エンタープライズとの決戦

「………………どうして、どうして死んだの? 彼女の体には傷一つなかったのに!」

「君も理解しているはずだ。君達は艦の痛みを自ら感じることができる。であれば、艦が沈んだ――死んだ時は、船魄もまた死するのみであると」

「やっぱり、そうなの。それが艦を操る代償なのね」


 それは薄々感じていたことだった。ただ艦や艦載機を自分の思い通りに動かすだけが船魄ではないと。もっと深く、艦と船魄は繋がっていると。まるで、本当に彼女が艦の魂であるかのように。


『ああ、沈んじゃいましたね、大和。大切な人だったんですか?』


 その時再び頭の中に響く、挑発的でうざったい声。


「エンタープライズ…………」

『どうですか? 私が憎いですか?』

「ええ、もちろんよ。死なせてくれと懇願するまで苦しませてから殺してやるわ」

『あら、怖い怖い。さあ、私はもう艦載機をほとんど失って、護衛艦隊もあなたの大和もお陰で壊滅しました。どうぞ私を殺しに来てください!!』

「言われなくても、お前は殺すわ」


 瑞鶴は大和の亡骸を岡本大佐に託し、士官達に宣言する。


「これから私はエンタープライズを殺しに行く。ついて来たい奴だけついてくるといいわ」

「私は最後まで、君の行為を見届けねばならない」


 岡本大佐は当然瑞鶴に同行する。結局、貝塚艦長をはじめとして、負傷兵などを除いた全員が瑞鶴の無茶な攻撃に参加することにした。


『瑞鶴、あなた一人では行かせるわけにはいきません。私も一緒に行きます』

「お姉ちゃん……お姉ちゃんを危険の晒すわけには――」

『妹を危険に晒すわけにはいきません! それに、二人で行く方が生きて帰れる確率も上げるでしょう?』

「そう、ね。分かった。一緒に行こう」


 瑞鶴と翔鶴は第一部隊を背にしてハワイ真珠湾へと進撃する。


 ○


「第1任務部隊は全滅。ニミッツ提督は戦死した。俺達を守る第4群も、もうない」


 マッカーサー大将とエンタープライズは今や、真珠湾を背にして二人ぼっちだった。


「そうですか。それが何か問題でも?」

「お前は……いいや、何も問題はない」


 大将はそれだけ応えた。

「閣下、敵が来ますよ。私を殺してくれるかもしれない敵が……!」

「そうか。お前は好きに戦えばいい。俺は何も口出しはしないさ」


 エンタープライズは玩具を与えられた子供のように、酷く幼く楽しそうに見えた。


 ○


「あれが、エンタープライズ……」


 瑞鶴はついにエンタープライズの姿を捕捉した。全長253メートル、基準排水量二万一千トン、瑞鶴よりも一回り小柄なこの空母が、この2時間程度で連合艦隊を壊滅させ大和を沈めたのだ。その姿を認めると、瑞鶴の心はにわかに燃え上がった。


「沈めてやる!! この鬼畜が!!」

『瑞鶴、落ち着いて!』


 翔鶴の制止も聞かず、瑞鶴は残った艦載機を全力で発艦させ、エンタープライズを急襲する。だがエンタープライズに到達する前に、彼女の艦載機に阻まれた。


「まだいるのか!? 邪魔だ!」


 瑞鶴は戦闘機を振り払おうとする。だが不思議なことに、敵の方が道を開けた。瑞鶴は彗星を一気に押し出し、エンタープライズを沈めにかかる。彼女の意識からは、自らに迫る艦載機のことはすっかり抜け落ちていた。


『瑞鶴! 自分を守って!』


 翔鶴の警告で、迫りくる脅威に目がいった。瑞鶴は対空砲を全力で制御し、鉄の暴風を吹かせ迎撃する。しかし、エンタープライズの艦載機はことごとく特攻をしかけてきた。火のついた艦載機が10機ばかり、瑞鶴の飛行甲板に衝突し、飛行甲板を破壊し、格納庫を露出させる。


「あああああ!! 痛い!!!」

『瑞鶴!!』

「ダメージコントロール急げ!!」

「こ、この、程度……!」


 全身から汗を噴き出しながら、瑞鶴は痛みに耐える。エンタープライズを殺すことに比べれば、自分の痛みなど大したことではなかった。特攻を喰らいながら、損傷を制御し、全速前進する。


 瑞鶴の艦載機がエンタープライズに辿り着いた。接敵するや否や、エンタープライズは米空母特有の濃厚な対空砲火で瑞鶴の艦載機を近寄らせない。


「クソッ……近寄れない。だったら……」


 瑞鶴はゴクリと生唾を吞み、そして決心した。爆撃する暇も雷撃する暇もないのならば、こちらも特攻に訴えてくれようと。恐怖を怒りで掻き消しながら、瑞鶴は烈風、彗星、天山をエンタープライズに片っ端から突入させた。


「クソッ、痛い、痛い……」


 艦載機を特攻させる度に激しい痛みと死の空白が訪れる。だがエンタープライズの飛行甲板を吹き飛ばせるのと比べれば、大したことではなかった。 


『瑞鶴……お願いだから、無理をしないで……』

「お姉ちゃん、これは私の戦争よ」

『でも……』


 姉の心配を、瑞鶴は意に介さない。特攻機が数十機飛び交うも、船魄による非常に高度なダメージコントロールと防空によって、決着はまるでつかなかった。


 ○


「飛行甲板はもう使い物にならないようだな」

「はい。もう私は空母としては死んだも同然です。うふふ」


 瑞鶴と互いに特攻を繰り返し、エンタープライズの飛行甲板は粉々に砕かれ、最早空母の体をなしていなかった。だが、浮かんでいるのが不思議なほどの激しい損傷に、エンタープライズは愉悦を感じていた。


「ああ、来ましたよ、彼女が」

「そうか。あれが俺達の敵、瑞鶴か」


 水平線から姿を現した、エンタープライズに負けず劣らずボロボロの艦。それこそがマッカーサー大将とエンタープライズが戦っていた敵、瑞鶴であった。


「ああ、私の愛すべき宿敵、私を痛めつけて殺してくれるお方……」


 エンタープライズは最大の敵を目の前にして、ただただ歓喜するのだった。

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