第29話 恋人の小梅

 小梅と正式に恋人になり、抱き合ってその実感を得た。と言うとまるでいやらしく聞こえてしまうけど、さすがに休日、家に親も妹もいるところでそんなことをするはずもない。普通にぎゅっとしただけだ。

 もちろんそれで小梅の体温も感じたし、ドキドキは多少したけど、普通に、本当に恋人になれたなって言う喜びの実感だ。


 二人が好きと言う結論をだしたものの、さすがにこれで二人とも私に愛想をつかしてもおかしくなかったからね。それはそれで寂しいけど悩みはなくなるとは思っていたけど、もちろん、そのまま望みが通るならそれに越したことはない。


「先輩……私、嬉しくて、夢みたいで、まだ、実感がなくて」

「そっか。落ち着くまでこのままぎゅっとしようか」

「……キス、したいです」


 ちょっと顔をあげて小首をかしげて上目づかいに見つめて誘惑された。


「いや、さすがに、親もいるし」

「……いくじなし」

「うーん」


 唇を尖らせるように不満な顔をされた。そんな顔も可愛いし、心は動かされるけど、ダメダメ。ここで許したらなし崩しになる。と言うか、私がそうしたくなってしまう。親がいるんだぞ。


「そう言えば私の部屋の間取り知りたがってたよね。実際に見てどう?」

「むぅ……はい。まあ、そうですけど。えっと、写真を見た時もですけど、結構クローゼットが大きいですし、あと窓と入り口の位置関係が違うので、ちょっと参考にしにくいですね。でももちろん、このお部屋自体は素敵なお部屋だと思います。実際にはいらせてもらえると、先輩のお部屋って感じがより感じられて、素敵です。なんだか、ドキドキしてきちゃいました……」

「えーっと、じゃあ、ちょっとトイレに行ってくる」

「……はぁい」


 話題を変えた、と思ったのにまさかの強引に戻そうとされたので、一旦仕切りなおすことにした。内容が内容だけにさすがに小梅は駄目とは言わなかった。小梅を離して立ち上がり、軽く小梅の頭を撫でてから部屋を出る。


 さて、トイレ、と言ったけど別に尿意はない。飲み物でも持っていくか。


 一階に降りて台所に向かうと、母がいた。机の上にお盆があり、お菓子と空のコップがのっていた。どうやらいつでも出せるよう用意してくれていたらしい。そこまでしてくれていても、二階に持っていくのは面倒だからと放置されているのは母らしくもあり、助かる。告白の最中に来られてたら困っていたところだ。


「あ、きた。遅いわよ。お茶は冷蔵庫から持ってきな」

「あざーっす」


 礼を言ってお茶ポットだけのせてお盆を手に戻る。めっちゃすぐ戻ることになってしまうけど、遅いよりはいいだろう。


「おまたせー」

「えっ」


 自分の部屋なので当然普通にあけながら声をかけたところ、ベッドに座ったまま、ではなく立ち上がって私の机の前に立っている小梅がびくっとしたように振り向いた。

 ん? その手に持ってるのはこうちゃんじゃないですか?


「なにしてんの?」

「……いえ、その。こうちゃんのメンテナンスを」

「ふーん?」


 小梅はどうやらびっくりしすぎると挙動不審になってしまうみたいだね。慌てる小梅の手元を見ると、こうちゃん、だけではなく何故かもう一匹、あさちゃん? も持っていた。

 二つのそっくりなキーホルダー。中にはずっしりした重しもついている。重し調整用にお尻には開閉しやすい縫い目がある。そしてこの慌てよう。これが仮に、ただ自分のも出して二匹ならべて愛でていただけなら全然、慌てる必要はないはずだ。


「そういえばこの重りってさ。どういうものなのかな?」

「ど、どういう、とは?」

「ほら、砂の入った袋なのかとか、金属の重りとか、あるじゃん? ちょっと見て見たいな。今なら小梅がちゃちゃっとなおせるし、開けてみてよ」

「…………はい」


 お盆を机におかれた鞄の横に置き、机のペン立てからはさみを出して渡してお願いすると、小梅はひきつった笑顔で受け取り、ゆっくりとこうちゃんのお尻の縫い目にはさみを入れた。

 中は指先が入って人形遊びができそうなくらい、ちゃんと物が入るような丁寧な作りになっていてパッと見は布と布の谷間しか見えない。そこに小梅が指をいれて出てくる。


 黒くて四角くて長細くて、赤いランプがついている何か。小さな液晶もついていて、なんていうか、実物持ったことはないけど録音機? ICレコーダー? ってこんな感じじゃないかな?


「思ったより大きいのでてきたね」


こうちゃんは綿のつまった柔らかさだけど、割合しっかりつまってるので中の重りの形状まで意識することはあんまりなかった。

 最初にちょっと疑ったけど、私の勘は間違ってなかったわけだ。カメラはなかったけど、ちゃんと隠されたものがあったわけだね。すごい、私、思った以上に落ち着いてるなぁ。まあ、小梅だからね。


 小梅は落ち着いている私と逆で、どこか挙動不審に視線を泳がせて録音機とこうちゃんをぶつけてもじもじしている。


「その、長時間動いて、音質にもこだわって、かつ、この中からでもしっかり聞き取れるとなると、どうしてもある程度は、はい」

「うんうん。そうだね、盗聴機だね」

「……あの、一応、言い訳させてもらいたいのですが、いいですか?」

「うん。いいよ」


 小梅はそっと録音機を机において、こうちゃんを私に向けた。


「今、このレコーダーは今入れたんです。それまではこの、何の機能もない重しでした」

「ん?」


 そしてポケットから取り出した薄い金属板みたいなのを私に見せながら、こうちゃんの中にいれて私に向けた。受け取って手に乗せる。まあおんなじ感じだけど。


「ちょっと詳しく聞こうか」


 とりあえずこうちゃん片手にベッドに移動し、逃がさないよう盗聴器ごと小梅の手を握りながら言い訳を聞くと、確かにこのこうちゃんはそのために作ったけれど、盗聴を断られたから勝手にいれるのはやめて、でも折角ほぼ作っていたので、一応念のためいつでも仕込めるよう重しをいれていれておいたそうだ。

 そしてそもそもこれは随時話を聞けるものではなく、録音を仕込んで後日入れ替えて後から楽しむためのものであり、悪意はなくただただ私の全部を知りたいだけ。そして恋人になった今、満を持して仕込もうとしたところであって、未遂。まだセーフ。と言うことだった。

 ……言い訳? むしろ自供では? いや、うん、まあ。まだ聞かれてなかったのはセーフ。冷静に考えたらこの部屋で聞かれたくない音たくさんあったしね。


「とりあえず、恋人なら盗聴してもいいって言うものじゃないと思うよ」

「でもですね、ほら、陽子ちゃんも恋人になったわけですし、もしかしたら陽子ちゃんがこの部屋に来て、ほら、そう言うこともあるかもですし、恋人のことを知りたいと思うのは自然な欲求ではないでしょうか?」

「知るにも限度があるでしょ。てか、そう言うことがあったとしてそれを聞いてどうするのさ? 恐いんだけど」

「それはまあ、特にその部分をどうすると言うことはありませんけど、好きな人のことですから、おはようからおやすみまで、いえ、おやすみした後だって、毎日二十四時間知りたいんです」


 これが陽子だったらそれもおかずにするとか言いそうだけど、さすがに小梅はそういう訳じゃないらしい。ただ把握したいだけだとしても恥ずかしいしいんだけど?

 真剣そうな小梅は私の質問には拗ねたようにしながら答えた。その様子に嘘はなさそうだけど、でもそれはそれとして、私が陽子とそう言うことする可能性あると肯定した形になるからって、この状況で小梅が不満そうな顔するのは理不尽すぎるでしょ。

 いやまあ、そもそも私が二人って選んだことが理不尽と言われたらそれはそうなのかもしれないけど。うーん。それを考えたら、盗聴も我慢するべきなのかな?


「ていうか、恋人だろうと隠したいことのひとつやふたつあるでしょ。小梅だってあるでしょ?」

「朝日先輩に隠したいことなんてありません。というか、なんですか? もしかして、陽子ちゃんと毎日いちゃいちゃしてるとかですか?」


 何故か逆切れ風に詰問された。まじで小梅強すぎない? 私に本気で怒られたり嫌われる可能性考えないのかな。いっそちょっと怖いんだけど。


「そんなわけなくてさぁ、普通に部屋で一人とか油断してるし、独り言だって言うし、まあ、おならとか、さぁ。聞かれたくないじゃんか」

「あ、そ、それはその、すみません。そこまで考えてませんでした」

「うん。じゃあ、私の気持ちわかってくれた?」


 一人だと遠慮なくおならしてます、と言うのは別に普通の事だと思うけど、あえて言葉で宣言するのもちょっと恥ずかしい。頬を掻きながら言った私に、さすがの小梅も恋人ならとは言わず、はっとしたように申し訳なさそうに謝罪してくれた。

 言葉が通じる嬉しさにホッとしながら尋ねると、小梅はどこかしょんぼりしながらも何かを考える様に首を傾げる。


「う、うーん。でも、あの、多分、そこまでの音は聞こえないんじゃないでしょうか。机に置けば、机に当たる音とか椅子の音はわかりますけど、ベッドがきしむ音までは入りませんでしたし。声はよく拾えますけど」

「だとしても……もしかして、私の間取り聞いたのってそう言う、盗聴範囲確認するため?」


 ちゃんとどんな感じで音が聞こえるのかも確認していて、ただぬいぐるみ作りが上手なだけじゃなくて、普通に偽装盗聴器作りのプロかよ、と思いながら否定しようとして、不意に気づいてしまった。いやこれ気づきたくなかった。

 私の問いかけに小梅は固まり、しばしそのままだったけど誤魔化せないと思ったのか固めた笑顔のまま口を開いた。


「……朝日先輩って、優しくて大らかに見えて、結構するどいですよね。そう言うところも好きです」

「ねぇ、日常会話として楽しんでた私の気持ち返して?」


 そして好きですって言っておけば許されていい雰囲気になると思ってるなら私のこと舐めすぎでしょ。


「……すみません。つい。でも、先輩のことが好きなのは本当です」


 半目になってしまう私に、小梅はしゅんと眉尻をおとしてから、録音機を膝において私の手をぎゅっと両手で握り返してきた。顔を寄せて、握った私の手を胸元に寄せて祈るようにして、キスでもしそうな切ない声音ですり寄ってくる。

 思わず、ドキッとしてしまう。小梅のこういう、健気で真っすぐなところに、私は弱いのだ。それを自覚させられる。


「好きで、好きで、どうしようもなくて、先輩の全部が知りたいんです。勝手にやったのはすみません。でも聞いたからって、例えばそれで陽子ちゃんが出てきたからって文句を言うとか、そう言うことじゃなくて、本当にただ知りたいんです。できる限り先輩を知りたいし、いつも感じていたいんです」

「うーん……じゃあ、まずは、本当に変な音がはいらないか、確認してみようか」

「朝日先輩っ」


 この後確認して、机の横のフックにかけておけば机が壁になって思ったよりベッドの方向から音ははいらなくて、会話も結構ぼそぼそで聞きにくかったので仕方ないから許すことになった。でも少なくともバックを肩にかけたり机に座ってたら普通に身じろぎの音も丸聞こえなんだよね。

 気になると言うか、小梅とは登校から下校も一緒だし、意味ある? って言う感じだけど、本人すっごく嬉しそうだし、二股と言う問題行動している私を許してくれてるんだから、このくらいは許すべき、なのかな?

 下校時に鞄持ったままトイレとかいけないけど、まあ、いざとなればタオルで包んで鞄にいれて音を流すとか、なんなら普通に電源を切ればいいか。知っていれば対策もできるし、これをやめさせて、もっとわからないようにされるよりはマシ、だよね。


「とりあえず小梅、私のことが好きなのはわかったけど、やりたいことがあったらちゃんとまず口で言ってよね。私、小梅のやりたいことそんな否定してないと思うよ?」

「はい……。すみませんでした。でも、本当に嬉しいです。うふふ。朝日先輩、私の方も電源入れておくので、データ、渡しますね」

「えぇ……いらない」

「えー、私の声、聞きたくなりません?」

「それとこれとは別だから。そもそも、二台を交互に入れていくんでしょ? はい、この話は終わり」


 小梅の声が聞きたくなったら、過去の音を聞くより電話して声を聞いたほうがいいでしょ。一人で小梅の声を聞くって……なんかちょっと、いやらしいな、うん。私は小梅より陽子よりだったらしい。知ってた。


「……わかりました。先輩と恋人になれて浮かれてたみたいです。すみません。許してくれますか?」

「はいはい、許す許す」

「わーい、嬉しいです。うふふ」


 強引に話を打ち切った私に、小梅はちょっと不満そうにしたけど、それ以上に今日の成果が嬉しかったのか笑顔になって私にじゃれついてきたので、そっと抱きしめて頭を撫でた。

 無駄に疲れたけど、でもまあ、小梅と恋人になれたのは嬉しいのは事実だ。これでこれ以上に小梅に何か仕込まれる心配をする必要もないし、むしろ安心して恋人になれる、よね?


 夕方になるまで小梅と正式に恋人になったじゃれあいを楽しんだ。

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