第九章 大東亜戦記Ⅱ(戦中編)
生きていた大和
一九五五年十月十四日、ハワイ西方公海上。
帰路、妙高は暇だったので瑞鶴を訪れていた。そして瑞鶴はいい暇潰しを思い付いた。
「そうだ、せっかくだし大東亜戦争の話でもしましょうか」
「興味はありますが……あまりいい思い出ではないのでは……?」
「それはそうだけど、思い出したくない程じゃないわ。せっかくだし、色々教えてあげる」
「お、お願いします!」
妙高は興味を抑えきれなかった。瑞鶴は十年前の戦争について語り始めた。フィリピン沖海戦のこと、大和のこと、エンタープライズのこと。そして、エンタープライズを殺した後のこと。
○
一九四五年八月十九日、アメリカ合衆国ハワイ準州、真珠湾。
大和と翔鶴を失いエンタープライズを撃沈した瑞鶴は、真珠湾に入った。
ハワイは元よりアメリカが完全に不当な侵略によって併合した国であり、アメリカがアジア侵略の前哨基地としていた軍事基地であり、大東亜戦争が始まった地でもある。
「ここが真珠湾……。ついにここまで来たのね」
瑞鶴は自身の艦橋で呟いた。真珠湾はほとんど傷のない綺麗な状態で残っていた。
「ああ。これで我々は大東亜を完全に解放することに成功した。ハワイを奪い返されない限り、アメリカがアジアに手を出すことは不可能だろう」
岡本大佐は言った。普通の軍艦にアメリカ本土からアジアまで直行するのは不可能である。帝国海軍がやったように油槽船を随伴すれば不可能ではないが、常にそれをし続けるというのは非現実的だ。
「取り敢えず、君はここで休め」
「私の修理はどうするの?」
瑞鶴は飛行甲板を大きく損傷し、空母としては全く無力であった。
「ここの設備が生きているのなら、恐らく修理は可能だ。そうでなかったら内地に回航してもらうことになるだろう」
「設備は生きてるように見えるけど」
「私もそう期待している。万が一、今敵が来た場合は、陸上基地から艦載機を発進させて対応してくれ」
「あっそう。分かったわ」
艦載機は別に自身から発艦させなければ操れない訳ではない。滑走路さえ確保できれば寧ろ地上から離陸させた方が早く部隊を展開できるし離着陸もしやすい。とは言え、瑞鶴は自分の尊厳が傷付けられているようで、甚だ不快であった。
流石にアメリカ軍が襲ってくるということはなく、真珠湾の接収と現況の調査が済むまで瑞鶴は休暇を楽しむことになった。休暇と言っても娯楽はどこにもないのだが。
○
2日後。
「瑞鶴、今日のニュースは聞いたか?」
岡本大佐は唐突に問いかける。
「ニュース? そんなの聞いてないわよ」
「陛下がハワイを独立させるとの勅命を出したそうだ」
「へえ。まあ植民地解放が帝国の大義名分なんだし、当たり前よね」
「それもそうだが、帝国は元よりハワイとの縁が深い。陛下としてもハワイのことは気にかけておられたのだろう」
「そう……。陛下がお喜びなら、いいことね」
かつてアメリカがハワイ侵略の野望を隠さなくなった頃、ハワイ王室と皇室で縁談を結ぶという案があった。いざ侵略が行われた時も、その犯罪を防ぐことはできなかったが、日本は軍艦を派遣して圧力を掛けた。ハワイ王国と大日本帝国の友好関係は絶えてしまった訳ではないのだ。
非常に性急であったが、その翌日にはハワイ王国の独立が宣言され、同時に日本とハワイは同盟を結んで、名目上は同盟国防衛の為に部隊を駐屯させているということになった。
アメリカは当然承認しなかったが、ドイツ、イタリア、ソ連などはこれを承認した。特にソ連がハワイ独立を承認したのは世界に大きな衝撃をもたらした。アメリカと手を切ると宣言したようなものだからである。
しかし瑞鶴にとって、そんなことはどうでもよかった。それよりも遥かに重要な事実を知ってしまったのだ。
「大和が生きてるって!? 本当なの!?」
大和の遺体を安置していた部屋に瑞鶴は飛び込んだ。そこには岡本大佐が一人で待ち受けていた。
「ああ、その通りだ」
「生き返ったってこと!?」
「丸一日以上経ってそんな奇跡が起こる筈はない」
「じゃあ何? あんた、私を騙してたってこと!?」
瑞鶴は激昂して大佐の首に掴みかかる。大佐はそれくらいは想定内だったようで、冷静な表情を崩さない。
「言いようによっては、そうだな。君を騙していた」
「どういうこと? ちゃんと説明して」
「元より、大和は肉体的には死んでいなかったのだ。文字通りの永遠の眠りに着いただけだったんだ」
「どうして早く言わなかった!?」
「順を追って説明させてくれ。まず、元より、本体となる艦が沈んだ際に船魄がこうなることは予見していた。精神だけが死に、言わば植物状態になるのだと」
「で?」
「どうなるのかは、完全に予測できていた訳ではない。肉体も死ぬ可能性はあった。故に、容態が安定するまではこちらで様子を見ようと思ったのだ」
「私の為だとでも言いたいの?」
「要らぬ希望を与えて、目の前で大和が再び死ねば、君の心が死んでいた」
「……余計なお世話よ。で、大和は死なないのね?」
瑞鶴の怒りは収まっていた。岡本大佐への怒りなど、大和が生きていることに比べれば些細なことだと思ったからだ。
「恐らくは。脈拍、呼吸は正常で、恐らくその他の活動も正常だ。適切な生命維持を続ければ、死ぬことはないだろう。断言はできないが」
「大和を目覚めさせる手段は?」
瑞鶴にとってはそれ以外どうでもよかった。
「申し訳ないが、現状では全く見当もつかない」
「じゃあ考えなさいよ。無駄に博士号持ってるんじゃないでしょ」
「無論だ。研究はしよう。だが期待はしないでくれ」
「絶対に大和を目覚めさせる手段を見つけなさい」
「科学に絶対はないんだ。分かってくれ」
大和は死んではいないと分かった。岡本大佐は大和を目覚めさせる研究を開始するが、それが成功しないのは知っての通りである。
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