3話 始まりは突然に The_Awakening Story part3

 「じゃあ、俺をこの世界に連れてきた黒いワンピースの少女に……」

 その先を往人ゆきとが口にしようとしたその時だった。

 

 ガシャン!!

 

 凄まじい音と共に窓ガラスが破られ、部屋の中がメチャクチャになっていく。  

 往人の邪魔をしたのは、昨夜と同じヤツだった。長身瘦躯ちょうしんそうくに黒い羽、鋭い爪を不気味に蠢かす、あのケダモノだった。

 「なっ……!? またコイツかよ!」

 不気味な形相で往人を睨み爪を立てようとするケダモノに蛇女が動いた。

 ベッドに深々と突き刺さる爪だったが、そこに往人の姿はない。蛇女が素早く振るった尻尾で往人を自身の胸元へと引き寄せたのだった。

 「まったく……王たるワタシの前で随分な振る舞いねぇ」

 余裕の表情を見せる蛇女の胸の中で、往人がジタバタと暴れている。こんな状況下でも豊満な胸に押し付けられるのは、年頃の男にはなかなか刺激が強かった。

 だが、蛇女は片手だというのに往人の全力でもまったく振りほどけなかった。華奢な細腕のどこにそこまでの力があるのか不思議だった。



 「ふんっ!!」

 往人を殺し損ねたケダモノ相手に、女騎士の鋭い中段蹴りが炸裂する。

 ケダモノは体をくの字に曲げながら、入ってきたのと同じ場所から飛び出していく。

 「貴様と同類だな。礼儀がなっていない」

 「あら失礼ねぇ。ワタシをあんなザコと一緒にしないでもらえるかしらぁ」

 女騎士は蛇女の言葉を無視して外へと飛び出す。蛇女も往人を抱えたまま後に続いた。  

 昨夜の場所からほど近い小高い丘の小屋だったようで、ケダモノと三人は草原の上で対峙する。

 「離してくれ!」

 「だぁめ。まだ危ないからねぇ。そういう訳だから、ソッチはお願いねぇ」

 往人の訴えを却下し、手を軽く振ってケダモノ退治を女騎士に押し付ける蛇女。その態度に女騎士は不機嫌になりながらも腰に下げた剣の一振りへと手をかける。

 「チッ……調子のいい……」

 そう一言呟くと、低い唸り声をあげるケダモノへと駆ける女騎士。

 

 姿が消えた。

 

 そう思った刹那、女騎士の体はケダモノの背後にあり、今にも飛び掛かりそうだったケダモノは目を見開いたまま動かなかった。 

 キンと女騎士の剣が鞘へと収められる甲高い音が一瞬響いたかと思うと、ケダモノの体がゆっくりと崩れ落ち、積み木をスローモーションで壊すかのようにバラバラになっていった。

 「流石は女神サマ。相変わらずの剣技ねぇ」

 軽口を叩きながら蛇女、いや先ほどまでの会話から察するに『魔王』が往人をようやく解放する。

 「……魔王と女神が直々に勇者を迎えに来たってことか」

 「あら、結構察しがいいのねぇ。まぁそうせざるを得ない事情があるからなんだけどぉ」

 「事情?」

 「実はぁ……クーデター起こされちゃって、魔王の座を半ば追われてるのよねぇ。たぶん、ソッチも……でしょぉ?」

 サラッととんでもないことを口にしながら女騎士、ではなく『女神』へとからかうような視線を送る魔王。

 「……ああ。情けない話だがな」

 そう答える女神の顔は怒りと悔しが滲んでいた。

 「元の座に戻るために俺のことを探していたのか」

 「そのつもりだったが、どうも事態はもっと複雑なようだ」

 その言葉に、魔王は今までのどこか力の抜けた表情からサッと険しい顔つきへと変わる。まさに、『魔王』の名がふさわしい顔に。

 


 「アナタ……ええと、名前を聞いてなかったわねぇ」

 「往人、神代往人だ」

 今更ながらに、往人は自身の名を魔王に告げる。告げた後で、本名を言うべきではなかったか、とも思ったがそれは考えないようにした。

 「ユキト、アナタさっき黒いワンピースの少女にこの世界に連れてこられたって言ったわよねぇ?」

 「ああ、どっちかの仲間か何かじゃないのか?」

 往人の言葉に、魔王と女神は互いに顔を見合わせる。まるで、聞いてはいけない事を聞いた幼子のように。

 

 「ユキト、君はいったい何者なんだ……?」

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