修理

 一九五五年九月十七日、バハマ諸島、ドイツ海軍アルバトス島基地。


 天弐号作戦を終えてバハマに帰還した月虹は、高雄とグラーフ・ツェッペリンが大破し、修理を必要としていた。その相談の為にプリンツ・オイゲンとペーター・シュトラッサーが遥々ここまで飛んで来ている。


「あらあら、随分と酷くやられたみたいね」


 傷だらけの高雄を前にして、プリンツ・オイゲンは挑発するように言った。後方の四番五番主砲に大穴が開けられている他にも、小さな損傷があちこちに残っている。


「わたくしの不徳の致すところです」

「いや、そういう精神論は興味ないんだけど」

「そ、それはその……」

「原因なんて何でもいいの。修理の相談よね?」

「はい。わたくしの修理に、ご協力頂けるのでしょうか?」

「そうねえ。主砲は修理できると思う?」

「不可能かと。取り替える他にありません」


 主砲塔は派手に壊れているし、当然砲身も歪んでいる。特に精密さが要求される砲身は交換する以外に選択肢はないし、砲塔も修理して使い続けるには無理がある。


「主砲の替えなら、私とザイドリッツのだけど幾らか備蓄があるわ」


 砲身というのは元より消耗品である。ものによるが、特に損傷を受けなくても数百発程度で交換が必要なものである。


「口径は同じでしょうが、ドイツ製では……」


 一般的に規格の違う主砲を同時に搭載するのは正気の沙汰ではない。それでは前弩級戦艦の時代に逆戻りである。


「贅沢言ってるんじゃないわよ」

「日本から輸入するなどは……」


 高雄はドイツ製の主砲を使うのがかなり嫌であった。


「日本は敵国なのよ。兵器を輸出してくれる訳がないじゃない」

「ですよね……」

「我慢しなさい。あなたくらいの船魄なら違う主砲でも制御できるでしょう?」

「分かりました。後は主砲塔ですが……」

「まあ修理できるなら最低限使えるくらいまで何とかするけど、無理ならアトミラール・ヒッパー級の主砲塔にすげ替えるわ」

「はい……」


 高雄は溜息を吐いた。果たして主砲の半分がドイツ製の軍艦は日本の軍艦と呼んでいいのだろうかと。その後、ドイツ側の技術者が詳しく状態を検査し、主砲塔はいずれも交換が妥当と判断された。


 ○


 同刻。グラーフ・ツェッペリンもペーター・シュトラッサーと修理の相談をしていた。


「クソッ。どうして私がこんな馬鹿の世話をしなければならんのだ」


 シュトラッサーはツェッペリンと顔を合わせて早々に悪態をつく。修理の話は何処へやら。


「我に仕えることができるのだ。光栄に思え、我が妹よ」

「貴様に仕えるだと? 貴様はまずドイツに仕えたらどうだ? そうしたら考えてやる」

「我が仕えるべき主は、我が総統マイン・フューラーただ一人である。二君は持たぬし、ゲッベルスのような小物に興味はない」

「二君は持たぬ、か。上手い言い訳を考えたものだな。無駄に口達者な奴め」


 アドルフ・ヒトラー総統は存命であるし、永世総統として政治の実権は手放したものの今でも総統である。


「口先だけだと思うな。我が忠誠は永遠に、我が総統にしか向けられぬ」

「まあいい。貴様などと話しているのは時間の無駄だ。とっとと本題に移るぞ」

「よかろう。我の飛行甲板の修理だが、そんな派手な工事もやってくれるのか?」

「貴様の嫌いなゲッベルスが、そこまで世話をするよう命じている」

「……それは不愉快だが、構うまい。とっとと修理せよ。どれくらいかかる?」

「2、3ヶ月と言ったところだろうな。大した損傷ではないし」


 飛行甲板を損傷するのは空母にとって致命的な損害だが、修理するのは所詮一枚の板を直すだけである。大した手間はかからない。同型艦のお陰で部品も十分備蓄がある。


「分かった。なれば作業に取り掛かれ」

「別に私が作業をする訳ではない」

「なら作業員か何かに工事を始めさせよ」


 かくしてグラーフ・ツェッペリンも修理を受けるべく、2ヶ月程度バハマに留まらざるを得なくなったのである。


「しかし、いい加減にドイツに戻る気はないのか、貴様」


 シュトラッサーはやけに神妙な面持ちで言った。


「戻る気はないと何度も言っておろうが」

「ここだけの話だが、総統直属艦として働いてくれるだけでもいいと、ゲッベルスが言ってきた」

「何だそれは」

「隠居した総統の護衛に軍艦を付けているらしい。私も良くは知らんが」


 ヨーロッパ統合をついに成し遂げたアドルフ・ヒトラー総統はヨーロッパ史上最も重要な人物である。故に護衛として軍艦までもが割り当てられているのだ。


「お前はゲッベルスが嫌いなんだろう? だったら総統直属として働けばいいんじゃないか?」

「やけに親切だな」

「別に、そう伝えるように言われただけだ。でどうなんだ?」


 ツェッペリンは少し逡巡する。だが答えを出すまでそう時間は掛からなかった。


「断る。どの道ゲッベルスの馬鹿が居座っているドイツになどいたくはない」

「総統直属艦は軍と指揮系統が完全に離れているそうだが、それでもか?」

「それでもだ。我がドイツに戻る時は、我が総統が再び指導者になった時だけだ」

「今更恥ずかしくて戻れないだけじゃないのか?」

「そ、そんな訳があるか! 馬鹿者!」

「まあいい。ドイツ海軍は貴様などがいなくても十分間に合っている」

「我の知ったことではないな」


 グラーフ・ツェッペリンは今後ともドイツに戻るつもりなどなかった。

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