第16話 強引すぎる手法

「その……キス、してもいいですか?」

「んん!?」


 小梅とお昼ご飯を食べ、お昼休みの残り時間は腹ごなしにおしゃべりしながらだらだらする時間だ、と油断していたら小梅からとんでもない提案をされた。


 今ご飯食べ終わったとこだよ? 唐突過ぎるでしょ! とツッコみたいけどめちゃくちゃ真面目な顔をしている。


「あの、小梅。さっきも言ったけど、学校だしさ」

「……学校じゃなかったらいいんですか?」


 私の断り文句に頬を赤らめた小梅はじっと私を見つめながらそう問い詰める。その少しうるんだ瞳に見られると、昨日の宣言が思い起こされて、思わずドキッとしてしまう。

 小梅は本気だ。どこまでも本気で、私に気持ちをぶつけている。だとしたらいい加減な態度はすべきではない。


 小梅とキスできるかどうか、昨日も言ったけど、NOではない。でも、今? 今日すぐに?


「……嫌、では、ないけど」

「っ。じゃあ、今でもいいじゃないですか」

「どういうこと?」


 学校じゃなかったらって言ってるのに、何で学校にいる今でもいいってことになるの? 思わず素でつっこんでしまった。


「キス自体はいいなら、別に、学校って言っても人もいないですし、いいじゃないですか」

「いやー、いや、それはまじで無理。もし万が一見られたらちょっと」

「見られて困る相手がいるんですか?」

「先生だよ」


 何をちょっと拗ねたような嫉妬した感じで言っているのか。校則見てないけど、絶対学校内でキスしてるの見られたらまずいでしょ。


「一発で停学とかはならないと思うけど、少なくとも印象絶対悪くなるじゃん」

「大丈夫です。覚悟の上です」

「私にそんな覚悟無いのよ」

「大丈夫です。元々先輩は先生方からの印象よくないですから」

「おい? おい? え? マジで言ってる?」


 いやまあ、先生に注意されないわけじゃないけど、褒められることだってあるし、担任とか割と仲いい方では? 私の断れない体質利用されて雑用されたりしてるし。

 小梅はいったい何を根拠にそんなことを言ってるの? 小梅の中で私の人物像どうなってるの?


「前から思っていたんですが、先輩って自己評価高いですよね。そう言った自信に満ち溢れたところも好きですけど、先生方からの印象をよくしたいならもう少し見直すべきところがあると思います」

「えぇ……」


 冗談とか馬鹿にしてるとか皮肉じゃなくてガチで注意されたし、そもそもどの立場から物を言ってるんだ。どこ調べだおい。

 でもなんか、認めたくないけど小梅の態度は嘘をついてるとかじゃないし、本当に客観的にそうみられている可能性でてきたなこれ。まじで? まあまあショックなんだけど。


 ショックを受けている私に構わず、小梅はきりっとした真顔から、すっとまた嘆願する用の哀れっぽい表情になって私の袖口をつかんで引きながら口を開く。


「とにかく、手遅れなんですからいいじゃないですか」

「馬鹿! 手遅れなことなんてないんだよ。いつだって、思いついた今から頑張ればいいんだよ!」

「先輩……そう言うところも、好きです」

「ありがとう。と言うことで諦めてね」


 勢いで名セリフを言ってしまった。でも実際、これから頑張れば挽回余裕だし、キスなんかしてる場合じゃない。

 これだけは絶対断る。と言う固い意志で小梅の手を軽くたたいてそう言い聞かせると、小梅は仕方なさそうに力なく頷いた。


「はぁい。でもじゃあ、学校じゃなかったらいいんですよね?」

「う、まあ、うん」

「じゃあ、放課後……うちに来てくれませんか? その、家族はいませんから」

「……」


 え、いやだから急すぎるんだけど、あの、なんか、断れる流れじゃなくない?

 ここまで粘られた今すぐを却下しちゃった上、嫌じゃないと明言しちゃってる以上、断れなくない? えぇ。でも、そんな。今日、小梅とキスするの?

 陽子とはあれだけど、小梅は幼少期からの積み重ねもないし、普通に恋人としてのキスじゃん。誤魔化し一切なく、普通に特別な意味でのキスじゃん。


「嫌、ですか?」

「だ、からさぁ……嫌では、ないけど」


 ねえその聞き方絶対ずるいよね? しかもそんな、さっきまでとんでもない強引さで押せ押せだったくせに、何を目を潤ませて捨てられてる子犬みたいに哀れな顔をしてるの。私が悪いみたいで罪悪感刺激されるし、こんなの断れるわけないじゃん!


「じゃあ! 約束ですよ! 帰り、昨日みたいに待ち合わせしましょう。逃げちゃ嫌ですよ?」

「うぅ……とりあえず、家に遊びには行くってことで」

「はい!」


 あああ、まじでこの子、可愛いし健気だし献身的だけど、押しめっちゃ強いよね。いやぁ、別にそれが悪いってことないし、すっごい嬉しそうな顔されるとまあいっかって思うから不愉快ってわけじゃあないんだけどさぁ。

 むしろ、心臓ばくばくしてくるし、多分小梅は私を落とすために最適な手段をとっているのかも知れないけど、こう、手加減をお願いしたい。








「小梅の家、この辺だったんだ。結構近いね」


 まさかの一駅違いだった。ここって学区違ったんだ? その辺りよくわからないんだよね。でも学校が違ってもどこかで遭遇していても全くおかしくない。というか最寄りの大型スーパー同じだよね。

 でも確かにこれなら、朝合流するのも苦ではないのは納得だ。


「そうなんです。偶然ですね」

「偶然って言うか、まあそうだね」


 いやまあ、言うて高校が同じなんだし、そんなめちゃくちゃ遠い人いるって感じだけど。うちの学校、遠方から通うほどのものじゃないでしょ。他の高校と比較したことはないけど。


「あ、そうですね。偶然じゃなく、運命でしたね」

「あ、うん」


 そう言うことが言いたかったわけではないのだけど、小梅が本当に嬉しそうに、はにかむように可愛らしい笑顔で言うから、何だか恥ずかしくなってしまう。


 いや、でもさぁ、本当にこの子のこと好きになっていいのかなって気はするよね。まだよく知らない。悪い子じゃないけど、なんていうか、ちょっと思い込み激しそうって言うか、私の事よく知らないはずなのにめちゃくちゃ私のこと好きだし。

 勝手にアプリ入れるとかは一歩間違えばストーカーの粋だしね。思いが重いと言うか、この子と本当に付き合ったらまあまあしんどそうと言うか。束縛されそうと言うか。


 私も同じくらい好きになっちゃえば気にならないのかも知れないけど、うーん、どうだろ。


 そんなことを思いながら小梅と当たり障りない会話をしながら、小梅に案内されるまま彼女の家に到着する。大き目のマンションだ。


「ここでーす」


 小梅は放課後に合流してからずっとご機嫌だ。でもこのご機嫌さ、私の唇を狙っての事なんだよね。そう思うとくすぐったい感じだ。


「あ、先輩をお家にお誘いするの、思いついたの朝で慌てて片づけたところなので、その、あんまりじっくり見ないでくださいね」

「ん? 大丈夫。ちょっとくらい散らかってても気にしないよ」

「散らかってはないですけどぉ。ふふ」


 急な話だったしね。むしろ散らかっているくらいが、ん? 今、思いついたの朝って言った? お昼のやり取り、あれ最初から私の事を家に連れ込もうとしてたってことだよね? 若干そんな気もしたけど、そんな朝から計画してたと暴露されても困るな。

 ふふ、とか可愛く笑っている小梅に若干うすら寒いものを感じながら、私は小梅の家に足を踏み入れた。


「お邪魔します」

「はーい、いらっしゃいませ。ふふ。朝日先輩がお家に来てくれるなんて、夢みたい。嬉しいです」

「そう?」


 家に来ただけでそんなに喜ばれると照れるなぁ。じゃあキス無くても大丈夫かな?


「それにしても、すごい片付いてる、ね?」


 慌てて片づけた、と言うのは普通は自分の部屋のことだよね? なんか入ってまず最初のダイニングもものすごくがらんとしていると言うか。なんだろう。

 チェストの上も広いのに家族写真一枚しか飾ってないし、大きなテレビとその前のソファテーブルにはリモコンとティッシュ箱が置いてあるし、ちらっと見える台所もがっつり使っている感があるから生活感がないとは言わないけど、どことなく物がないと言うか、寂しい感じがある。


「お茶用意しますね。そこのソファに座ってください」

「あ、ありがとう。ごめん、手洗っていい?」

「あ、そうですね。じゃあここのキッチンでいいので」


 室内でゆっくりするとなると、手洗いをしないと何となく落ち着かないので鞄はソファの横に置いて手を洗わせてもらう。

 それにしても、ダイニングのソファに案内されるの意外だな。自分の部屋にって言われると思ってた。だってダイニングだと家族帰ってきたら見えるし、キスしにくいでしょ。いや、その方がいいんだけども。


 手を洗ってからソファにつくと、小梅がニコニコしながらお茶とお茶菓子も用意してくれた。


「ありがとう」

「いえいえ。せめて前日に思いついていればお菓子もつくったんですけど、すみません。準備不足で。でも、明日に待つのは嫌だったので」

「あ、いえいえそんな」


 家に遊びに行くくらいでいちいちお菓子を手作りしなくてもいいし、まして謝ることじゃない。だから全然いいのだけど、何というか、言いまわし。完全にする気だよね。

 昨日の私のせいだよね。朝から私を家によんでキスする気だったんだ。あー、いや、ほんと、嫌ではない、けどさぁ。


「いただきます」

「はい、どうぞ。私も緊張で喉が渇いちゃったので。えへへ」


 とりあえず誤魔化すためにお茶を飲む私に笑って、小梅もカップを手にする。ふー、冷たくて美味しい。ちょっと気持ちが落ち着いた。

 完全に小梅はその気だ。今更、やっぱり。なんていうのは往生際が悪すぎるだろう。心の準備って言うなら、お昼休みからずっと意識はしてたんだ。


 よし、腹をくくろう。元々、陽子にして小梅にしないのもなって思ってたんだ。キスくらいなんだ。なんならこんな可愛い子とキスできるとかお得じゃん。覚悟を決めろ! 私! ここから断るよりその方が簡単だ!


「……ふー」

「ふふ。ドキドキしますね」

「うん、まあそうだね。恋人の家に来てる訳だしね。ちなみにご家族はいつ帰ってくるのかな?」


 家族構成は聞いている。両親と兄がいるのだ。それにしては部屋数が少ない気はするから、お兄さんが部屋をでているとか単身赴任とかあるかもしれないけど、とにかく何時に帰ってくるのかは確認しておこう。

 ここに通された以上すぐじゃあないんだろうけど、キスした後にご家族と顔を合わせるのは気まずい。終わったらそそくさと帰ろう。


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