第三の少女

「どう? 私の修理はできそう?」


 真珠湾の見聞を終えて戻ってきた岡本大佐に瑞鶴は問う。


「ああ、設備は無事に残っていた。アメリカ軍はどうなら、ハワイが陥落することなんて夢にも思っていなかったようだ」

「アメリカ人らしい傲慢さね」

「そういう訳で、もう少し準備をすれば、君の飛行甲板を使用可能な状態くらいには修理できるだろう」

「どのくらいで動けるようになる?」

「向こう2ヶ月と言ったところだろう」

「案外早いのね」

「飛行甲板の修理だけなら、そう大した時間はかからない。それに、その他の細々とした修理は明石にやってもらうことになった」

「ああ、工作艦の。随分と贅沢ね」


 帝国の造船所全てを合わせたものの半分の工作能力を持つ、極めて優れた工作艦明石。それを瑞鶴用に貸し切ってくれるらしい。修理も捗るだろう。


「それと、君に知らせておきたいことがある」

「何?」

「少し言いにくいことだが、新たな船魄がつい最近完成している」

「また新しい子を作ったの?」


 瑞鶴は何故だか嫌悪感を持った。味方が増えるというのは悪くない話だし、船魄を増産するのは当然に予期されていた筈なのに。


「ああ。今回は長門を船魄化することに成功した。私なしでな。そろそろ個人の曲芸に頼らなくても船魄を建造できるほど、技術が成熟しつつあるのだ」


 岡本大佐は自らの船魄技術の発達について嬉しそうに語るが、当の瑞鶴は全く興味がなかったし、何を言っているか全く分からなかった。世界初の船魄である瑞鶴も、船魄の技術についてはまるで知らないのである。


「――あんたの話はどうでもいいんだけど、長門って長門型戦艦一番艦の長門よね?」

「無論だ。他に何か考えられるか?」

「41cm砲8門の戦艦が、本当に頼りになるの?」

「まあ大和と比べれば遥かに見劣りするが、現状帝国が用意できる最大の戦力なのだ。我慢してくれたまえ」


 姉妹艦の陸奥はとうに事故で失われている。帝国海軍が目下保有している戦艦で最強の戦力が長門なのである。


「で、それがいつ届くの?」

「すぐそこにいるぞ」

「は?」

「つい先週ハワイ沖海戦を戦った僚艦ではないか」

「言われてみれば、長門もいたけど……」


 エンタープライズと戦いに行く瑞鶴を護衛したいた艦艇に長門もあった。言われてみると、瑞鶴はそのことを思い出してきた。


「長門って確か大破してたわよね? て言うか、何でたったの一週間くらいで船魄化してるの? 訳が分からないんだけど。説明して」

「まあまあ、順を追って説明しよう。まずハワイ沖海戦に挑む前のことだが、既に長門の船魄化改装作業は始まっていた。船魄化は繊細な作業が必要だが、別に大規模な設備は必要ない。内地でなくとも停泊する場所くらい確保できれば、どこでも作業を行うことができるのだ」

「私に隠れてコソコソ作業してたの?」


 と聞くと、岡本大佐は気持ち悪いくらい目を輝かせた。


「そう、そこなのだよ。私は無線で時折指示をしていたのだが、実際に作業を行ったのは私の部下や応援の、言うなれば一般的な技術者だけだった。それで改装に成功したのが、技術の真っ当な進歩の形だと――」

「ああ、はいはい、分かったから。その次は?」

「すまない。君に技術の話をしてもしょうがないな。その後、長門を完成させてから君にお披露目するつもりだったのだが、大本営からハワイ攻略のお達しと、その為に長門を艦隊護衛に使えという命令が来た。そのせいでやむを得ず、長門をハワイ沖海戦に駆り出すことになったのだ」

「じゃあ長門は半分船魄化されて戦いに参加してたってこと?」

「その通りだが、君と同様、船魄化しても従来通り人間による制御は可能だ。ハワイ沖海戦においては普通の戦艦として働いてもらったが、ここに来てようやく、最終調整を終えて船魄として生まれ変わったということだ」

「なるほどねえ。てことは、今でも大破してるってことよね?」

「ああ、そうなる。外洋航行は暫く不可能だろうが、こちらも修理が終われば貴重な戦力になる筈だ。幸いにして君より修理に時間はかからなさそうだしな」

「あ、そう。で、長門の船魄は今どこに?」

「ここに招待しておいた。そのうち来る筈だ」

 

 岡本大佐の言う通り、長門はすぐにやって来た。瑞鶴は気になったので艦の外まで行って出迎えた。大和とは打って変わって長身の、軍服を着た少女である。


「あなたが瑞鶴か?」

「ええ、そうよ」

「私は長門型戦艦一番艦、長門の船魄だ。よろしく頼む、瑞鶴」

「随分と馴れ馴れしいわねえ……」


 ついさっき目覚めたばかりだというのに、歴戦の戦士のような風格すらある。


「す、すまない。不快だったか?」

「いいえ、そんなことはないわ。私は翔鶴型航空母艦二番艦、瑞鶴。よろしくね」

「ああ。よろしく」


 瑞鶴と長門は握手を交わした。


「色々と話したいこともあるし、どうぞ上がって」

「感謝する」


 スロープを登って瑞鶴艦内に入り、そのまま瑞鶴の私室に向かった。他の人間は邪魔ということで追い払い、二人きりである。

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