最後の輝き
「大和! もうやめて! 死んでしまう!」
『なんの、これしき……っ……また、敵の艦載機が……』
まだ敵機は全滅していなかった。大和に向かって50機の攻撃機が接近する。
「私が全て落とすわ! 大和、耐えて!」
『瑞鶴、今度こそ一機も通しませんよ!』
「言われなくても!!」
瑞鶴と翔鶴は全力で烈風を操作し、アメリカの攻撃機を迎撃する。だが敵の自殺まがいの突撃を完全に阻止することはできなかった。
「瑞鶴、大和に敵機が突っ込んでいるぞ!」
「クッ……止められない……」
エンジンから火を吹いた攻撃機が、真正面から大和に突っ込んだ。それは大和の第一砲塔に激突すると大爆発を起こした。
「特攻か。船魄がその手段を選ぶとは」
「大和、大丈夫!?」
『や、大和は何とか……。第一砲塔はもう使えなさそうですが、あはは……』
と、その時であった。
『ふふふ。特攻とはとても効果的ですね。楽しくて効率的なんて、最高じゃないですか』
瑞鶴の頭の中に狂気じみた少女の声が響いた。その声はどうやら岡本大佐らにも聞こえているらしい。
「誰だ!」
瑞鶴は反射的に叫んだ。瑞鶴の声は未知の声の主に届いたらしい。
『私はアメリカのエンタープライズ。あなた方と今まさに戦っている空母です』
「エンタープライズ……まだ生き残っていたのか」
「貴様が……貴様が大和を!」
『ええ、そうですよ。でもなかなか沈まなくて退屈です』
「大和は沈ませない!」
瑞鶴は限界まで意識を集中させ、艦載機の動きに神経を尖らせる。ただでさえ改造された艦載機を更に酷使して、エンタープライズが放った攻撃機群を落とし切った。
『あらあら。落とされてしまいました。でも、まだまだ私の艦載機は残っていますよ?』
「クソッ。何なんだ、お前!」
『私はエンタープライズ。それ以上でもそれ以下でもありません』
エンタープライズから放たれる更に40機の編隊。瑞鶴にはもうそれを迎撃する体力は残されていなかった。エンタープライズの底なしの体力と精神力に、連合艦隊は追い詰められていた。
「お姉ちゃんは?」
『私も、ちょっと、きついかも……』
「ダメだ……! 大和を守ら、ない、と……」
緊張を維持するのが限界に達したのか、瑞鶴は意識が朦朧として倒れ込んでしまった。
「瑞鶴、今は休むんだ」
「でも、大和が……」
「君には生きてもらわないと困る。それが大和の望むことだ」
「でも……!」
大和は敵機の攻撃を全身に浴びながら砲撃を続けている。アメリカの戦艦はもう壊滅させたが、大和も今にも沈んでしまいそうだ。
『瑞鶴さん、翔鶴さん、大和はきっとこうなる運命だったのです』
敵機が接近する。瑞鶴は最後の力を振り絞って迎撃を試みるが、自分の思考に体が付いていかない。そして、エンタープライズは容赦なく魚雷を放った。一気に至近距離で30本以上の魚雷が放たれ、戦艦達の船底を粉砕する。
「日向、総員退艦とのこと!」
「長門も大破、動力喪失しました!」
「大和!!」
『ず、瑞鶴、さん……大和は……』
大和は左舷に10本以上の魚雷を喰らい、艦体が大きく左に傾き始めた。大和もまた総員退艦の命令が出され、兵士達が海に次々と飛び込む。
「あれでは、流石に船魄でも持たないか……」
「岡本大佐! 何とかして!」
「大和、彼女だけでも助け出すことができれば、或いは……」
「じゃあ助けに行くわ!」
「いや、待て。君がここを離れるな。大和は有賀艦長が助け出してきてくれるだろう。君は敵を少しでも落とせ」
「…………分かった」
生き残った者は残存艦艇や辛うじて浮かんでいる長門に収容されていく。大和はどんどん傾いていき、主砲が勝手に左に旋回し始めると、堰を切ったようにひっくり返っていった。
「大佐殿、戦艦大和が……」
「そうか。であれば、彼女も」
平静を装いつつも、岡本大佐は握りしめた拳を震わせていた。完全に転覆し赤色の船底を晒した大和は、そのまま静かに沈んでいく。
そうこうしているうちに船魄の大和は無事に瑞鶴に搬送され、船魄の瑞鶴は士官室の彼女の許に真っ先に駆けつけた。大和は簡素なベッドに横たわって目を閉じていた。
「大和? 大和、起きて!!」
「瑞鶴、さん……?」
大和は目を開くが、その視線は定まらず、ぼんやりと天井を向いていた。
「あれ……? 瑞鶴さんの、声は、聞こえるのに……姿が、見えません……」
「私はここにいる!」
瑞鶴は大和の手を強く握った。大和はほんの少しだけその手を握り返した。
「瑞鶴、さん、敵は、どうなりましたか……?」
「っ……」
大和はもう助からない。瑞鶴は心の奥では分かっていた。船魄の本能が、そう告げているのだ。
「私達、勝ったわ。アメリカ艦隊は殲滅して、後は、誰もいないハワイを取るだけだよ」
「よかった……です…………」
大和の瞼はゆっくりと落ちていく。
「大和! ねえ、呉に帰りましょう? 一緒に帰って、一緒に訓練して、あなたともっと、話したいの……だからっ!」
「瑞鶴、さん……ありがとう、ございました…………」
最期に弱弱しく笑顔を浮かべると大和の手は瑞鶴の手の中から崩れ落ちた。
「大和……? 大和!!」
「諦めろ、瑞鶴。大和はもう、死んだのだ。彼女の体と共に」
岡本大佐がそう宣告する声も、瑞鶴には届いていないようだった。彼女はただ大和の亡骸を見つめて、石膏像のように固まっていた。
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