第4話

「やはり、彼女が君の使い魔なんだね?」


「不本意ながら……」


「いやいや、別に君を責めているわけじゃない。私は人間が召喚されるという奇跡を目の当たりにしたことがなくて動揺しているだけだ。むしろ謝るのは私の方だろう」


「はあ……」


 ガロンに同じく、椅子に座ったモリアーティー教授はナツメをまじまじと見た。


 その瞳には卑しい感情は籠っていない。むしろ学術的好奇心に目を輝かせているようだった。


 意味ありげなモリアーティー教授に、ナツメはそっと手を挙げる。


「私ってそんなに珍しいんですか?」


「そうだとも。過去の伝説にしか残っていない珍しいことだ。まして魔法が不得手なアルス君が召喚に成功するなど思ってもみなかったよ」


「成績が悪くてすみませんね」


 アルスは皮肉を利かせてみたが、モリアーティー教授は意に介していない様子で無視した。代わりにナツメの手を取り、その美しい指を観察する。


「召喚される以前、君はどこにいたのかね?」


「日本っていうところですけど……知ってますか?」


「いや、二ホンなどという名前は聞いたことはない。エルクール王国はおろか、この世界にも存在しない場所だろう」


 教授はわずかに生えた顎ひげを触りながらそう言った。


 アルスと同じく、博学なモリアーティー教授も二ホンという地名もわからないようだ。


 これ以上の議論は意味がないと判断した教授は咳払いをして、アルスに水を向ける。


「まあ、使い魔の話はこのぐらいにして、アルス君、何の用で来たのかな?」


「星降りの夜、創天の樹に挑戦しようと思って来ました」


 アルスのその言葉に、教授の眉間にしわが寄った。怪訝な表情のままで重苦しい声音でアルスに尋ねる。


「あの試練は余程の魔法使いでないと突破できるものではないのは知っているだろう? こんなことは言いたくないのだが、君の実力では困難だろう」


「わかってます。でも、挑戦しなければならないんです」


「ふむ……」


 それっきりモリアーティー教授は黙り込んでしまう。しかしアルスも譲る気は無いので、梃子でも動く気はない。


 職員室の一角に沈黙が広がり、やがて全体へと伝播していく。


 埒が明かない状況に一石を投じたのはナツメだった。


「あの、創天の大樹って何なんですか? 異世界から来たので詳しいことは聞いてないんです」


「アルス君、彼女に詳しい歴史を話していなかったのかね?」


「概要だけで、詳細は話してません」


「丁度いい機会だ。アルス君の復習も兼ねて話してあげよう」


 モリアーティー教授は机の上に置かれていたコップから水を飲む。アルスとナツメに目を向けると、おもむろに話し始めた。


「創天の大樹は、神の手によってこの世で最初に生み出されたものだと言われている。そこには全ての叡智と神秘が宿り、太古の昔からこの世界を見守ってきたそうだ。


 大樹の頂上では神が星々を眺めており、そこを訪れる人間に願いを叶えていると言い伝えられている」


「それが創天の大樹が生まれたきっかけなんですね」


「そうだ。大樹を登るために越えなければならない三つの試練も、神が与えたものだと言われている。どうして試練を人間に課すようにしたのか、それは神のみぞ知るというわけだ」


「なんだか変な神様ですね」


 ナツメの発言に教授は何も言わなかった。


 アルスにとって、創天の大樹の話は何年も聞いてきた伝説だ。いまさらどうこうおもうこともない。


 教授は椅子を回すと、聞き飽きていたアルスに目をやる。


「もしよければ、君がどうして挑戦する気になったのか聞いても良いかな?」


「ナツメを元の世界に戻してもらうためです。彼女の本心ではない召喚をしてしまった以上、最後まで責任を取りたいと思っています」


「と、アルス君は言っているが、ナツメ君といったか、合っているのかね?」


 ナツメは頷く。二人で話し合ったことだということはモリアーティー教授に伝わったらしく、それ以上言及してくることはなかった。


 代わりに引き出しから書類を取り出し、羽ペンで何かを書いていく。おそらく試練に挑戦する者の名前が記されているのだろう。


 教授は顔を上げて二人と視線を交わす。


「これで手続きは完了だ。星降りの夜までには、まだしばらく日はあるが、気を引き締めて試練に臨むように」


「ありがとうございます。ナツメ、帰るよ」


「わかった。ありがとうございました」


 二人で並んで礼をすると、モリアーティー教授を残して職員室を後にした。


「結果が楽しみだ」


 教授の、アルスとナツメの背中に向けられた好奇心には気付かないまま。


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