第31話 終わらない今日
「おねえ、いい?」
「はいよー」
お風呂を上がって、ベッドに寝転んで疲れを癒していると陽子がやってきた。話をするって言ってたけど、まあ告白後追い出したフォローは終わったわけだし、付き合いたての雰囲気でのんびり話したいって言うだけだろう。
「ん……」
寝ころんだまま迎えると、入ってきた陽子はどこかもじもじしていてドアを閉めたまま立っている。恋人の部屋にくることに照れているのだろうか。そう思うと本当に、年相応の可愛らしさを感じてほっこりする。起き上がってお尻をずらして壁にもたれつつ、手招きしてベッドに腰かけさせる。
「じゃ、のんびりお話しよっか」
「う、うん。えへへ。おねえ、積極的だね」
「ん?」
お話するのに積極的って、そんな今まで陽子のこと拒否してたっけ?
うーん? まあ、今までは急になに言い出すかわからなかったし? でもいまは一回満足させたし、お風呂にはいってリフレッシュしてるだろうし、さすがに心配はないだろうし? とりあえず今日のところは全面的に謝っとこ。
「そうかな、ごめん。陽子と気楽にお話するのは嫌いじゃないからね」
「んっ、き、気楽に。そうだよね。へへ。こ、恋人だし、気楽にしていいんだよねっ」
「うん……?」
陽子ははにかみながらパジャマの裾をぎゅっと握った。照れているのは可愛いとは思うけど、何と言うか、熱量というか、目の湿度高めというか、反応がおかしくない?
と思いながら相槌をうつ私に、陽子はニコッと笑いながらゆっくり前開きのボタンをはずしていく。
「ちょ、ちょちょちょ、何してんの」
「え? お、お話するって」
「お話って隠語じゃないんだけど!?」
お話=セックスのつもりだったとか、ひっかけ問題かよ。この時の話者の気持ちを読めるか。
「ええ? だって、あんな中途半端なところでやめるとかありえないじゃんか」
「普通に陽子いってたでしょ」
「一回だけじゃん!」
十分では? 確かに普段は何回するんだよってくらいだったけど、言っても恋人になったばかりで当日にどこまでする気なんだよ。確かに普通にね、すでにやっちゃってるから、普通のカップルよりは心理的ハードル低いけどさ。
恋人になってからの初めてをそんな毎日のルーティンの流れ作業のようにしようとするなよ。
「お風呂があるから我慢したんだよ? いいじゃんか」
「そんなこと言ってお風呂でもしたんじゃないの?」
「し、したけどさ。でも、自分でするのとおねえにしてもらうのは全然別だから。それぞれにいいところがあるって言うか。しゃーないじゃん。お風呂あがったらおねえとするって思ってたんだからっ」
冗談半分の質問だったけど、そこは素直に答えるのか。と言うか、まじで陽子って性欲が無尽蔵すぎるでしょ。恐いんですけど。
つか、階下に親がいること分かってない? まあ、一人でさせたりはしてたし、その辺感覚麻痺してるのかな。
「じゃあ、見ててあげるからしていいよ」
「だーかーら、一人とじゃ違うの! 私は、おねえにしてほしいの!」
「大きな声を出すな馬鹿!」
結構普通に譲歩しているはずなのにめっちゃ不満そうに大声だされ、慌ててその口をふさぐ。してほしいとか大声で言うんじゃないよ。本当に親にばれたらやばいって危機感持ってる?
「手をつかったら陽子の口を塞げないんだから、無理言わないの。別に嫌とかもうしないって言ってないんだから、親いる時は普通に我慢してよ」
「んー」
眉をよせつつ小さく唸りながら、首を振って手を離せと主張してくる。手でひっつかんで離させないだけ、まだ理性的だと主張してるのかな? このままでいても仕方ないので手を離す。
「ちょっと待ってて」
「はん?」
陽子ははずした二つのボタンをまた留めながら立ち上がり、首を傾げる私にかまわず部屋を出ていった。乱暴にドアが閉まり、そのままばたばたと階段をおりてあがってくる音がして、すぐに戻ってきてノックもなしにドアが開いた。
「お待たせ! はい、おねえ!」
「ん? え、なに?」
元気よく渡されたガムテープを受け取る。なにこのガムテープ。使いかけのどこにでも売ってそうなやつ。今ガムテープいる話なんてしてないよね?
陽子はぴょんとベッドに四つん這いに飛び乗るように乗り上がって、私の足元から顔を向けてくる。
「えへへ。これで私の口を塞いでくれたら問題ないよね」
「……」
このガムテープで陽子の口を塞ぐ? なるほど確かに声は出ないね、って、私は誘拐犯か! 絵面に問題しかないだろ! 何を笑顔で人を犯罪者にしようとしてるんだよ!
と心に浮かんだけどお口チャックする。落ち着け、私。こいつは仮にも私の恋人になったばかりの女の子。浮かれてしまうのも仕方ないだろう。私といちゃいちゃすることしか頭になくて客観視ができないなんて、可愛いだろう。うん。
と言うことでここは穏便に、いやいやー、それは客観的に変だよ、落ち着こうと諭すのだ。
「あのさ、そんなSMじゃないんだから」
「え、SMって……お、おねえがしたいなら、その、手首をしばってもいいけど。あ、先に服を脱いだ方がいいよね? 足首もしばるなら、全部脱いだ方がいいよね」
「いいわけねぇんだよ。おい待て待て待てぃ!」
止めてるのに普通に服を脱ごうとするなパジャマもう前全部開いてるじゃん見えてるしもうびんびんだし興奮しすぎなんだよ!
ガムテープを放ってその両手を掴んで万歳させてなんとか止めたけど、陽子はもう頬を紅潮させて目を潤ませてるし、いや、もう、だから、そういうところがさ、そりゃあ小梅と同じ対応にはならないよ。
「おねえぇ……どうしても、駄目なの?」
そう懇願する陽子は体をもじもじさせていた、本当にもう体がうずいているんだろう。変態中学生。どスケベすぎるだろ。そう頭の中に罵倒が流れるけど、残念なことに私にも同じ血が流れているわけで、半裸の陽子と向かい合って、そんな目でじっと見られて、何とも思わないなら、恋人にしようなんて結論は出さないわけで。
「……唇、中にいれて、んってしろ。唇に粘着面ついたら痛いでしょ」
「! ん!」
「うっさい。声、出ないように自分でも注意するんだよ」
きらきらした、純粋にも見えるほど目を輝かせながら口を閉じて顔を突き出す陽子の間抜け顔に、私はちょっとぞくぞくしてしまうのを自覚しながら、陽子の口を塞ぐのだった。
○
ブブブブー
「!」
{!?}
佳境を乗り越え、陽子もぐったりするほど満足したし、私も一回満足したからいいかなって感じで、陽子の顔に手をのばしたところでベッド脇に置いておいた私のスマホが激しく振動しはじめ、二人してはっと動きをとめた。
「……」
一瞬顔を見合わせてスマホをとる。案の定というか、小梅だった。やっべ、小梅にはキスもって我慢させたから申し訳ない、と考えてから思い出したのだけど、こうちゃんの音切るの忘れてた。普通より小さい声しかないから聞こえてないとは思うけど、その前は入っているわけで、完全にしていることはばれる。
もちろん、存在を知っているのだから今から音を消すことはできる。できるけど、それしたらしたで、してましたって言ってるみたいなもんじゃん? つんだわ。
「……はいはーい」
「んん!?」
私が通話にでたことびびっくりして声をあげる陽子に、人差し指をたてて眉をしかめて、声に出さずに静かにと伝える。陽子ははっとまだ縛ってる手首をそのままに拳を口元にあてて神妙な顔になった。
『はい、朝日先輩。夕方ぶりです。うふふ。あ、今大丈夫ですか? 今日は午後譲ってもらいましたし、もしかして陽子ちゃんとお話してるとこでした?』
「うーん、まあ……」
陽子の声に思わず黙らせてしまったけど、通話にでたのは、隠しても仕方ないので先にばらしてしまおうと思ったからだ。そして宣言したうえで音声を消した方がまだましだ。こそこそしているとか、隠し事をしていると思われたくない。
陽子にも言ったけど、私は小梅と陽子を平等に恋人として接するつもりなのだから、内緒にするのは違う。
『? えっと、お話していたけれど、もう終わるところだった、とかですかね? 陽子ちゃんまだ中学一年生ですから、そろそろお休みの時間ですかね?』
「まあほぼ当たりなんだけど、ごめん。家族がいるしってことで、今日キスしなかったけど、ちょっと、陽子とえっちなことしてた。差をつけるつもりなかったんだけど、ごめんね」
『え? ……え、そ、それはあの、私、どういう反応をすればいいんでしょうか』
怒ってもいいはずの内容に、小梅はきょとんとしてから戸惑ったような声でそう尋ねてきた。でもその反応こそ、私の罪悪感を刺激してめちゃくちゃ申し訳なくてつい言い訳を探してしまう。
「でも、あの、ほんと、陽子が口にガムテープつけてでもしたいってことでつい負けちゃったんだ」
「んんんん!? ちょっと! 何で言うんだよ! 私が変態に思われるだろうが!」
陽子が口元のガムテープをはがして横から文句を言ってくるし大きい声だから聞こえているかもしれないけど、いったんスルーする。
隣で何か言いたげな陽子に背中をむけると、私につかみかかったり声をあげたりすることはなかった。小梅との会話を見守ってくれるつもりのようだ。ごめんね、陽子。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます