第25話 妥協してなくない?

 陽子の部屋で陽子のベッドの上、陽子に上にのっかられたまますでに経験があると言ってしまった。考えたらまたマウントとられたまま失言してしまった。だってこの姿勢落ち着かないんだもん。尋問に向いてる姿勢だったのか。


「え? え? だ、だれと? いままで誰とも付き合ってなかったよね?」

「……わかってるだろ? 小梅しかいないじゃん」


 こうなったら全部言って嫌われてしまおう。陽子の中の立派な姉と言う幻想をぶち壊すんだ。いや、そんな幻想あるのか知らんけど。

 私は動揺して力の緩んだ陽子の顔を見ながらはっきり答えてやる。


「そうだよ、私は仮とか言いながら小梅と簡単にやっちゃうくらい軽い女なんだ。尻軽で淫乱なビッチなんだ。だから初めてなんてあげられない」

「そ、そんな……」


 わなわなと震え、顔をふせる陽子。私がいい加減で押しに弱くて実はクズなところがあると、妹である陽子は察していたようだけど、さすがにこんなのは予想外だったんだろう。なんせ私自身が予想外だったんだから当たり前だ。


 さすがに少し可哀想になる。恋愛感情がないからふるのは仕方ないけど、あれだけ私の初めてに固執していたんだ。もうとっくにないなんて聞いたらがっくりだろうし、私のイメージとの乖離もショックだろう。


「ごめんね、陽子の理想でいられなくて。でも、これでわかったでしょ? 私は陽子が恋をするような人間じゃないんだよ。

好きじゃなくてもしちゃうなんて、気持ち悪いでしょ。さ、離れて」

「そんなの、そんなの、興奮するに決まってんじゃん!」

「んんん?」


 ぽんとお尻を叩いて促す私に、陽子はぱっと顔をあげてどこがぎらついた目でとんでもないことを言った。すぐに理解できずに首を傾げる私に、陽子は深刻そうな目つきで続ける。


「私だって、知らなかったよ。こんな、おねえが、ビッチなのが、こんな、興奮するなんて!」

「えー」

「おねえのせいだよ! おねえが好きすぎて、どんなおねえでも興奮しちゃうんだよ! だから、責任とってよ! お願い。小梅さんより、気持ちよくさせるから!」


 なんで二人とも自分のテクに自信満々なの? こわいんだけど。そして快楽で私が落ちると思ってるの? したけど恋愛感情わからないよって話だったんだけど。

 そして確かに陽子は今この瞬間に性癖が広がったのかも知れないけど、私のせいか? それを受け入れる器を持ってたんでしょ、私に責任とれないって。


「おねえ……」

「ちょっ、ちょっと」

「なんで駄目なの? 私が、小梅さんより魅力ないから?」

「う……」


 返事に困る私に強引に触ってきた陽子をとめるも、怒ったような困ったような泣きそうな顔でそんなことを聞いてくる。

 それ以外にもいっぱい止める理由はあるのだけど、面倒くさくなってきたし、それに、正直私の体もその気になっていたのもあって、私は陽子の手をとめるのをやめた。


「もう……そんなことない。陽子だって、まあ、その、魅力的なところはあるよ」

「おねえ!」


 陽子は感激したように私にキスをして、つたないながらも舌を出しながら不器用に私の服に手をかけた。









 結局陽子ともそう言う仲になってしまった。と言うか、小梅の時は私がされるばっかりだったけど陽子はあれこれ要求もしてきたのでなんというか、私も積極的にするみたいになってしまった。

 正直に言うと小梅は奉仕精神が高くて私の反応を見ながらどんどん学習するので、純粋にすごく気持ちよかった。それに比べて陽子は自分が気持ちよくなりたい気持ちも強くて力が強かったり私に対しておざなりになったりで、上手とは言えない感じだった。

 でもその、言いにくいけど、姉妹ってことで葛藤が常にあるせいで微妙な感じもまた、あの陽子にされてると思うと興奮してめっちゃ気持ちよかった。自分の手で陽子が反応するのも、ただ目の前で自慰を見せられていた以上になんかこう、達成感もあって、すごい、よかった。


 多分セックスってその気になったら誰としてもある程度以上気持ちいいんだろうけど、それはそれとして血縁の背徳感ブーストすごかった。

 でもこれは、本気でまずい気がする。このままだとずるずると二人と関係を持ち続けてなあなあになってしまう感じしかない。


 それはさすがに倫理観が終わってる。いやすでに死んでる気もするけど。

 陽子か小梅か、ちゃんと決めて関係を整理しないと。


 と言うかそのためにも陽子と話し合おうと思ったのに、どうしてこうなったのか。まあ、済んだことは仕方ない。


 私は冷静になった頭で陽子を見る。とろけきった陽子は景気よく服を脱いだので全裸になっている。私は起き上がって服を着ながら、陽子にもかける。


「陽子、そろそろ服着て」

「んー。んふふ。おねぇー、えへへ。私の事、好きになった?」

「これをきっかけに恋愛感情を持ったかと言えば持ってない」

「……なんで? 私、一時間前よりおねえのことめっちゃ愛してるけど?」

「けど? とか言われても」


 急に真顔になるのこわいからやめて。私が望まない答えを言ったのはわかるけど、そもそも小梅とした状態で恋愛が分からないって、やる前から言ってるじゃん。なんで自分ならいけると思った。


「あんなに気持ちよかったのに? ここは快楽に負けて私にメロメロになってなんでも言うこと聞いてくれるところじゃないの?」

「……」


 いや、まあ、突っ込みどころが多いな。てか、すでにだいぶ言うこと聞いてると思うんだけど、これ以上に何をさせたいの。性癖やばそうな陽子のお願いとか普通に聞きたくないな。


「あのさ、陽子はどうやったら私に幻滅するのさ。ここ最近で私に失望する新要素いっぱいあったと思うけど」

「どうやったらもなにも、おねえの評価なんてこれ以上さがりようがないって」

「なんでそんなやつ好きなの」


 恋愛対象って普通、あばたもえくぼってことで何でもよく見えちゃうものでしょ。なんでそんな低評価なの。

 てか、もっと評価しろよ。めっちゃいい姉だっただろ。自己評価高すぎにしても、せめて普通程度であるべきでしょ。ずっと私が好きだったのに気づかないからってことで下がってたの? 納得いかないけど、他者からの評価にケチつけるのって器小さそうだから聞かないでおこう。


 私の問いかけに、陽子はシャツを着てから恥ずかしそうに頬をそめつつ、嬉しそうに答える。


「クズだけど、でも優しいから。私の全部、受け入れてくれるからだよ、馬鹿」

「受け入れて、いや、うーん」


 どちらかと言えば受け入れると言うより流しているって言うか、めんどくさいからってのが大きいと思う。もしかして私って別に優しくない? えー?


「おねえ、私、おねえのこと、本気だよ」

「はいはい。わかった。もうそれはわかったよ」

「ほんと?」

「うん。でも、だからって私は」

「それでいいよ。おねえが小梅さんとか、他の誰かを選んでも、この際いいよ。いや、そりゃあ、本当は私を一番にしてほしいけど」

「……」


 急に殊勝なこと言い出した。でもこれはきっと、賢者タイムだからとかじゃない。この先何を言うのか読めたわ。ていうかする前にも言ってたし。

 私の呆れた目にも気づかず、陽子はまるで朗らかな乙女のように明るい声音で続ける。


「私を恋人にしてくれなくても、一番にしてくれなくても、私とこうしてえっちなことしてくれて、いつでも一緒にいてくれるなら、それでいいよ」


 だからそれ、全然妥協してないから! いや、最初は恋人になりがってたし、それに比べたらそうかもだけど、一番重要な自分の欲望に関して何一つ妥協してないじゃん。しかもいつでも一緒にいようとしてるじゃん。私の感情以外何にも妥協してないじゃん。


「陽子……保留で」


 でも今のこの状況では何にも言えないと思ったので、私はただそう答えた。

 私の答えに陽子は一瞬きょとんとしてから、くすっと笑いだす。


「おねえらしいなぁ。いいよ。私、おねえが結論を出せなくても、私はずっと一緒にいられるもんね」


 こいつ、無敵か?








 そして夜になった。あのあとシャワーも浴びたし親からは不審がられてないはず。


 あんなことがあったけど、交換日記を受け取るのは一応忘れなかった。だからちゃんと書かないと。私は机に向かってうーんと悩む。

 今更な気もするけど、一線を超えたと言っても私の心情的に変化があったわけではない。


 まあ、それこそ陽子がどんな私にも興奮することが証明されたので、陽子の感情は恋愛と認定してもいいと思うようにはなったけど。でも、じゃあ私は?


 井上さんが言うには、ついついその人のことを考えてしまえば恋。その理屈はとってもいいと思うんだけど、よく思い返すとここ最近は二人のことで悩んでばかりなので、二人ともついつい考えちゃってるね。


「……ふー」


 参ったなぁ。どうしよう。性的に二人としちゃったので、恋人になるのに支障がないっちゃない。これが仮に一人だけだったなら。

 小梅だけならごく普通に、仮で恋人になってそのまま本気で恋人になったんだろう。こないだまで自分でもそう思ってたし。そしてきっと、陽子だけでも何だかんだこんな感じで、明確に恋人と銘打つかはともかく実質二人で一緒にいる関係になっていたんだろう。


 小梅が私のストーカーと知っちゃった以上、恋人はちょっと遠慮したいし、陽子もやっぱり実の妹だし、恋人関係は遠慮したい。

 そう思ってるのは事実だけど、現状を見るとひとりずつなら普通に押し切られてしまいそうだ。自分で自分が信じられないけど、まあ、否定はできないよね。


 つまり二人いるのが問題だ。いくらなんでも二人とも恋人にするのはないだろ。なんか陽子は一番じゃなくてもいいみたいに言ってるけど、ずっと一緒とか言ってるから単純な愛人枠じゃないだろうし。

 小梅の気持ちもあるだろうし、そもそも私がしんどい。やりたくもないのに二股かけてるみたいな状況もメンタルにくるし。私って繊細だし、こういうの無理なんだよね。


 この際、恋愛感情なのは置いておいて、どっちがより大事か。と言うなら、まあ、陽子かなぁ? 例えば二人が死んだなら……いや、どっちもメンタルにくらうな。

 でもあえて言うならやっぱり陽子の方が死んでほしくないし。うーん、かといって小梅に情がないわけではない。一方的に突き放すのは可哀想だし、小梅には綺麗に私を乗り越えて幸せになって欲しいと思ってる。


 それにやっぱり世間とかあるし、実の妹をって言うのはなぁ。絶対にどっちかを恋人にしろって言われたら小梅の方が抵抗はないっちゃないんだよね。ストーカーだけど。

 陽子と血がつながってなければいいかと言うと、それはそれで、あいつ冷静に考えて犯罪者予備軍だし。性欲が強すぎるし、普通に恋人になるの大変そうって言うか。


 うーん。やっぱり二人ともないんだよね。その抵抗を乗り越えるくらい好きになるって言うのが恋なのかもしれないけど、そう言うのがないからなぁ。


「……うーん」


 でもほんと、気持ちよかったし、恋人つくるのは全然、ありなんだよねぇ。なんとか平和に解決できないかなぁ。

 どっちかが自然に私を諦めてくれてもう一人と付き合うのが一番温厚で楽なような……いや、さすがにそれは、責任感なさすぎか。ていうかこの発想出る時点で、私どっちとも付き合えるのか。まじか。


「まじかぁ」


 めんどくさそうだから恋人になりたくないけど、なってもいいと思ってるのか。いや、ぎゃくに、その方が面倒がないと思ってるのか。

 自分でも自分がわからない。あの二人はなんで私が特別だと考えてるんだろう。どうやってただ一人を特別だと決めたんだろう。


「……よしっ」


 井上さんに相談してみよう。交換日記の提出期限は明日の夜。日中に解決すればOKだ。よし、完璧。


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