

 「ワタシは、リリムスよぉ。まぁ、気軽にハニーって呼んでもいいからねぇ」

 「私は、アイリスだ。これからよろしく頼む」

 両者が名乗り、往人はそれぞれと握手を交わした。

 その時、手の甲に何かあざのようなものが浮かんでいるのに気が付いた。

 「……これは?」

 「ああ、それは契約を結んだ者同士に浮かぶ紋章だ。私にもあるぞ」

 そう言ってアイリスは右の甲を見せる。往人と同じ、翼を持った太陽のような紋章が浮かんでいた。

 「ワタシとダーリンの間にもあるわよぉ」

 リリムスが自身と往人の左手をくっつけ合って見せてくる。悪魔の尻尾が絡みつく三日月のような紋章がそこにはあった。



 「さてと、これからどうするぅ?」

 リリムスがどちらともなしに聞いてくる。

 「まずは着替え……だろうな」

 アイリスが往人を眺めながら答える。

 「え? この服装ダメか?」

 オシャレに自信のある方ではないがダサいつもりもなかったので自分の格好に視線を落としながら聞く。

 「その恰好では目立ちすぎるからな。一発で異界人だと分かってしまう」

 なるほど、と往人は若干の安堵とともに納得する。

 「でも……」

 問題もあった。

 「リリムス、人には化けたり出来ないのかい?」

 流石にリリムスと人のいるところへは行けないだろう。なにせ、下半身は丸々大蛇なのだから。

 「うーん……そうねぇ。ああ、いい方法があるわぁ」

 しばしの逡巡の後、リリムスは地面から土を尻尾で掘り出すと、それを魔法だろうか宙に浮かべる。

 そのまま見ていると、浮かんだ土塊つちくれはリリムスの手の動きに合わせて捏ねられていき、一つの形を成していく。

 「……人間?」

 それは土でできた人形だった。

 精巧に作られた女性の人形。土だというのにどこか肉感的で、リリムスの下半身が普通の足だったらちょうどこうなるんじゃないかと思う形状だった。

 「それで……最後にぃ」

 出来上がった人形の頭部にリリムスの指先が触れる。

 すると薄紫の輝きにリリムスの体が包まれていく。一瞬強く輝いたと思ったら、目の前に立っていたのは蛇の下半身をした妖女ではなく、人間の姿をしたリリムスだった。

 「スゴ……」

 「なるほど、受肉術式か」

 「そういうコト。まぁ単なる土塊だから戦うことは出来ないけどねぇ」



 感触を確かめるように手を何度か握りながら、リリムスは往人の方へと視線を向ける。

 唇を重ねた時の、あの妖艶な視線を。

 「魔法が上手くいっているかダーリンで確かめたいんだけどぉ……」

 「な……何を」

 獲物を狙う蛇のようにゆっくりと近づいてくるリリムスを、アイリスがその首根っこを掴んで往人から遠ざける。

 「なによぉ!!」

 「ふざけている場合か。早いところ人里へ行くぞ」

 リリムスの文句を無視して、アイリスは視線を草原の向こうへと向ける。


 三人は確かな足取りで歩き始めた。

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