日本の対応

 一九五五年九月十七日、プエルト・リモン鎮守府、長門の執務室。


「何? 瑞鶴と妙高がパナマに向かっているだと?」

「然り。目的は不明」


 信濃は長門に瑞鶴達の行動を報告した。いかなる勢力であろうと、帝国海軍の勢力圏内での行動は、帝国空軍が飛ばしている富嶽の偵察で筒抜けである。


「パナマに向かっているというのは確実なのか?」

「現状はパナマに向けた針路を取っているが、目的地などは分かる筈もない」

「それもそうだな。しかし、目的地など3つくらいしか候補はない。パナマ運河を目指しているか、我々を襲撃する気か、或いは第六・第七艦隊を襲撃する気かだろう」

「襲撃するとも限らぬとは思うが、たったの2隻ではどの艦隊を相手取るのも不可能では?」


 第五艦隊は以前と比べかなり増強されているし、第六艦隊にも第七艦隊が合流して戦力は倍増している。いくら瑞鶴とて喧嘩を売るのは不可能だろう。


「ではやはり、パナマ運河を突破するつもりか」

「恐らく」

「パナマを越えれば……その先にあるのはハワイか、帝国本土か」

「帝国本土まで行くなど甚だ非現実的。ハワイ襲撃くらいが関の山では?」

「そうだな。とは言えハワイをわざわざ襲う理由など考えられないが……」

「理由などどうでもよかろう。問題はそれを阻止するべきかどうかだ」

「私達でそれを判断することはできない。連合艦隊の判断を仰いでおいてくれ」

「任された」


 信濃はGF長官に指示を求めた。長官からは今少し待たれよとの返信があった。軍令部と相談してから決めるらしい。


 ○


 一九五五年九月十七日、東京都麹町区、明治宮殿。


 同刻。瑞鶴の不穏な動きを受け、御前会議の議題は急遽それに変更された。


「瑞鶴は何がしたいのだろうね? たったこれだけの戦力では、何もできはしないと思うが」


 石橋首相は瑞鶴の意図を読みかねた。まさか帝国本土、つまりこここそが目的地であるとは、誰も思わないのである。それに対して神軍令部総長は応える。


「瑞鶴の目的がなんであれこの状況は歓迎すべきかと」

「と言うと?」

「パナマ運河を越えさせてしまえばグラーフ・ツェッペリンと合流することは不可能となり敵の戦力は半減します。これなら十分に対処することが可能です」

「なるほど。太平洋で瑞鶴を捕獲しようという訳か」

「はい」

「しかし、彼女らがどこに向かう気なのか分からないのに大丈夫か? 南米などはガラ空きじゃないか」


 チリの第七艦隊をカリブ海に移動させ、第五艦隊が抜けた穴を埋めている。南米ので瑞鶴に対抗し得る戦力は存在しないのである。


「南米などに瑞鶴の欲するものがあるとは思えませんが、その場合はすぐにハワイ艦隊か第三艦隊を向かわせます。いや、もう第三艦隊を向かわせておくことにしましよう」

「分かった。では取り敢えず、パナマ運河を越えるまでは瑞鶴を無視、ということでいいかな?」

「そのように対応します」


 少なくとも第五艦隊などが動く必要はないと大本営政府連絡会議は判断した。


「しかし、本当に何がしたいのだろうね。岡本中将は何か心当たりはあるか?」

「さて、私には分かりません。もう何年も前に生き別れた娘が考えていることなど」

「そうか。まあいい。その時はその時で考えよう。それよりも、アメリカ軍が大規模な増派を考えているというのは本当なのかね?」

「間違いないでしょうね。ざっと10万人は追加で送り込むつもりかと思われます」


 武藤参謀総長は答えた。瑞鶴がニューヨークを空襲して以来、アメリカは焦っているのだ。空襲の効果が皆無だったというのは間違いだ。


「キューバが負けるのは論外だぞ?」

「無論です。陸軍としては更に支援を拡充するつもりですよ」

「支援だけ、か……」

「アメリカ相手に戦争できるなら喜んで大部隊を送り込みますがね。それはダメなんでしょう?」

「当たり前だ。世界大戦を再来させる訳にはいかん」

「はぁ。アメリカなど一思いに滅ぼしてしまえばよいと思いますがね」

「アメリカが滅びるのはドイツが許さない。ドイツと戦争になることが問題なのですよ」


 重光外務大臣は言った。


「そんなことは分かってる。馬鹿にしないで欲しいものだね」


 結局のところ、日本がやることは変わらないのである。


 ○


 さて翌日、長門に電報が届いた。


「誰からだ?」

「GF長官だな」

「何と?」

「瑞鶴に手出しする必要はなし。パナマ運河を渡らせてやれとのことだ」

「なるほど。奴らが勝手に分断されるのならば、それに任せよということか」

「そ、そういうことか……」

「しかしよかった。長門に無理をさせずにすむ」

「私は別に出撃しようと思えばいつでもできるが……」

「強がる必要はない。我とそなたの仲なれば」

「ああ。そうだな」


 と、その時であった。執務室の扉が叩かれる。大鳳であった。長門は大鳳をすぐ入らせた。


「どうした?」

「あ、あの……哨戒で発見しちゃったんですけど、何かソ連艦隊が南に向かってます。私達の前を横切って」

「ソ連だと? 詳しく教えてくれ」

「あ、はい」


 どうやらソ連軍はグラーフ・ツェッペリンと瑞鶴が離れた今こそ彼女を捕獲する好機だと踏んだらしい。

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