大和の現在
高雄とグラーフ・ツェッペリンが暫く動けず、月虹で問題なく稼働できるのは妙高と瑞鶴だけとなってしまった。しかし瑞鶴は、高雄の修理が完了するまでの3ヶ月程度を無為に過ごす気もなかった。
「ねえ妙高、今度ちょっと出掛けたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」
瑞鶴はふと持ち掛ける。
「出掛けたいところ、ですか……?」
「日本よ。たまには日本に戻りたくてね」
「え、ええ……??」
妙高は瑞鶴が何を言っているのか全く理解できなかった。
「まあ、ちょっと日本で済ませたい野暮用があってね。ちょっと帝都を襲おうと思うわ」
「は、はぁ…………」
「そういう訳で、付き合ってくれる?」
「その野暮用とは……」
「一つは帝国政府にキューバ戦争を終わらせるよう迫ること。もう一つは、大和を貰いにいくことよ」
「や、大和……?」
「ええ、大和よ。知ってるでしょう?」
「そ、それはもちろんですが……」
「大東亜戦争で沈んだ艦が大量に再建造されてるんだから、大和も当然そうなってる筈じゃない?」
「そう言われてみれば、確かにそうかもしれませんが……」
大和の妹に当たる武蔵はフィリピン沖海戦で沈んだが、再建造されて内地に配属されている彼女に妙高も会ったことがある。そう考えてみると大和が再建造されていない方がおかしいのである。しかし妙高は大和には会ったことがないし、話を聞いたこともない。
「本当に大和が再建造を……?」
「ええ、その筈よ」
「ですが、今でも有力な大和型がどこにも配属されていないというのは、おかしいのでは……?」
「それは不思議だけど、多分船魄を造れないから艦だけ造って放置してると思うわ」
「そんなことが……?」
そんな事例、妙高は全く聞いたことがない。
「ええ。だって大和は、私の手の中にあるから」
「は、はい……?」
「ちょうどいいし、あなたにもそろそろ教えてあげるわ。後で高雄にも教えようと思うけど」
瑞鶴は自身の艦内奥深くに妙高を案内した。厳重に封鎖された三重の扉を開けると、その先には一つのベッドと、その上に横たわる黒髪の少女の姿があった。少女は息をしていたが、目覚める様子はない。
「まさか、この方が、大和さん……」
「ええ、そう。私の大和。大東亜戦争を一緒に戦った大和よ。ハワイ沖海戦で艦は沈められたけど、船魄は私が回収したの」
「艦が沈んだのに、生きている……?」
艦が沈めば船魄も共に死ぬものだと妙高は思っていた。
「まあ医学的には生きてるんだろうけど、死んだも同然よ。ここ10年、ずっと眠ったままなんだから」
「つまり、船魄は艦が沈んでも肉体的な死を迎える訳ではないと?」
妙高は強く興味を持った。そうであるのなら、船魄は殺さずに戦う方法も見いだせるかもしれないからだ。
「目覚めさせる方法は全く分からないから、レーニンやスターリンみたいに死体を保存してるのと状況は変わらないけどね」
「それでも、生き返る可能性が残っています」
「ええ。だから、大和の意識が再び目覚めた時の為に、大和の艦を手に入れておきたいの」
「なるほど……。分かりました。ですが、ここに本来の大和さんがいたところで、帝国は新しい大和を造れないものなんでしょうか」
「それはよく分からないわ。でも実際、大和だけは幾らやっても船魄を造れないみたいだし、世界に大和はただ一人しか存在し得ないってことじゃない?」
「そんな非科学的な……」
「私にこれ以上聞かれても困るわ。船魄の製造過程なんて知らないし」
「妙高もです。では、行きましょうか、日本に」
「随分乗り気じゃない」
「船魄を生き返らせる方法があるのなら、妙高はとても興味があります」
いつの間にか妙高の方がやる気満々であった。
「なるほどね。じゃあドイツに通告しましょ」
瑞鶴と妙高は偶々ここを訪れているプリンツ・オイゲンに会いに行った。
「――はぁ? 日本を襲撃しに行く? 馬鹿じゃないの?」
オイゲンは瑞鶴がふざけているとしか思えなかった。
「別に作戦の成否の話はしてないわ。あなた達がこれを黙認するのか妨害するのか、どちらなのか聞きたいの」
「ドイツが日本への攻撃を幇助したと知れれば第三次世界大戦待ったなしよ」
「別に私達が勝手にやるだけなんだから、幇助じゃないでしょ。それに、日本を攻撃するつもりなんて万が一にもないわ。脅しはするけど」
「……いずれにせよ、私だけで判断できる問題ではないわ。ちょっと待っていてくれるかしら?」
プリンツ・オイゲンは艦隊旗艦シャルホルストに、そしてシャルンホルストは海軍総司令部に伺いを立てた。結論はその日のうちに出た。
「結論を伝えるわ。あなた達が私達に言わずに勝手にしたという名目でなら、やってくれて構わないとのことよ。但し日本に戦争を仕掛けた場合、私達は直ちにあなた達と敵対するわ。その時はツェッペリンと高雄を沈めさせてもらうからね」
「帝国海軍と全面戦争する気もないし、問題ないわね。ありがとう」
かくして瑞鶴と妙高は、日本に向けて出発した。
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