第20話 こうちゃん

「言っていたキーホルダーなんですけど、これ……いいですか?」


 朝に顔を合わせた時は何も言ってこなかったので、あれ、家に忘れたのかな? と思っていたら昼休みにお弁当を食べ終わりお弁当箱を閉めたところで、小梅はおずおずとそう言いながら横に持ってきていた鞄から取り出した。


 うわでっか。と口からでそうになった。いやだって、えぇ? キーホルダーって言ったらガシャポンででてくるようなサイズのを想像するでしょ?

 普通にもう、ぬいぐるみじゃん。頭に小さな輪っかがあって、そこから金属のリングが付いてるから、キーホルダーではないとは言わないけど、いや、でっか。


 いやまあ、15センチくらいだし、このくらいのぬいぐるみなら大きいけど鞄につけてるの見かけるし、別におかしいってことはないけど。でも手作りってことだからなおさら、そんな大きいと思わないじゃん? びっくりした。


「いやー……いや、小梅マジで、何でもできるね」


 そして見た目めっちゃ可愛いね。お座りしてる柴犬わんこで、めっちゃ可愛い。クオリティ高すぎる。驚きながら受け取り、ん? なんか綿にしたら重いな。


「これなんか入ってる?」

「あ、安定して座れるよう重りいれてます」

「そうなんだ。あー、ほんとだ。しっかりお座りするね」


 軽く握ると綿の奥に何か入ってるのを感じるし、お弁当箱の上におくと膝の上なので多少斜めってると思うけどちゃんとお座りする。クオリティえげつないな。


「はい。その、もちろん大きいのでずっと、と言うのは難しいと思いますけど、頑張ったので、スクールバックにつけてくれたら嬉しいです」


 確かに大きいし重さもあるけど、言っても板チョコより多少あるかな? くらいなのでそんな負担ってわけじゃない。元々スクールバックは教科書とかで重いから、そんな気にならないでしょ。

 照れたようにしながらちょっと不安そうにお願いしてくる小梅は可愛らしいし、私が犬が好きって言っただけでこんなのつくってくれたなら、断る理由はないでしょ。純粋に可愛いし気に入ったし。


「そんな心配しなくても大丈夫だよ。ありがとう。可愛くてすっごく気に入っちゃった。大事にするね」

「はい! ありがとうございます、朝日先輩。私のもこれ、お揃いでつけさせてもらいますね」

「うん、どうぞどうぞ」


 お揃いなんて可愛いなぁ。と思ってからふいに気が付く。もしかしてこんな大きいの、お揃いにしてますって周囲に見せつける為……? 小梅は陽子との初対面でも恋人と言ってとアピールしてきたし、ガンガン外堀埋めるタイプだよね。

 まあ、言ってもあんなことまでさせちゃったしね、妹じゃないけど、小梅のことも大事には思ってるには違いない。高校時代付き合っていても大学で別れるとかあるあるなんだし、このうくらいなら可愛いものだろう。


 ……そんなことないと思うけど、ちょっと思いついちゃったのでぬいぐるみをじっくり観察する。目も鼻もしっかり観察して顔部分を触るけど、頭の中に何か入っている感じはしない。

 うん。よかった。もしかしてカメラとか入ってないよね? ってちょっと疑ってごめんね。だってほら、隠し撮りがすきみたいだったから。


「あの、どうかしましたか?」

「ううん。あんまり可愛いし、出来がいいから。縫い目もお尻のところ以外全然見えないね」

「あ、はい。綿とか、重しが偏った時はそこを開いて調整できる様になってるんです。うふふ。先輩に持ってもらえると思って頑張りました。でもこれが初めてなので、あんまり見ないでくれると嬉しいです。粗がばれちゃいますから」

「えっ、これが初めてなの!? えぇ、小梅って、才能にあふれすぎじゃない?」


 料理上手なだけでもびっくりするレベルだったのに、このぬいぐるみが初作!? お店できるよこれ。すごい。こんなに才能にあふれて、ビジュアルも可愛くて気遣い屋で優しくて、それでどうして私のストーカーなの。こわい。


「やだぁ、そんなに褒めないでください。私はただ、朝日先輩のことが好きなだけですよ」

「そっかー。ありがとう」


 うんまあ、気持ちは嬉しいよ。嬉しいと言う気持ちが存在するのは本当。

 私は柴犬をなでなでしながら心を落ちつける。フェルトでもない手触りのいいしっかりした素材。耳もつんとしてて可愛い。


「この子、大事にするよ。名前もつけよ。何がいいかな」

「わぁ。いいですね。名前をつける練習にもなりますしね」


 なにその練習。聞いたことない。まあセンスでるけど、将来ペット飼いたいみたいなことなのかな? 私センス全然ないんだけど。お気に入りのものには名前つけるタイプだし今までいろいろつけてきたけど、基本名前そのままなんだけどなぁ。

 練習とか言われたら、ポチとか犬吉とか、ワン太郎とか駄目だよね。うーん。

 柴犬、しばる、ころころ、もちもち、いやいや。小梅がくれたし


「……こうちゃん、とか」

「いいです、ね? あれ? もしかして、私の名前からつけてます?」

「うん。駄目?」

「いえ! とっても嬉しいです。じゃあ私のこの子は、朝日先輩ですね」

「いやさすがに直球過ぎるでしょ」


 嬉しそうに肯定してくれたので名づけセンス的にはほっとするけど、ごめん、それはない。

 小梅からとったけど、こうちゃんって小梅のこと呼ばないし、あくまでこのぬいぐるみ単体としてこうちゃんって呼ぶつもりなんだけど。小梅だと思ってこうちゃんを可愛がるねって意味ではない。


「えー、じゃあ、あさちゃんで」

「うーん、まあそれなら」


 正直抵抗ないではないけど、こうちゃんと全く同じ名前の付け方なので文句を言えない。まあ、私の前で名前呼ばれるわけじゃないしいいでしょ。


「わーい、あさちゃん、うふふ。先輩と一緒に名前を付けたと思うと、自画自賛になっちゃいますけど、凄く可愛く感じちゃいます」

「うん、まあすごく可愛いよ。ね、こうちゃーん」


 まあ、こうちゃんたちに罪はないからね。可愛い可愛い。私もぬいぐるみって好きだけど、子供の頃可愛がってたのは全部おさがりで陽子のところ行っちゃうし、ある程度成長したら持たなくなったんだよね。でも改めて見て可愛いし、癒される。


「可愛がってくれて嬉しいです。私共々、末永くお願いしますね」


 喜ぶ私に、小梅はあさちゃんをお辞儀させながらそうにこやかに言った。うん、まあ、はい。末永いと言う意味の期間は個人差あるからね。


 こうして私は可愛い相棒を手に入れた。いや、ほんとに可愛いなぁ。









 今日は小梅も用事があるのか放課後さそわれることもなく、何事もなく帰宅した。別に残念とかではないけど、一緒に帰ろうと言われてちょっとドキッとしただけに、ちょっと肩透かしだ。


「おねえ、おかえり。今、いい?」

「ん? いいけど」


 まだ夕飯どころか着替えもしていないのに陽子が訪ねてきた。制服のままドアを開けるともじもじしている。


「どしたの?」

「あのさ、日記、書けた?」

「ああ、うん。昨日の夜に書いておいたよ。はい」

「あ、ありがとう!」


 陽子は嬉しそうにぎゅっとノートを胸に抱いて部屋を出ていった。それだけだった。よかった。いやー、可愛いね。

 てっきり毎日してるのかと思ったら、あの二日連続が異常な状況に興奮していただけで、さすがに本当に毎日欲情してるわけじゃなかったんだね。よかったよかった。

 鍵をちゃんとかけてから着替える。部屋着になってようやく落ち着いた。何気なく机についた。横にかけた鞄についてるこうちゃんが目について、手に取る。

 こうちゃんは球が連なってる形のチェーンで簡単に脱着できる。目の前に持ってくる。可愛い。


「んふふ。こうちゃん可愛いねぇ……わんわん、ぼく、こうちゃん。なんてねぇ。ふふ」


 手触りも可愛くて癒される。そっと胸に寄せて抱っこする。赤ちゃん抱っこ。可愛い。おー、よしよし。

 おでこや鼻周りをなでなでして、両手で包んで持ち上げて見つめ合う。うーん、可愛い。何度見ても、どの角度から見ても完璧に私好み。ちょっととぼけた感じでめちゃくちゃ可愛い。


 ちゅっと鼻先にキスをする。うーん、可愛い。高い高いする。可愛い。いいねぇ。すごい、見るほど気に入ってくる。

 これもうちょっと大きい抱きごたえあるサイズでほしいなぁ。でも絶対大変だろうし、お金の問題じゃないよね。小梅なら私がお願いしたらつくってくれるかもだけど、そう言う想いを利用するみたいなのはよくないよね。両思いならまだしも、そんなつもりないのに。


「……はぁ」


 小梅、ね。ほんと、まいっちゃうよね。まあストーカーするくらい好きだからこそあんなに尽くしちゃうタイプなんだろうけど。健気だし、いい子とは思うんだけど。

 めちゃくちゃ強引だしなぁ。まあ、元々押しに弱いほうだし、好きだからって言われたら、うーん。いや、盗撮はさすがに悪い気はしないってことはないかな。

 あとをつけて見てるくらいならともかく、写真とって姿を残されるのはやっぱりちょっと。一瞬だったしインパクトが凄すぎて思い出せないけど、あんまり写真写りよくなかった気がするんだよね。


 ここまでしてくれるって言う献身性自体は悪い気しないんだけどね。こうちゃんもすごい可愛いし、お弁当も美味しいし。昨日も……まあ、よかったし。

 ……やば。ちょっと思い出してくるっていうか、むらむらしてきたな。こうちゃんに意識を戻ろう。


 こうちゃん、作るのにどのくらい時間かかるんだろ。絶対に大変だよね。私を思って作ったんだよね。あの小梅の指で……。


「……」


 私はこうちゃんの鼻筋を撫でてから、そっと反対向きにしておいた。そしてベッドに寝転がる。


「……ん」


 私は初めて自分の経験を元にして、自分の立場で自分以外の実在の人物に興奮する状況をおかずにした。

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