第04話 魔法が使えたらね

 「――ひぐっ……ぐすんっ……」

「大丈夫だよ。誰にも言わないから」


俺の隣を歩きながら、北河きたがわは瞼を赤く腫らしながらチラリと目線を上げた。


「本当に……誰にも言わない?」

「言わない言わない」


折角の綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、思い切り鼻を啜った。


「私のこと笑わない?」

「笑わないよ。北河が好きなRPGゲームの真似して魔法の練習してただなんて。なんか可愛かったよ」

「か、可愛っ……?!」


何か言いかけたが言葉を濁し、北河は赤い頬を更に赤くしてプイッとそっぽを向いた。

 

(しまった……『可愛い』なんて言ったから、子供扱いされてると勘違いしたのかな……)


後悔した所で一度吐いた言葉は戻らない。こういうデリカシーの無さが俺のダメな所なのだろう。

 俺はそそくさと鞄をまさぐり、サイドポケットのハンカチを取りだした。


「これ、使って」

「え? あ、ありがと……」


差し出した水色のハンカチを、北河は驚きながらも受け取ってくれた。どうやら少しは機嫌を直してくれたらしい。

 そうして北河はしとやかに目尻と鼻下を拭うと、握りしめたハンカチと俺を何故か交互に見遣った。


「これ、洗って返すから」


ボソリと不貞腐れたように北河が呟く。その一言に俺はキョトンと目を見開いた。


「いいよ別に。最初からあげるつもりで渡したし」

「でも悪いわ」

「いいって。さっきのお詫び。あと、担保代わり」

「担保?」

「うん。そのハンカチに誓って北河が魔法の練習をしてたことは絶対に誰にも言わない」


高価でも希少でもないそのハンカチが一体何の担保になるのか。自分でも意味が分からない。


「あり、がとう……あ、じゃあ私もこれ……」


ハンカチを握りしめた北河は、おすおずとポケットから輪っかのようなものを取り出した。


「予備のヘアバンド。結構気に入ってるやつだから失くさないでよね」


そんなに大事なら渡さなければ良いのに。だけど、折角の厚意を無碍にもしたくない。


「分かった。北河だと思って大事にするよ」


出来る限りの笑顔で答え、俺は北河のヘアゴムを胸ポケットに納めた。北河も俺のハンカチを同じ場所に仕舞う。


「なんかこれ、指輪の交換みたいだな」

「ゆ、指輪っ?!」


声を高く北河は青い眼を見開いた。けど確かにこの場合の交換は『ユニフォーム』とかの方が妥当かもしれない。


「あ、アンタそれはつまり……私と、その……結婚とか……ゴニョゴニョ」


「ん、なにか言った?」


「な……なんでもない! ただその……あ、アンタで良かったと思っただけ!」


「なにが?」


「え、あっ、それは……そ、そう! あのままじゃ一人で餓死するかと不安で、偶然アンタが居て良かったって意味!」


「ああ、なるほど」


それにしては随分ノリノリだったけどな。ちなみに俺は『ファイアスラッシュ』がお気に入りだ。


「でも確かに食べ物とかは考えないとだな。ここが本当に日本……というか元居た世界じゃないなら」


「夢の中で異世界とか言ってた気がするけど」


「ちょっと信じられないよな」


「いいえ、信じるわ。なんとなくだけど、あの言葉には妙な説得力があったし。きっとあれは神様のたぐいなのよ!」


先程とは打って変わって北河はどこか嬉しそうに、腕組みしながら言った。


「とにかく、そうと分かれば話は早いわ! サッサとこの世界を救って元の世界に帰りましょう!」


「救うって言っても、どうやって?」


「決まってるじゃない。悪い魔物や村で暴れるモンスターを剣とか魔法を使って倒すのよ!」


意気揚々と言いながら、北河は夢見る子供のように青い目を輝かせた。魔法の呪文を高々と唱えていただけあってヤル気満々だな。


『グルッ』

「どうした、ライナ」


唐突にスカイライナーが後ろを振り返った。見れば森の方がやけに騒がしい。

 ザワザワと不気味に揺らぐ木々から、鳥の群れが一斉に飛び立っていく。

 すると、その瞬間。


『ギャオオオオオスッ!!』


耳をつんざくような咆哮と共に、特撮映画のに出てくるような怪獣が現れた。体が傷だらけなのは歴戦の証か。


「……これも魔法で倒すんですか、北河さん」

「……魔法が使えたらね」


ギロリ。怪獣の鋭い眼が俺達を睨む。

 俺と北河は頷き合うと、身を翻して走りだした。


『ギャオオオオッ!!』


まるで恐竜のような巨大怪獣が雄叫びを上げながら追いかけてくる。


「はぁ、はぁっ……!」


横から聞こえる荒い息遣い。ふと見れば北河が苦しそうに肩で息をしている。

 俺は右腕に鎧を装着しているが北河は生身だ。足場の悪い森の中を走るのはキツイか。


「ゴメン、北河!」

「えっ、ちょっ、ちょっと!?」


戸惑う北河を尻目に俺は彼女の脚と背に手を回して抱きかかえた。

 そうして再び脱兎の如く駆け抜ける。


「あ、アンタなにしてんのよ!」

「仕方ないだろ! ちょっと我慢してくれ!」

「だ、だからって……お姫様抱っこなんて……魔王に囚われたヒロインみたいじゃない」


俺の腕の中でもじもじと手遊びをしながら、北河は頬を染めて呟いた。意外と余裕あるなコイツ。


「あ……長瀬、あれを見て!」


走る俺に抱えられながら、北河は怪獣を指差した。


「あの恐竜、お腹の部分に傷があるわ」

「それが?!」

「よく見なさい! 切れたお腹に機械みたいな部品が見えるでしょ?」


言われて振り向けば確かに皮膚の下から傷のようなものが覗いている。どころか体じゅうの傷口からパーツじみたものが。


「長瀬、アンタあの恐竜を機療きりょうしなさい」

機療きりょうを?」

「きっとあの恐竜はAIVISアイヴィスなのよ。それも暴走状態の。でなきゃ人間わたしたちを襲ってくるなんて有り得ないわ」

「そういえば……」


俺は泉に居たの首長竜を思い出した。あの首長竜がAIVISアイヴィスなのかは定かじゃないけれど、確かに機療きりょうは成功していた。


「今のアンタなら出来るでしょ」


北河に急かされ俺はまた後ろを振り返った。

 周りの樹より大きな怪獣が、牙を剥いて俺達に狙いを定めている。


 緊張が、ゴクリと俺の喉を鳴らした。

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