4話 始まりは突然に The_Awakening Story part4

 「どういうことだよ?」

 今度は往人ゆきとが怪訝な顔をする番だった。あの少女はどちらが遣わせた者ではないのなら、いったい何者なのか。

 「そもそも、勇者は誰かの意思で呼べる存在じゃないのよぉ」

 そう答える魔王の腰まで伸びた銀髪が揺れるたび、甘い香りが往人の鼻孔をくすぐる。

 「この世界に大いなる災いがもたらされた時、異空の果てより勇者がやってきて世界を変える。私たち『天族』に伝わる伝承だ」 

 『魔族』にもおんなじような伝承があるわよぉ、と魔王も続いた。

 「じゃあ、クーデターが災いだと?」

 「通常なら、そうは思わないだろうな」

 そう言って、女神は魔王の方へと視線を向ける。同じように反乱を起こされた、一族の頂点を。

 「そうねぇ、まったく同時に『天族』と『魔族』、双方でクーデターが起こるなんて異常よねぇ」

 「勇者来訪の兆候も含め、人間界を調べていたんだが……まさか貴様が勇者を抑えているとは思わなかった」

 二人の口ぶりからすると、『勇者』というものについてはそれなりの知識はあるようだった。だからこそ、先ほどの態度が気になった。

 


 「だとするなら、何者かに連れてこられた俺は『勇者』じゃないんじゃないか?」

 往人が気になるのはそこだった。災いが起きたとき、世界が『勇者』を別の世界から呼ぶのなら、少なくとも往人はその定義から外れる存在だった。

 あの少女は、そういった『世界の意思』のような存在ではない気がした。単なる往人の直感でしかないので、正確なことは分からないが。

 「だとしても、アナタはこの世界……『ニユギア』に来たわぁ」

 『ニユギア』。それがこの世界の名、なのだろう。

 「そうだな。伝承とは違うが、世界が大きな混乱の渦中でユキト、君はやって来た」

 

 

 なぜだろうか、二人の言葉を聞いていると往人の胸の中に何か熱いものがこみ上げてくるような気がした。

 経緯はどうあれ、この二人は往人の助力を求めている。そして、それを無視するような冷血漢では往人はないつもりだった。

 「いいのかい? 俺は『勇者』じゃないかもしれないし、そもそも何も出来ないただの子供ガキだけど?」

 その言葉に、魔王も女神も慈愛を感じさせる笑顔を浮かべた。

 「ああ、その優しさが今の私にはとても嬉しいよ」

 「フフ、何かをしようとしてくれるトコ、ワタシ好きよぉ」

 そう言いながら魔王は、自身の尻尾で往人を絡め捕ると眼前まで引き寄せた。

 甘く、離れがたい香りが往人を包んでいく。

 「それでぇ……どっちと契約するのぉ?」 

 「え……?」

 

 『契約』

 

 随分と重い言葉だった。

 「契約をするのか?」

 「ええ、天族も魔族も人間界で力を振るうのにはヒトと契約を結ばないといけないのよぉ」

 「でも、さっきは普通に戦っていたじゃないか」

 そう、先ほど女神はケダモノ、恐らくは『魔族』を圧倒的な強さで蹴散らしていた。あれだけのことが出来るなら、『契約』なんていらなそうだった。

 「いや、ヒトと契約を結んでいない今の状態では長くは持たない。いずれ消耗して存在ごと消えてしまう」

 だから戦いたくはなかったんだが、と女神は魔王を軽く睨む。

 魔王はそんな視線も無視をして、往人を見つめる。

 「そういう訳だからぁ契約……しましょぅ?」

 そう言って魔王は往人の耳元で怪しく囁く。つい、頷きそうになったが頭を激しく振って誘惑を払いのける。  

 「待ってくれ! 契約を結ぶのは分かった。でも……どっちかを選ばなきゃいけないのか?」

 「……どういうことぉ?」

 魔王が怪訝な顔をする。引き剝がそうと近づいていた女神も同様の表情だった。

 


 「人と……俺と契約しなければ死ぬんだろ? 選ばなかった方がそうなるなんて俺は嫌だ。だったらどちらとも契約をする」

 その言葉に、二人は驚いた顔をしたが魔王の方がいきなり堰を切ったように笑い出した。

 「アハハハ! 本気ぃ? 魔王と女神、両方と契約を結ぶなんて聞いたことないわよぉ?」

 笑いこそしなかったが、女神も信じられないといった様子だった。

 「そんなこと考えたこともなかった。私たちは決して相容れることのない存在だからな」

 だが、往人の想いは変わらなかった。どちらか片方を見捨てる選択肢はすでになくなっていた。

 「出来るのか? 出来ないのか? ハッキリしてくれ」

 そんな往人の態度に、二人も覚悟を決めたようだった。

 「いいわぁ。面白いじゃなぁい。魔と聖を従える勇者なんて前代未聞だわぁ」

 「君がそこまで本気なら、私もそれに乗ろう」

 そう言って二人が往人へと近づく。それこそ顔と顔がくっつきそうなほどに。

 「あの……ええと……おふたりさん?」

 『契約』というのだから、何か怪しげな紙に血判でも押すのかと思っていたが様子がおかしかった。

 「これからよろしくねぇ……ダーリン」

 魔王がいきなり、往人の唇へ自身の唇を重ねた。

 

 あまりの衝撃に往人は頭が真っ白になりそうだった。

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