2.どうでもいいわ。
(ちょっと緊張するな……)
学校に行く前の朝の公園、幸太郎は家庭教師をしている
週に一日、一時間だけ友達になるバイト。時給一万円と言うの高額のバイト。どれも聞いたことのない、全く初めてのものである。
「はい、もしもし……」
電話に出たのは声の低い男性であった。
「あ、あの、友達になるって言うバイトを聞いて……」
「『バイ友』ですか?」
「は、はい」
緊張する幸太郎とは対照的に男は冷静に話をする。
「失礼ですが、どこでこのバイトを知りましたか?」
一瞬幸太郎が考えてから答える。
「知り合いから教えて貰いました……」
「そうですか、分かりました。では履歴書をこれから言うアドレスに送ってください」
男はそう言うととあるメールアドレスを告げる。履歴書は手書きにすること、書類審査を通過しても面接がある事を説明して電話を切った。
(ふう、なんか緊張したな……)
幸太郎は春だと言うのに緊張で結構な汗をかいたことに気付いた。そしてアドレスをメモした紙をカバンにしまうと、学校へ行く為に駅へと向かった。
「お疲れ様です!!」
「お疲れー、幸太郎君!」
幸太郎は学校を終え一度家に寄ってから、ファミレスのバイトへと向かった。
郊外にあるファミレス。駅に近いこともありサラリーマンや主婦、学校帰りの学生で昼も夜も賑わっている。
幸太郎は土日や祝日、更に平日の夕方とこのファミレスのバイトを入れている。時給は最低賃金に毛が生えたようなもの。頭のいい幸太郎がなぜファミレスのバイトをたくさんしているのか。その理由が笑顔でやって来て言った。
「お疲れ、幸太郎君! ちょっと忙しいからすぐホール行ける?」
「あ、はい。大丈夫です!」
黒く長い髪が特長の美女で、幸太郎がこのバイトを始めた時からずっと指導してくれた人だ。そして幸太郎が秘かに想いを寄せている女性でもある。
「今日は平日なのにお客さん多くて、頑張ろうね」
「はい、はるかさん!」
そう言ってにっこり笑うはるかの笑顔を見るのが何よりも幸せであった。
言ってみれば彼女に会う為にファミレスのバイトを続けているのであり、一番多くシフトを入れているのもその為である。ちなみにここのバイトチーフの方針で、みな下の名前で呼び合っている。
「おーい、幸太郎! 悪いけど、すぐホール入って!」
調理場の方からそのバイトチーフの声が響く。
(あ、返事が来ている)
翌朝、メールのチェックをしていた幸太郎は、前日に送った『バイ友』の返事が届いていることに気が付いた。内容は書類審査に合格したこと、そして次の土曜日朝10時に面接に来て欲しいとのことであった。
(合格したのか……)
幸太郎は嬉しさよりも何やらうまく言い表せない不安のようなものを強く感じていた。
バイトで友達になる。
本来なら友達はそう言うものではない。そんなこと経験もないし、上手く出来るかどうか分からない。だがそんなバイトに高額なお金が支払われる。そしてその高額さが相手への不安をより高めていた。
「まあ、とりあえず行って見るか。嫌なら辞めればいいし、上手く行けば儲けもんだしな」
その日の夕方、ファミレスの土曜のシフトを午後に無理に変更して貰い、バイトチーフの
『ねえ、こーくん、聞いて』
金曜の夜、悩み相談の掲示板にサラりんが書き込んだ。幸太郎が返事を書く。
『どうしたの?』
『うん、あのね。近いうちに、ちょっとお仕事って言うかあ、またね、知らない男の人に会わなきゃいけないの』
『知らない男の人?』
幸太郎は前にもこのような話を聞いたなあと思いつつ、サラりんが自分と同じ高校生だったはずと考える。
『うん、まあどうでもいいんだけど。ちょっと断れなくて。嫌だなあ、怖いし面倒だし。こーくん、サラりんに元気ちょうだい!!』
『サラりんなら大丈夫だよ。絶対上手くやれる。嫌なことがあっても全部俺が聞いてあげるよ!!』
『嬉しい……、サラりん、いつかこーくんに会ってみたいよ』
『うん、俺もそう思ってる。って、これ以上の書き込みは規制対象だねwww』
『あはは、そうだね。ここの監視、結構厳しいから』
『頑張れ、サラりん!! 俺が応援してるよ!!』
『ありがとう、こーくん。ずっと、ずっとサラりんだけを見ていてね!』
幸太郎はネットで『こーくん』を演じながら、自分の一体どこにこんなキャラが居るのかと今更ながら不思議に思う。リアルではまず出ない一面。正体が分からないと言うネットの特異性に今更ながら怖さも感じる。
(とは言え、元気を貰いたいのは俺もなんだけどな……)
明日、いよいよ『バイ友』の面接。
期待と不安が入り混じった気持ちを静める様に幸太郎は眠りについた。
(でかっ!! なんて大きな家なんだ……)
幸太郎のアパートから数駅、意外と近いその指定された場所には想像よりもずっと大きな豪邸が建っていた。来訪者を拒むような大きなコンクリートの門。そこにアルファベットで『YUKIHIRA』と書かれている。
幸太郎は恐る恐る門にあるインターフォンを押す。
「はい、どちら様でしょうか」
「今日面接に来た城崎と言いますが……」
「はい、伺っております。どうぞお入りください」
中年の女性だろうか、そう言い終わると自動で門が開いた。
(す、すげえ……)
唖然とする幸太郎。
門から続くコンクリートの階段を上がると、そこは美しき日本庭園のような庭が広がる。春になり少しずつ芽生えてきた新緑の葉が心地良い。庭の先にはテレビCMでしか見たことのないような大きくてモダンな家が見える。
エントランスまで歩く幸太郎。その屋根付きの無駄とも思える広さがある空間を前に、心臓の鼓動がどんどん大きくなっていく。緊張する幸太郎の前にあるその大きなドアがゆっくり開いた。
「こんにちは」
「初めまして、城崎です!」
幸太郎は中から現れた着物を着た品のよさそうな中年の女性に元気に挨拶をした。女性が言う。
「お待ちしておりました。旦那様がお待ちです。どうぞ」
(旦那様? この人はここの奥さんじゃないんだ……)
緊張する幸太郎がエントランスに入る。自分のアパートの台所兼食堂ぐらいの広さがある玄関。高級そうな靴が数足。下駄箱には大きな生け花が置かれ、壁面には良く分からない高そうな絵が飾られている。
幸太郎はボロボロの運動靴を丁寧に並べて中に入る。
そして通された応接室。大きなソファーにヨーロッパのアンティーク調の家具でまとめられた落ち着いた室内。カーテンひとつとっても高級品だと分かる。
中央にふたりの人物が座っている。そのひとり、グレーの髪を綺麗にまとめた中年の男性が立ち上がって幸太郎に言った。
「私は
幸太郎はその低い声を聞き、すぐにそれが電話で話した人物だと分かった。
「城崎幸太郎です。よろしくお願いします!」
幸太郎は深くお辞儀をしながら挨拶をした。重定が言う。
「まあ、座って。こちらが娘の
重定は自分の隣に座っている娘を紹介する。
まるでその名字の『雪』の通り、真っ白で粉雪のようなきめ細かく美しい肌。化粧なのか頬はほんのりピンクに染まっており、白い肌とは対照的な黒の長髪がとても可憐な美少女であった。
「初めまして、城崎幸太郎です!」
そう言って頭を下げる幸太郎に、全く無反応な沙羅。父重定が少しため息をつきながら言う。
「沙羅、ご挨拶をしなさい」
そう言われてようやく沙羅はその硬い口を開いた。
「どうでもいいわ」
それが沙羅が初めて幸太郎と交わした言葉。
同時に幸太郎はこの『バイ友』の難しさをそのひと言で理解した。
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