終戦

「お前、マッカーサーか……?」


 階段を上って来た、コーンパイプを吹かせて軍服をずぼらに着た男。それは日本との戦争を長年に渡って指導してきた男、ダグラス・マッカーサーその人だった。


「その通り。まったく、俺も随分と甘くなったものだ」

「ち、近づくな!」


 瑞鶴は二式拳銃をマッカーサー大将に向けたが、彼は全く怯まず、エンタープライズの亡骸に歩み寄る。そして静かに彼女の目を閉じた。


「こいつは悪い夢を見ていたんだ。だから、それから覚ましてくれたお前には感謝してる」

「悪い夢……そう。でも私は、日本人としてお前を殺す。殺さなければならない」


 マッカーサー大将はアメリカ軍の総帥。それが目の前にいるのならば、殺す以外の選択肢はない。瑞鶴は改めてマッカーサー大将に狙いを定めた。


「下手な構えだ。そんなんじゃ相手にくっつけでもしないと当たらないぞ」

「……だったら、そうして殺す」


 瑞鶴はマッカーサーに銃口を向けがらじりじり近寄るが、マッカーサー大将は小馬鹿にしたような表情を全く変えない。


「まあいいさ。俺は人を殺し過ぎた。その罪を贖って、殺されてもいい。だが俺を殺すのは、恐らくお前にとっての利益にはならないぞ?」

「どういう意味だ?」

「俺はこれから、今にも死にそうなのに何故か生きてるルーズベルト大統領を殺しに行こうと思う。そうすればこの戦争は終わるだろうからな」

「どうしてそんな必要がある?」

「俺もアメリカ人として、ちょっとは良心が残っているんだ。だからあの狂人を殺す義務がある。信じるか?」

「…………」


 彼が嘘を吐いているようには見えなかった。それに、アメリカにもう船魄はいない。仮にマッカーサー大将がまるっきりの嘘を吐いていたとしても大した脅威にはならないだろう。だから瑞鶴はこの男の言葉を信じておくことにした。


「分かった。その言葉、忘れないことね」

「俺は記憶力がいいんだ。忘れはしないさ。さて、船魄を失って、エンタープライズはもうじき沈むだろう。君もすぐに脱出したまえ。さらばだ」

「あ、ちょ……」


 マッカーサー大将はパイプを吹かしながら歩き去り、ボロボロの内火艇に乗ってどこかへと去った。瑞鶴はいつの間にか死ぬ気をなくし、自身の艦に戻った。船魄を失ったエンタープライズはダメージコントロールを喪失し、あっという間に海底に沈んでいく。そうして瑞鶴だけが真珠湾の目の前に残されたのであった。


 連合艦隊は空っぽの真珠湾を制圧し、阿南大将率いる陸軍第八方面軍がハワイを制圧した。アメリカ軍はアジア侵攻の前哨基地を全て失い、再びアジアへ進出する可能性は潰えたのである。


 ○


 一九四六年四月七日、アメリカ大統領官邸ホワイトハウス。


 エンタープライズを失ったアメリカ海軍には、瑞鶴や新造された長門などの船魄に対して為す術はなかった。新しい船魄を生み出そうとする試みは、何故か全て失敗していた。


 アメリカ軍は全ての植民地を喪失してもなお有り余る国力を最大限に活用し、特攻機を中心とした防戦を行うも、西海岸に大量の日本兵の上陸を許し、サンフランシスコやロサンゼルスといった主要都市を奪われ、国内では厭戦の空気が蔓延している。イギリスやフランスといった同盟国はドイツに降伏し、ソ連はアメリカを裏切ってアラスカに侵攻していた。


 そんな絶望的な状況のある日、ホワイトハウスの周辺は妙に騒がしく、喧騒に満たされていた。


「何だ? 暴動かね?」

「いいえ、大統領閣下。これは革命です」


 マッカーサー大将は大統領の目の前で煙草を吹かしながら、何食わぬ顔で言った。


「ダグラス、君は何を言っているんだ?」

「言葉通りです。間もなくホワイトハウスは怒れる民衆の手に制圧され、閣下は捕まるか殺されるでしょう」

「どうして君が、そう断言できるのだ」

「そりゃあ私が彼らを扇動しましたからね」

「はは……ふはははは! そうか! 裏切ったのか!!」

「そうですよ、大統領閣下。ご感想は?」


 マッカーサー大将は勝ち誇った顔でルーズベルトに銃を向けた。だがルーズベルトは、怯えることも焦ることもなかった。それどころかマッカーサーに拍手を浴びせたのだ。


「何のつもりだ、貴様」

「いやはや、実に楽しい戦争だった。そしてそれに相応しい結末を用意してくれた君には、感謝しているのだよ」

「楽しい、だと?」

「何か疑問があるのかね? 戦争は最上の娯楽じゃないか。古来より、パンと戦争を人民に与えるのが指導者の仕事だろう?」

「貴様……。連れていけ! とっとと処刑するぞ!」


 戦争は終わった。アメリカ合衆国の歴史上最長の任期だったルーズベルト大統領は民衆の手で引きずり降ろされ、史上初の処刑されたアメリカ大統領となった。マッカーサー大将は自ら臨時大統領となることを宣言し、枢軸国との交渉を開始した。


 日独ソ米の四大国は妥協に妥協を重ねた京都平和条約を締結し、戦争に幕引きを図った。この時の、尊敬と嫌悪の混じった複雑な笑みを浮かべながら握手をするヒトラー総統とスターリン書記長の写真は、世界的に有名である。


 戦後、互いに壊滅的な損害を被ったドイツ国とソビエト連邦、勝手に戦争を仕掛け勝手に負けた愚か者とされ国際的な影響力を失ったアメリカ合衆国に代わり、大日本帝国が最大の超大国としての地位を確立したのであった。


 だが平和は所詮戦争の幕間に過ぎない。世界から戦争が絶えることはない。人類史が始まってから一度とて、この地上から殺し合いが絶えた日はないのだ。そしてこれからも未来永劫、その日は訪れないだろう。

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