2話 始まりは突然に The_Awakening Story part2
「う……」
小さな呻き声をあげて
夢ならば良かったが、現実はそれほど甘くはなかった。
自分が横たわっていたのは、簡素な作りの木造のベッド。もちろん、往人のベッドはこのような物ではない。
「やっとお目覚めぇ? 待ちくたびれちゃったわぁ」
刹那、ギクリと往人の体が凍りつく。
何の気配も感じなかったから気が付かなかった。ベッドの横に女の人がいた。それも信じられないくらいの美女が。黒地に銀色の刺繍が施された豪奢なタイトドレスを纏った姿は、とても蠱惑的であった。
ただ、そのドレスのスカートから覗くのが、まるで大蛇のような尻尾でなければだが。
往人は気が遠くなり、再びベッドへと倒れこみそうになる。
「ちょっとぉ、いきなり気を失うなんて失礼ねぇ」
そう言いながら彼女は器用に蛇の尻尾を蠢かせ、往人の体を支え気絶させることを許さなかった。
「……一体、何がどうなっているんだ」
すでに自身の常識のキャパシティーなど完全にオーバーしている往人は力なく呟くことしかできなかった。
見知らぬ所に来たと思ったら、謎のケダモノに追い回される。それを気が付かない内に殺していたかと思えば、ベッドの上で蛇のバケモノ女が目の前にいる。
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「知りたい?」
「え……?」
半ば青ざめた表情の往人に、蛇女が優しい顔で声をかけてくる。
手櫛で長い銀色の髪を梳きながら向けてくるその視線はとても扇情的だった。
「だからぁ、アナタがこの世界に来た理由……知りたい?」
『この世界』。
目の前の彼女は確かにそう言った。それは往人がいた世界とは違う世界だということ。
まあ、何となく察しはついていた。謎のケダモノに目の前には蛇のバケモノ女。違う世界だと言われるのが普通だろう。
とはいえ、漫画やゲームでしか聞いたことのない現象に、いざ自分が遭遇したという事実は相当にショックだった。
「大丈夫ぅ?」
そんな往人を気遣っているのか何なのか、蛇女は俯く往人の顔を覗き込む。
「…教えてくれ。どうしてこんな目にあっているのかを」
その言葉を聞いて蛇女が優しく微笑む。煽情的な見た目とは裏腹な、とても優しい笑みだった。
「そうねぇ……簡単に言えば、アナタは勇者としてこの世界に呼ばれたのよぉ」
「勇者?」
往人は思わず苦笑してしまった。
不可思議な異世界にやって来たと思ったら、お次は『勇者』。
あまりにお約束な展開に、とても壮大なドッキリなんじゃないかと疑ってしまいそうになる。
「それで? 勇者な俺は何を? まさか、悪い魔王でも退治するのかい?」
「いいえ、その逆。アナタは魔王と共にこの世界を変えるのよぉ」
予想していたのとはまったく違う答えに、往人の思考は思わずフリーズしてしまう。
その止まった思考を打ち破るように、往人たちがいる部屋へとナニカが扉を開けて入ってきた。
「……見つけたぞ。勇者を貴様に渡すわけにはいかない」
「あら、残念。もう少しアナタが早く目覚めてくれれば良かったのにぃ」
冗談めかして往人に愚痴りつつも、蛇女の美しい紫の瞳は突然の
白地に青と金の装飾が施された、ドレスと鎧の中間のような恰好をした、これまた思わず目を見張るような美女だった。腰から下げた二振りの剣に手をかけ、今にも斬りかかりそうだった。
「やっぱり、アナタも状況は同じって訳ねぇ」
「貴様も同じだというのなら、なおさら彼を渡せないな」
凛とした声で応じながら、女騎士は燃えるように紅い瞳を往人へと向ける。
彼女も、蛇女同様『勇者』を求めているらしい。
「待ってくれ! 状況も分からないまま、訳知り顔で勝手に争うのはやめてくれ! 勇者だなんだと言う前に、俺にいろいろ説明をしてくれ」
一触即発な雰囲気の両者に、往人は思わず叫ぶ。異世界へ来てしまったことすら飲み込めていないのに、その本人を差し置いて戦いを始められては敵わなかった。
「あ……すまない」
「ゴメンねぇ。ワタシったらついアツくなっちゃってぇ」
両者は以外にもすんなり引き下がり、互いにベッドの左右に佇む。ちょうど往人を挟んで向かい合う形になった。
「ええと……どこまで話したかしらぁ?」
「俺が魔王と協力して、世界を変えるってところ」
「ああ、そうだったわねぇ」
「なんだそれは!?」
女騎士がおもむろに立ち上がり、怒りの声をあげる。それに呼応するように肩まで伸びたプラチナブロンドの髪が揺らめいていた。
「言った通りの意味よぉ。彼は魔王であるワタシと共に、今の世界を変えるの」
「違う! 彼は勇者として私と共にこの世界の歪みを正すのだ!」
ゴホン! と往人が咳ばらいを一つすると、ハッとなって両者はまた引き下がる。どうやら、この二人に話させていては終わりそうになかった。
「はぁ……仕方ない。俺が質問をしていくから、それに答えてくれ」
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