第30話 陽子へのフォロー

 小梅が帰宅してすぐに晩御飯によばれた。帰るのがちょっと遅いくらいだったね。小梅はこれから自分で晩御飯を作るんだと思うと、ちょっと申し訳ないなぁと思いながら食卓についた。


「朝日、さっきのお嬢さんだけど」

「ん? なに?」

「あんたの恋人なのよね?」

「……んなこと言ったっけ?」


 ご飯を食べているととんでもないことを聞かれた。いや、とんでもないって言うか、事実ではあるけど、そんなの一言も言ってないのに。何この母親は。てか仮に察したとしてもこっちから言い出すまで黙ってろよ。


「言ってないけど、帰り送ってたし、友達の雰囲気じゃなかったじゃん」


 玄関口まで見送っただけで察するとか、親の洞察力恐いな。んー、過去友人が来たときは部屋から出ずに勝手に返してたし、妥当なのか? いや、でも、小梅を一人にするのは怖くない? 流れ的に離れにくかったのもあるけど。


「まあ、はい。そうだよ。恋人恋人」

「やっぱり! えー、可愛い子じゃん。あんたに恋人ができるなんて、おかーさん嬉しい!」

「そんなに可愛い子だったのか?」

「お父さん、セクハラよ」

「え、お母さん、それはひどくないか?」

「お父さんが私以外の人に可愛いって言うのはセクハラよ」

「聞いただけなのに……」


 お父さんの何気ない疑問で話題がそれた。あと陽子は私を睨み付けるのやめなさい。まあ口をだしてこないだけ、親に私と陽子も恋人だよ、などとバラす気がないってことだからいいんだけど。そこだけは本当に頼むぞ、陽子。


「ごちそーさま」


 これ以上突っ込まれないよう手早くご飯を食べて席をたった。お風呂をセットして、あとは食休みだ。部屋に戻ろう。陽子のこともフォローするつもりはあるけど、お風呂入って落ち着いてからのほうがいいでしょ。


「おねえ」

「ん? なに?」

「ちょっと話があんだけど」

「いいけど、お風呂行くまででいいの? 後でもいいけど」

「今も後も話すの」


 陽子が付いてきたけど、自分の部屋の前に来たときに小梅の盗聴器を思い出す。真面目な話なら、小梅の耳はない方がいいよね。


「じゃ、陽子の部屋で話そうか」

「え? まあいいけど」


 陽子の部屋に移動する。馴染んだ部屋だ。先導する陽子はどすんとやや乱暴に自分のベッドに腰かけたので、私は陽子の学習机の椅子を引いて座る。


「……なんで隣に座ってくんないの?」

「え? はいはい」


 何にも考えてなかったけど、無意識に警戒していた。もう恋人だし、別に警戒する必要ないっちゃないけど、でもそれおいておいても、陽子って手が早いし。でもまあ、恋人を疑うのはよくないよね。


 私は言われるまま陽子の隣に座った。


「ん!」

「え? ど、どうしたの? 陽子?」


 すると突然抱き着かれた。横合いから脇の下を狙うように肘後ろから腕を差し込まれ、胸元まで頭を押し付ける様にしてぎゅっとホールドされている。動揺する私に、陽子は下からぎっと睨み付けてくる。


「どうしたもこうしたも、恋人になったのに、抱き着いたら駄目なのかよ」

「いや、そうじゃないけど。えっと、ごめん。でもそうじゃなくて、急だったし」


 恋人の抱擁にどうしたって質問するのは確かに無粋だったかもしれない。でもだって、なんかすごいさっきからずっとむっとした顔だったし、不審さだって感じちゃうでしょ。

 とは言え、言い訳だ。ここは真心をこめて機嫌を取らないといけないだろう。私は空気をかえるため、陽子の肩をガッと掴み一度離させ、膝の下に手を入れて足を引き寄せて膝の上に陽子を乗せて抱っこした。


「告白に応えてくれたのに、部屋を追い出したのは仕方ないとはいえ、悪かったと思ってるよ。ごめんね。二人ともを選ぶような私を諦めずに、それでも恋人になってくれてありがとう。陽子、好きだよ」

「っ~!! お、おねえはさぁ! ほんと、ずっこいなぁ!」

「なにそれ」

「もう、もう! ……好きってこと!」


 何故か怒られた、と思ったけど好きの表現だったらしい。顔が普通に怒ってるんだよね。わかりにくい。まあ、これが不器用すぎる愛情表現だと思えば、それはそれで可愛いんだけど。

 陽子はぐりぐりと私の肩口に頭をこすりつけるようにして抱き着いてきた。小梅と違っていかにも、ひしっ、と言う音が似合うギャグっぽい感じだけど、まあそれだけ必死な程私が好きなんだろう。ぽんぽんと背中を叩いてなだめる。


「うー、好きだし、許すけどさぁ。でもさ、さっきだってさ、ひどくない? お母さんに、恋人って言うとか。私って言う、恋人の前で」


 陽子は私に擦りついてにんまりと一度笑顔になってから、慌てたように怒ってますと言わんばかりにまた眉をしかめてそう文句を言ってくる。どうやらこれだけでご機嫌、全部解決、とはしてくれないらしい。


「それはでも、事実だし」

「わかってるけど! 親には言えないってのもわかってるよ! どーせ、私は死ぬまでひかげのおんななんでしょ!」

「そう言う言葉どこで覚えるの」


 日陰者って言う言葉あるけど、なにそのフレーズ風に言うの。どこから拾ってきた。


「私のこと、馬鹿だと思ってるでしょ」

「そうじゃないけど。でもまあ、確かに親には言えないよ。言ったら逆に離れ離れにされるよ、いいの?」

「よくない。私だってそのくらいわかってるもん。結婚だってできないし、小梅さんと結婚して、私は愛人なんでしょ」


 わかってる、と言いながらもやっぱり不満そうだ。私はよしよし、と陽子を撫でて宥めながら、安心させるためにちゃんと気持ちを伝えることにする。

 すっかり拗ねているけど、私は小梅と陽子、どっちの方が好きか、と言うのに結論が出せなかったのだ。つまり二人に差はない。どちらかを贔屓するつもりはないし、二人とも恋人として扱うつもりだ。


「そう悪意的に言わないでよ。そりゃあ、法律的にはそうかもだけど、大人になって家を出て一緒に暮らすってなったら、感覚的には二人を平等に扱うつもりだし、どっちが愛人、なんて風にしないって」

「じゃあご近所さんに関係聞かれたらどうするのさ」

「小梅と結婚してるなら、陽子の事も合わせて二人とも奥さんって紹介すればいいんでしょ」

「……おねえ、正気?」


 試すように言われたのでちょっと恥ずかしいけど真面目に答えたのに、何故か引き気味に正気を疑われた。日陰者とか言う癖に、ちゃんと扱うって言ったら引くのか。どうしてほしいんだか。全く。まあ、陽子がどう言おうと、私が二人を同じように扱う気持ちに変更はないけど。


「あのね、親には言えないよ? 反対されても面倒だし、しょうがない。でもそれ以外の人にどう思われるかよりは、陽子の気持ちを優先するよ。ちゃんと好きだから」

「う……おねえほんと、ずるいなぁ。でも、告白すぐで私を追い出したじゃん」

「だからそれは約束が……まあ、そうだね。小梅と陽子を同じ恋人と思っているのは本当だけど、扱いと言うか、対応が全く同じではないかもね。でもそれは恋人としての差じゃなくて、陽子は恋人だけど妹でもあるし、やっぱりこう、身内の気安さってことだよ」


 謝ったのにまだいうか。まあ、それだけショックだったんだろう。

 と言うか、本気で小梅を悪く扱おうって気持ちはない、つもりだけど、まあ、小梅と比べて陽子は攻撃されるかなとか、多少警戒してしまうこともあるのも事実だ。でもそれは思いの差とかではなくて、単純に陽子だからで、仮に陽子一人の恋人だとしてもこれと違う対応をするわけじゃない、と思う。

 むしろ逆に陽子だからこそ、小梅と気安くスキンシップをとることもあるし、そのあたりのプラス要素を何とか伝えたいのだけど、陽子は私の説明に全然納得してない感じだ。


「それって、やっぱり恋人じゃなくて、妹として扱ってるってことじゃない?」

「うーん。例えば今だって、不機嫌な陽子をなだめたくて陽子を抱っこしてるけど、小梅には膝に抱っこはしなかったよ? 家には親もいるし妹もいるし、当たり前だけど」

「……じゃあ、その、キスとか、してよ?」

「うーんと」


 小梅には家だしって遠慮してもらったし、小梅も家に親がいるって言うのは何も変わってないのに陽子を受けれいるのはちょっと申し訳ないのだけど、でも陽子に関しては、キスどころじゃないと言うか、むしろ可愛らしいお願いでは? と思えてしまうので、まあ、いいか。


「わかった。でも小梅には今日しなかったんだからね? 陽子だから今日特別だからね?」

「そうなの? ほんとに?」

「ほんと」

「そう、そっか! えへへ。もー、おねえはしょうがないな。私のこと好きだもんね。いいよ。大人になるまでひかげのおんなで我慢してあげる」


 そのフレーズ気に入ってるのかな?


「はいはい、ありがとう。じゃ、目、閉じて」

「ん」


 陽子は元気なリンゴみたいにつやつや真っ赤なほっぺで、はじける笑顔で目を閉じた。うーん、可愛い。それにまあいっか、ってノリでOKしたけど、改めて恋人として陽子とキスすると思うと、ちょっとドキドキしてきたな。


「……ん」


 とは言え、あまりもったいぶってビビってると思われるのも癪だ。私は陽子を抱えたまま唇をあわせた。ぷりぷりの陽子の唇、を味わう間もなく開いて陽子の舌が入ってくる。


「んんっ」


 そうなると思いもしなかった、わけではないけど、まさか一秒も持たずに入れてくるとは。反射的に頭をひきそうになってしまうのを、陽子は両手を私の頭に回してがっちりホールドしてきた。


「ん、ん」


 こうなった陽子はとまらなさそうなので、私は陽子に応えながら陽子の体をまさぐって手早く満足してもらうことにした。さっきお風呂がわきましたって聞こえたから、あんまりのんびりしていられないしね。

 シャツの下から手を入れて胸を強めにつねりながら陽子の舌に吸い付く。私の頭を掴む手に力がこもり、陽子はびくびくと体をふるわせた。いつもながらとっても簡単で助かる。


「はい、終わり。お風呂行くね」

「えっ!?」

「お風呂なったから。はい、おりる」

「……またあとで、お話しにいっていい?」

「お話ならね」


 なんとか陽子も機嫌をなおしてくれたし、私は気持ちも落ち着つけてお風呂に入ることができた。はー、今日は一日、緊張したし疲れたなぁ。

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