CV-6

『瑞鶴、どうするの……? もう私達には艦載機も……』


 艦載機は全て墜落するか特攻に使い切った。瑞鶴に残されたのは、半分以上が破壊された対空砲くらいである。


「こうなったら、私が奴に特攻するしかないわ」

『……本当にやるのね、瑞鶴』

「ええ。例え私が死んでも、あいつだけは殺してみせる」

『いいですよ、その意気です。私の艦載機も、もうありません。殺しに来てください!』

「やってやる! くたばれ!!」


 エンタープライズに罵詈雑言を叩きつけて、瑞鶴は翔鶴と共にエンタープライズに突っ込んだ。艦と艦が火花を上げてぶち当たる。互いの装甲が互いにのめり込み、鉄屑が雨のように海面に投げ出された。


『お姉ちゃんも行くわ!』

「……お願い!」


 翔鶴はエンタープライズの反対側から体当たりし、五航戦の姉妹はエンタープライズを完全に挟み込む格好となった。そして三者共に疲れ果てたのか、絡み合った艦は全て静止してしまった。


『瑞鶴、ここからは……?』

「私が艦橋に乗り込んで、奴を殺すわ」


 最後はエンタープライズの船魄を殺す。瑞鶴はそう決めていた。


「行くのか。なら、これを持っていけ。最新式だぞ」


 岡本大佐は瑞鶴の意図を理解すると、彼女に二式拳銃を差し出した。


「あ、そう。ありがとう」

「まったく、銃の一つも持たずに殴り込みに行こうとしていたのか?」

「え、ええ、まあ」

「しかし、君一人だけで行く気か? いくらなんでも危険過ぎはしないか?」


 貝塚艦長が瑞鶴を止める。エンタープライズに敵兵が何人いるか分からない。


「いいえ、その心配は要らないわ。あの中に人間はほぼいない。人間の気配は感じ取れるの」

「そうなのか。ならば、やりたいようにするといい」


 これは岡本大佐も知らなかった。


『瑞鶴、私も一緒に行くわ』

「分かった」


 瑞鶴と翔鶴は艦橋を離れ、エンタープライズに乗り込んだ。なお念のため、その少し後に瑞鶴の陸戦隊が乗り込んでいる。二人は酷く足場の悪い甲板を歩き、艦橋に入った。艦内は瑞鶴の感じた通り無人であり、人がいた空気感すら存在しない無機質な空間であった。


 艦橋へと続く階段を上る。途中に瑞鶴が開けた大穴があったが、最上層に辿り着くことができた。瑞鶴は岡本大佐から預かっていた二式拳銃を構え、艦橋に乗り込む。


「待っていましたよ、瑞鶴。ああ、思っていた通り、美しい体をしていますね……」

「お前……それが、お前の姿か」


 そこには目を背けたくなる姿をした白い髪の少女が座っていた。その体の至るところに血の滲んだ包帯が巻かれ、皮膚には何ヶ所も焼き焦げたような跡がある。少女は悲痛な笑顔を浮かべていた。


「この人が……?」

「間違いないわ。こいつが、エンタープライズ」

「おや? 誰と話しているんですか?」


 すぐ隣にいる翔鶴と話しているだけなのに、全く意図を読めない質問。


「は? お姉ちゃんと話しているけど?」

「ここには私とあなたしかいないではありませんか」

「お、お前、馬鹿か? お姉ちゃんが見えないとでも……?」


 瑞鶴の頭の中で何かがずれた気がした。いや、逆だ。これまでずれていた何かが、ピタリとあるべきところに嵌ったのだ。瑞鶴は恐る恐る横を見た。そこには困惑を浮かべた翔鶴がいた。


「お、お姉ちゃん……ちゃんと、ちゃんといるよね?」

「どういうことか分からないけど……私はここにいるわ」

「ああ、そうだよね。あいつの頭がおかしいだけで、そうだ、きっと私達を混乱させようと――」

「なるほど。まあ、同属の誼です。目を覚まさせてあげますよ」


 エンタープライズは拳銃を翔鶴に向けた。


「や、やめ――」


 瑞鶴が止めに入る間もなく、エンタープライズは引き金を引いた。そして弾丸は翔鶴を貫いて、その背後のガラスに命中した。


「お、お姉ちゃん……?」

「瑞鶴……私は……」


 翔鶴は血の一滴も垂らさなかった。何故なら、最初からそこにはいないのだから。


「嫌だ……そんな、私は、お姉ちゃんは――!」

「ようやく気付いたようですね。そう、あなたの姉はとっくの昔、一九四四年六月十九日に沈んだのですよ?」

「そんな……そんなこと……」

「ふふ、可哀そうな瑞鶴。これで正真正銘一人っきりになってしまいましたね」


 などと楽しそうに言い放つエンタープライズ。瑞鶴はこの女を今すぐ殺そうと決意した。


「お前も死ね」


 瑞鶴はエンタープライズの腹を三発撃ち抜いた。急所は外している。死ぬにはまだ暫くかかるだろう。


「ああ、痛い……これこそが、私の、痛みです。もっと、もっと殺して下さい……!」


 エンタープライズは撃ち抜かれた苦痛などまるで感じていないのように、心底楽しそうに笑う。


「……気持ち悪い。お前は何なんだ? 死にたいのか?」

「私、ですか? 私は、死にたいのに、誰も死なせてくれないんです。でも、艦載機を落としたら、死を味わえた。だから……戦いは大好きでした。でも、やはり、本当に死ねるなら、それが望み、です。だから瑞鶴、今すぐにその銃口を私の眉間に当てて、引き金を引いてください! さあ、早く!!」


 エンタープライズは血を吐きながら、狂気に包まれた声で叫んだ。


「……なら、死んでもらう」


 瑞鶴は彼女の悲痛な叫びに僅かに同情し、彼女の言う通り二式拳銃をその眉間に押し当てた。


「ああ……ありがとうございます、瑞鶴……」

「…………」


 乾いた銃声の響きはいつまでも残った。エンタープライズは死んだ。その死に顔は狂気とは遠く離れた穏やかものだった。


 大和、翔鶴、そしてエンタープライズ、守るべき人も倒すべき敵もいなくなった。瑞鶴は、この世界でたった一人の船魄となってしまった。そしてこの世界に存在している意味を、もう見出せなくなってしまっていた。


「大和とお姉ちゃんに、会えるなら……」


 エンタープライズを撃ち抜いた拳銃をこめかみに押し当てる。だが次の瞬間、無駄に格好付けた男の声が聞こえた。


「自殺は止めておけ。死ぬならもっと派手に死ね」

「誰だ!?」


 瑞鶴はすぐさま銃を構える。



エンタープライズ

https://kakuyomu.jp/users/sovetskijsoyuz/news/16818093074577685218

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